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1: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/11(日) 00:33:00.56
インドまで行っていた?

2: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/11(日) 01:19:51.88
日本の公用語が中国語になっていて
文字は全部漢字になっていた

3: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/11(日) 12:07:33.56
結局徳川にのっとられる

5: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/11(日) 13:52:45.97
李自成軍や満州軍と戦う展開になっただろう。
その結果、どうなっただろうか?
李 自成(り じせい)は、中国明末の農民反乱指導者。明に対して李自成の乱と呼ばれる反乱を起こして都北京を陥落させ、順王朝(大順)を建国して皇帝を称したが、清に滅ぼされた。

8: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/11(日) 21:54:14.52
>>5
明を征服してたら李自成とは戦えないでしょ
満州軍だが史実と同じように関東関を固めれば大丈夫

6: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/11(日) 14:23:36.32
背後から(徳川に)一突き

10: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/13(火) 00:16:09.58
今の中国がななくなっていた

11: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/13(火) 00:27:15.46
まぁ、確実に勝てたからな。

1 日本は島津のみ単独派兵   最強兵団だが。
2 兵站が膨大で機能していた。これは膨大な資料と論拠から確認される。
3 明はほぼ全力投入。しかもその段階で国難、危機滅ぶ、勝てないとか抜かしていた。
  日本はまだ5倍兵力温存してたのに。

最終的に、
最低でもおそらく遼東半島付近までいく。
そしてそれ以後、GABI山程度までいって、明滅ぼしてたろう。
そしてそれ以後は黄海近辺までなら多少影響力もてないから、途中まで、まぁ間接統治。

当時、シナが完全に

建築、城塞
その総量で日本に完全敗北してるんだよね。
だから市街が総規模でほぼ200~400万人程度。もう完全に日本の4割程度の城塞規模しかない。
逆にGDPも温床大名も限られる。もう完全に派兵武士限定?くらいしか温床はない。

そして当時ペストその他荒廃していたため、GDPはまったくのぞめない。
まぁ、飢餓リスクでGDPは望めない。

とったら赤字だったよ。完全に。

12: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/13(火) 00:40:36.73
ここで当時の資料。国力を正式に確認、把握してみようか。


当時日本の山城とか異常、後世つぶしただけで、山城、城なんか最悪2万以上あった。
国民1000人にひとつだぜw

そして
兵員←正規レベル+派兵経験者のみ  ほぼ50~万以上 温存30万以上
銃各種 ←大砲100門程度推定 銃10~20万は軽く以上。
装備  ←事実上ヘビアーマーであった世界最硬の銃弾すら防げるボディアーマーが合計10万着レベル。
    ←鉄兜、鎖かたびらなど日本では軽レベルの装備でも合計50万着以上。当然刀など個人武装は100万以上。民間含め数百万よろい除く。
艦艇  ←1000トンレベルの戦闘艦 ほぼ100は軽く以上。300説あり。ほぼEU艦隊に匹敵。ただし砲弾技術多少劣る。
輸送艇 ←数千両以上。民間含め数万量以上。 輸送量ほぼ5万+8万以上ないし、米俵3万俵+5万俵以上
軍馬  ←推定20万騎以上民間含め50~100万以上。


歩兵  ←資料によるがほぼ正規20万程度が妥当。
銃   ←数万丁もない。ただし日本より相当古いもの。
個人装備←粗悪刀と旧式のレザーめいる主力。鉄鎧など小。 ほぼ秦時代の装備w古代装備w。 なんと秦島津は重武装なのに、革鎧だとかw
艦艇  ←ほぼない。戦闘艦なし、輸送艦 民含め1000艇程度。極小。
軍馬  ←不明だが、騎兵の有効活用がない。清ですら騎兵すくないので、推定~10万も民間含めないと予想

なんで兵力あっさ。また金銭、GDPレベルでは総量的に
日本で大名連合+でほぼ800万両年収。  明で50~100万両レベル。これは確実。
で清になっても
大砲が追加されるだけで←日本より性能劣る。威力がない。

14: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/13(火) 00:48:23.47
なわけで、兵力、国力は一方的なんだ。

そもそも、明、清、伝統大国説が嘘で、資料根拠、物象根拠がなく、国際的にも大小国。
小国なのに、外国みないで無視して大国たりたがる基地外なんだよ。

そもそも国債外交まともにないじゃな。伝統的に日本くらいしか国交ないし、そもそも正規国交結ぶ能力ないんだぜw

そして
城塞、市街量、GDPで小国であったのが確実視される。
また当時、シナ、事実上徴税対処量がすくなく、経済余剰、非正規層が拡大してただけで、
産業計画が毎回失敗して、殖産できずに、うまくいかない品国だったんだよ。ずっと。

