1: 人間七七四年 2009/04/29(水) 02:15:09 ID:A/yKewBy.net
義(笑

愛(苦笑
no title

2: 人間七七四年 2009/04/29(水) 02:58:44 ID:+Kx2WdNO.net
お互い一杯一杯だろ
自分の家が火事なのに他人の家の火消しに廻る奴なんてただのバカ野郎

3: 人間七七四年 2009/04/29(水) 03:24:31 ID:oM819FyS.net
援軍送る気はあったけど上杉にも織田軍が攻めてきて不可能になった。
武田が滅びても菊姫を正室として大事にしたし
信清も厚遇したし、十分義理は果たしただろ。

4: 人間七七四年 2009/04/29(水) 05:42:37 ID:2Hscyxy9.net
武田も援軍送ったことないしな。

13: 人間七七四年 2009/05/27(水) 22:01:34 ID:40JXyu6J.net
武田と上杉の領地が逆だったら上杉が信長に滅ぼされて本能寺の変で武田は難を逃れて
秀吉に気に入られた勝頼が五大老筆頭になって勝頼が関が原で家康を破って口臭幕府を開いてたな

26: 人間七七四年 2009/11/24(火) 21:30:35 ID:47OgZyWT.net
兇徒武田なんか助ける義理はない

28: 人間七七四年 2009/12/24(木) 22:56:16 ID:OFXQwga9.net
まぁ確かに、武田は織田、徳川の主力と正面から戦って負けたが、
上杉は織田の一方面軍に滅亡寸前まで追い込まれたわけか。

29: 人間七七四年 2009/12/25(金) 12:25:48 ID:jqpCh1IM.net
織田の一方面軍じゃなくて武田が異常な早さで崩壊したことで
全方位敵になって動けなくなったわけだが。

31: 人間七七四年 2009/12/25(金) 18:35:47 ID:4aOZFAF5.net
>>29
武田が健在でも、新発田が決起した時点で無理。

32: 人間七七四年 2009/12/25(金) 19:47:46 ID:jqpCh1IM.net
>>31
そうでもないよ。
新発田に味方する豪族がほぼ出なかったからな。

30: 人間七七四年 2009/12/25(金) 13:25:26 ID:L7n8ySFE.net
つうか巨大な織田と敵対して、武田が滅べば1番困るのは上杉。唇のない
口になる。最初から助ける気がなかったから武田が滅んだというのは
被害妄想でしかない。

34: 人間七七四年 2009/12/26(土) 02:07:10 ID:1cdz4crD.net
つーか、北条との対武田同盟でも援軍出さなかったし、
援軍出さないのは謙信の後期以来の国是じゃない?

38: 人間七七四年 2009/12/26(土) 16:31:26 ID:XTvPMxkp.net
景虎は武田北条葦名伊達を味方に付けて支援取り付け春日山包囲までしたのに
開戦たった一ヵ月で景勝に逆転されてる無能だからな…。
勝頼も氏政もこりゃダメだと見捨てるの無理ないわ。

39: 人間七七四年 2009/12/26(土) 18:34:12 ID:Nrs3VDW4.net
そもそも上杉家臣団で景虎についたのにろくなのがいなかったから。
古志長尾とか山本寺とか山之内とか単に一門とか名家というだけの連中ばっか。

44: 人間七七四年 2009/12/27(日) 13:27:36 ID:kqMlf2g6.net
>>39
本庄や河田など上杉家の重鎮も一族を割ってそれぞれの側に加担してるけどな。
というか景勝が真っ先に金蔵と武器庫を奪ったのが大きいだろう。
ただの後継者争いならともかく、謙信の莫大な遺産を景勝が占有し、
既に勝敗が決した状態だから、あえて景虎に味方する酔狂な人物は少なかった。

勝頼も景虎の援軍として来たものの、景勝から前金で武田家の全財産を軽く上回る金を贈られたので、
中立に徹して講和を勧めたぐらいだしな。

40: 人間七七四年 2009/12/26(土) 21:00:30 ID:uV9B+7uy.net
勝頼は御館の時に中立を守らず景勝も滅ぼして本拠を越後に移せば滅ぼされずに済んだのかもね

41: 人間七七四年 2009/12/26(土) 22:33:08 ID:3Tt/kggW.net
越後の豪族は甲斐以上に一筋縄ではいかない輩ばっかじゃね。
まず揚北は反発するんじゃねえかねえ。
例えいったん押さえきったとしても、木曾や穴山が離反したように、
信長軍が来る前に離反、崩壊した可能性が強いよ。
結局変わらんわ。

46: 人間七七四年 2009/12/28(月) 16:58:41 ID:RCuv1Wwd.net
乱の初期は景虎方への北条の介入がほのめかされて
景勝から景虎に付く奴が続出して兵の少なさに景勝は喘いでるよ。
景勝派の家臣も多くは国外にいたり揚北衆だったり
直江も古志衆から攻撃喰らってて兵を集められず
乱初期は景勝は2.3人単位の動きまで細かく支持して状況挽回に出ている。
御館の乱は最初から景勝圧倒的有利だったどころか
初期は景虎優位で始まったのにあっさりと逆転されてるから景虎は無能。

47: 人間七七四年 2010/01/20(水) 08:18:44 ID:Ei1Jqr6n.net
ほんと北条は無能揃いだな

51: 人間七七四年 2010/03/09(火) 22:51:51 ID:1wMtmoN6.net
はるばる松代まで援軍に行った竹俣房綱さん達に失礼だろ。
助ける気ないなら国境付近までしか行かないはずだろ。


52: 人間七七四年 2010/04/21(水) 06:54:13 ID:eM3H5w0C.net
>>51
兵力どれくらいで、他に誰がいたの?

58: 人間七七四年 2010/04/23(金) 19:39:33 ID:7Q2Oku+k.net
>>51の話も、それを見れば載っていて、
結論として、松代までは進んでいたで、FAなんですかね。
相変わらず兵力が全くわかりませんが。
自分は武田側から援軍を求めた文書がある(?)くらいまでしか知りませんでした。

59: 人間七七四年 2010/04/23(金) 21:26:15 ID:XvABNlQb.net
>>58
援軍が牟礼まで行ってたのは確実だと思うけど。
景勝が根津らに与えた書状からは、景勝は長沼(長野市)まで援軍を進めさせたかったみたいだけど、
実際はどうだったんだろ。
武田氏年表でも、上条宛て景勝書状から、実際は上杉軍は言を左右にして牟礼から動かなかったらしいとしてた。
援軍のメンバーは、上にも出てる上条、竹俣の他に水原満家、松本房繁、吉江与太郎、河田軍右兵衛尉、新津勝資らだから、
当初勝頼が欲しがってた二千ぐらいはいたかも。
景勝は他に斎藤朝信や千坂景親も派遣しようとしてた。

53: 人間七七四年 2010/04/21(水) 14:36:58 ID:rMiupW48.net
援軍の大将は一門衆最上位の上条じゃね?
こいつ信濃まで行ったはいいものの、景勝に戦況報告しないで勝手に城に籠もって
景勝と揉めてたみたいだけど。
確か兵力は3千かなんかくらいいたはずだけど、手元に史料がないからうろ覚え。
まあ上条が出てるのに100人200人ってことは無いと思うが。

54: 人間七七四年 2010/04/23(金) 05:33:51 ID:XvABNlQb.net
当時の上杉の状況を考えると、上条を責められないよ。
この年は、新年早々から芦名に頼んで、新発田との和睦を進めていた。
景勝書状によれば、景勝自身も春日山を出て下郡へ向かってる時に、
織田進攻の報が届いて、急いで春日山に引き返したらしい。
織田方は武田領への進攻とともに、越中にも進攻、須田が頑張ってたけど、
武田が滅亡した3月には魚津包囲も始まってた。
勝頼の安否を気遣ったり、保護を約束した景勝書状も残ってるよね。
勝頼は、嫁いでまもない菊姫を気遣う書状をよせたり、景勝にもいろいろアドバイスしたり、
景勝夫妻にとっては、本当にいい兄ちゃんだったから、
景勝が必死になるのもわかるけど、あの時は上条の冷静な判断の方が正しかったと思う。

55: 人間七七四年 2010/04/23(金) 10:52:50 ID:7Q2Oku+k.net
上条さんが援軍って話は、史料的に何か残ってますか??
自分は、天地人の話としか把握してないのですが。
援軍絡みで、何か史料が残っていたら、知りたいのでご存じの方は是非。

57: 人間七七四年 2010/04/23(金) 17:20:47 ID:XvABNlQb.net
「上越市史資料編」の「上杉文書集」や「戦国遺文武田氏編」に載ってると思うよ。
わかりにくかったら、「上杉氏年表」や「武田氏年表」を合わせて読むといいと思う。
上条はなかなか出陣してくれなくて、景勝を困らせたみたいだけど、
(出陣を嫌がったのは斎藤や千坂もそう)上で書かれているような連絡をくれなかったっていうのは、
武田滅亡後じゃなかったかな。

58: 人間七七四年 2010/04/23(金) 19:39:33 ID:7Q2Oku+k.net
>>57
ありがとう。

73: 人間七七四年 2012/05/20(日) 15:15:06.97 ID:WwMA/tYN.net
信玄が死んでも攻め入らなかった上杉は甘いよな
謙信が死んだ途端に上杉に進軍した武田の方が戦国大名らしい
景勝から大金もらって引き上げる神経の太さも流石

同盟国の今川義元が死んだときも今川領に攻めこんだ結果
塩攻めをくらって越後から入る塩に助けてもらったのはありがたいが
恩なんて知ったこっちゃないのが戦国時代

75: 人間七七四年 2012/05/23(水) 04:46:19.45 ID:X4NkZ0xx.net
>>73
その武田家の神経の図太さが武田を殺したがね
無節操で場当たり的な侵略を続けた結果はご存知の通り

どんな時代でも人付き合いをする上で義理や人情を蔑ろにしたら信用されない
信用が無いって事は人間社会で生きるには致命的な欠陥

82: 人間七七四年 2012/05/28(月) 14:44:45.32 ID:QZKpkNuf.net
武田を攻めたのは織田主力軍+徳川+北条連合軍で
上杉は柴田軍単体だからそもそも軍勢の規模がぜんぜん違う
信長にとっては景勝とか単なる雑魚だったんだろうな

83: 人間七七四年 2012/05/29(火) 08:25:06.86 ID:FRLJuV5V.net
いや、柴田軍単体に攻め込まれていたのは確かだけど、武田領を勢力圏にした
のだから、同じように織田主力軍+徳川+北条連合軍に攻めこまれるだろって
話だ。

88: 人間七七四年 2012/06/02(土) 13:53:43.16 ID:26Srxi8N.net
魚津陥落のときの上杉って武田でいうならどのあたりの状況だろうか?
個人的には木曽が謀反した時の武田と同じくらいだと思う。
高天神を失った武田と同じって言う人もいるだろうが明らかにそれよりやばい

89: 人間七七四年 2012/06/02(土) 16:10:57.37 ID:cdlSJ1fX.net
高遠城陥落位じゃないの?

90: 人間七七四年 2012/06/02(土) 17:12:22.17 ID:VpQrdImu.net
魚津城の位置と春日山の位置を調べてみろ。
no title

91: 人間七七四年 2012/06/03(日) 08:05:40.91 ID:Mh66HEi5.net
迫ってた点でいえば、そりゃ海津の方が近いだろうけど、
死守を図ってた魚津が落ちた時点で、もうダメって流れが確定的だろうからなぁ。
高遠落城までは行かないけど、木曽攻め失敗あたりのイメージ。
実際、魚津からさらに進軍されていたら、武田と同じで崩れまくったかと。

94: 人間七七四年 2012/06/07(木) 20:10:30.71 ID:OO1uiFtl.net
勝頼を助けるどころか上杉自体が危険な状況

96: 人間七七四年 2012/06/11(月) 11:19:02.31 ID:4hf3m5ZL.net
魚津城など放っておいても良かったと思うけどな。
何故、上杉方が魚津城に固執したのか分からん。
というのも国境には天然の要害・親不知子不知が待ち構えている。
上杉が抵抗しなくても北陸からの織田軍の進軍はここで停滞する。
事実、後に前田家が参勤交代でここを通るのにかなりの時間を要し、時には命を落とす者が続出し、多大なる被害を受けている。
長尾・上杉家がここをスムーズに行き来出来ていたのは大型船をたくさん保有していたため。
織田軍がいきなり船や船頭を大量に調達しようにも無理。
親不知(おやしらず)とは、新潟県糸魚川市の西端に位置する、崖が連なった地帯である。親不知と子不知に分かれるが、この2つを総称した名称も親不知である。飛騨山脈(北アルプス)の日本海側の端に当たる。新潟県糸魚川市、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインの青海駅からえちごトキめき鉄道日本海ひすいライン及びあいの風とやま鉄道あいの風とやま鉄道線の市振駅間に位置する。断崖は飛騨山脈の北端が日本海によって侵食されたために生まれたものである。
親不知駅がある歌(うた)の集落を中心に、西の市振(いちぶり)地区までが親不知、東の勝山(かつやま)地区までが子不知(こしらず)と呼ばれており、併せて親不知子不知とも呼ばれる。市振から勝山までは約15km程の距離である。
越後国と越中国の間を往来する旅人は、この断崖を海岸線に沿って進まねばならず、古くから北陸道(越路)最大の難所として知られてきた。

102: 人間七七四年 2012/06/12(火) 20:42:08.91 ID:GBp4sDfy.net
>>96
放っておいたら高天神を見捨てた勝頼のようになる
つまり、家臣が動揺する
特にこの時期の上杉は高天神の勝頼の時より状況が悪い

97: 人間七七四年 2012/06/11(月) 21:52:29.06 ID:l4Kiqjg4.net
本能寺がなかったら上杉はどのくらいで滅亡したのかな?

98: 人間七七四年 2012/06/11(月) 23:16:47.55 ID:1rdRspTA.net
あの状況なら三ヶ月以内には春日山城に追い詰められて終了だろ
逆にそれ以上掛かると雪のおかげで年を越せるかも

104: 人間七七四年 2012/06/14(木) 08:20:45.34 ID:+hQTXLTw.net
元々の話になるが、信長は景勝を殺すつもりだったのかな?

107: 人間七七四年 2012/06/14(木) 16:47:14.61 ID:/+r+0sAx.net
>>104
早目に降伏していても殺すだろうね。
良くて最初は僅かな領地を与えて家臣として扱うが、いずれは領地を召し上げてポイ捨て。
命だけはかろうじて助かる。
それは武田勝頼に対しても同じ扱い。
ただ、信長の様な独裁者は遅かれ早かれ本能寺の変の様な反乱が起きて命を落とす。
仮に信長が人生を全うしていたとしても子や孫の代に不平不満分子が必ず反乱をおこして織田家は衰退する。
それは古今東西の歴史が証明している。

105: 人間七七四年 2012/06/14(木) 08:24:05.57 ID:WR6lSSsl.net
生かしておく理由がわからないw

108: 人間七七四年 2012/06/15(金) 17:44:10.49 ID:sfkhCoVa.net
>>105
まあ、そうだよなぁ、生かしておく理由がないわなぁ。

111: 人間七七四年 2012/07/07(土) 00:21:47.63 ID:GK4wdTiu.net
魚津城の奴らがかわいそうだったw

136: 人間七七四年 2012/08/04(土) 13:52:34.86 ID:HHZfSCGb.net
他人をあてにしているような奴は駄目だろ

149: 人間七七四年 2012/10/15(月) 13:42:20.47 ID:avzgb464.net
まぁまさか武田が1ヶ月で滅亡するとは思わんわな

159: 人間七七四年 2014/01/20(月) 23:33:00.68 ID:O8O678Oe.net
上杉はそんな余裕なかった
御館の乱で家督を勝ち取っても、戦力は激減してたわけだし

164: 人間七七四年 2014/04/11(金) 21:59:05.96 ID:bIk+KAX8.net
まあ上杉からすりゃ武田という防波堤なくなれば四方から攻め込まれちゃうからな。

165: 人間七七四年 2014/04/11(金) 22:53:22.60 ID:IBf92xcT.net
上杉的には勝頼が岩櫃に入って貰ったほうが良かっただろうね
完全に滅亡されてしまうとマジで四面楚歌

166: 人間七七四年 2014/04/11(金) 23:13:21.32 ID:bIk+KAX8.net
つか真田が本気で匿う気あったかは怪しい気がする。

167: 人間七七四年 2014/04/12(土) 02:03:06.18 ID:VNygNCam.net
泥船だしな

168: 人間七七四年 2014/04/12(土) 08:12:34.36 ID:HEM3WKfs.net
あっさり許されてるあたり真田も既に織田に内応済みだったんじゃねえの。
だから火事場泥棒な寝返りやらかした小山田があっさり処刑されたと。

170: 人間七七四年 2014/04/13(日) 09:41:42.27 ID:9b72wy4n.net
真田が事前に織田に寝返ってたことをあらわす史料は無いね。
それどころか天正10年のこの時期の史料すら無い。

171: 人間七七四年 2014/04/13(日) 10:38:14.52 ID:53GuhLGW.net
まぁでも真田には勝頼と心中する理由もない気はするけどなw
幸隆なら信玄に取り立ててもらった恩義があるけど

172: 人間七七四年 2014/04/18(金) 21:55:20.16 ID:wgcYBgg4.net
当主が信綱でなく、昌幸だった点は大きいかも。
真田家の主としてでなく、武田家の側近として成長してきた分、兄より武田への気持ちはあったと思う。

173: 人間七七四年 2014/04/25(金) 09:55:47.32 ID:hkcjU6jY.net
真田昌幸は勝頼を守るための準備を命じた書状があると何かの本で読んだことがある。
たしか井沢元彦だったかも。

174: 人間七七四年 2014/04/25(金) 10:08:23.55 ID:ilkEkFIO.net
勝頼が上州に逃げた場合信長がどうするかだなぁ
森に任せて史実通り帰るのか
もし史実通りなら本能寺で勝頼が生き残る可能性が出てくるな
織田軍は甲州で無茶苦茶やってたから勝頼の動き次第では甲斐・信濃抑えるかも
そうなると徳川+北条VS武田+上杉でまた拮抗するから面白いかも知れん

175: 人間七七四年 2014/05/28(水) 00:15:46.11 ID:r9jwa2Vn.net
武田勝頼は上野まで逃げるべきだったな

180: 人間七七四年 2014/06/06(金) 14:26:45.14 ID:MBZU5mMH.net
結局本能寺まで生き延びれるかどうかだわな

引用元: 上杉は初めっから勝頼助ける気ないだろ