そもそも歴史キャパ小国だからね。

そんなわけで勝つほど赤字。
そもそもあの戦争は 海賊討伐。地域安定
が目的で日本は目的達成して買って、明は最後海賊もろとも滅ぶんだよ。
そのあと当然周辺かいぞくはちからなくなって 滅んだ。

そもそも歴史上

清、明、宋、唐、隋、それ以前、漢
ってのがまともな歴史、時事、人物、建造、国力なくて、空想英雄が一人歩きしてるだけ。
ある意味 ちょん並空想英雄があるだけで、その程度の空想レベルであって、蛮族と力比べしてる蛮族なんだ。そして蛮族に負けるんだよw

そもそもモンゴルとかシナが死ぬほど負けた。モンゴルが疫病まいただけであって
対大国戦争で全部まけるんだよな。その程度なんだよ。

15: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/13(火) 22:24:27.47
何か領地めぐって内部分裂してそうw

16: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/14(水) 14:12:02.55
まあ、朝鮮も民衆と支配層が離反していたから、そこいらへんをうまくつけば
なんとかなったかもね。

それがそもそも出来なかったから、現地調達が不可能になったわけで。

17: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/15(木) 01:12:55.27
朝鮮から明にいくのは不可能ですって加藤清正が言ってたよ

18: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/16(金) 22:32:58.15
兵力的に無理だな。地政学的に、兵站が弱い日本軍が明国を攻略するのは
不可能だ。
後世の国際関係を考えれば、下記のシナリオではないだろうか。

まずは、兵力的に奪取できる土地を調べさせ、琉球や高砂国(台湾)を攻め取り、日本領
にする。明国を刺激する要素は十分だから、九州勢はしばらく台湾統治に重点化
させる。

朝鮮出兵なんて馬鹿な真似はせず、水軍を中心に、済州島や鬱陵島など島々を攻略しておく。
史実では、蠣崎慶広の名護屋に参陣しているが、蠣崎を先方に徳川家康を総大将として
蒲生や伊達、南部ら奥州勢をつけて、北海道・樺太・千島を制圧させる。

14世紀に朝鮮支配下にあった済州島はもめるが、そのときは朝鮮に兵を上陸させ、割譲を
せまる。もちろん、空島政策をとっていた鬱陵島も。さすれば、鼻から、竹島は問題にならない。

23: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/19(月) 23:20:59.87
>>18
当時の台湾って未開で病気も流行ってたんだろ
征服してもどれだけの利益があっただろうか

まあ余剰兵力や浪人を屯田兵として
送り込むのはいいかもしれんが
本土から遠すぎてそのうち自立しそうだな

25: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/20(火) 16:58:32.38
中国って以外と大軍を展開出来てないんだよな
ヌルハチにフルボッコにされたサルフの戦いも
12万しか動員出来てないし(サルフでの敗北が明滅亡の遠因or主因と言っていいのに)
一見、明ほどの大国になると100万とか平気で動員出来そうな気もするけどね。
当時の慶長の役で明軍は15万動員してるけど、あれは結構頑張ってる方だと思う。

>>23
正直、今にして思えば朝鮮や明より台湾の方が旨みはあったと思う
未開=植民に適してるって事だしさ。
それこそ、朝鮮、明人を根絶やし状態にして、そこにあぶれた日本人を送り込むって
方法を取るなら政権の長期安定も可能だけど。
サルフの戦い(サルフのたたかい、薩爾滸之戰、簡体字:???之?)は、1619年にヌルハチ率いる後金(のちの清)が明・朝鮮の後金討伐軍を破った戦い。大小の火器を動員し全軍を4つに分けて後金を包囲攻撃した明軍に対し、ヌルハチは夜襲によって銃砲の優位を封じたうえで混乱した敵軍を各個撃破することにより大軍を打ち破った。特に最初に行われた大きな戦闘が撫順東方のサルフ(薩爾滸、簡体字:???)で行われたため、この戦役全体がサルフの戦いと呼ばれる。兵力・装備では圧倒的に優っていたにも関わらず、諸将の対立によって各軍の連携・統制を欠いたこともあって、明・朝鮮の連合軍は4万5千人もの死傷者を出す大敗北を喫した。
建国間もない後金の存亡をかけた決戦であり、この戦いに勝利したことが後金興起の第一歩となり、やがて明・清の王朝交代へと繋がることになる。

19: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/17(土) 04:32:43.70
農民収奪システムを一元化して勝ち組を仲間に加える組織拡大プロセスを継続したいだけだから
沿岸支配とか頭にないし台湾とか要らない

20: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/17(土) 12:53:55.42
兵站力が弱いのは海軍力が弱いからだよ
船の性能も大きさも航海術も足りない

21: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/17(土) 13:44:01.48
海洋民族ではなかったからな

24: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/20(火) 11:03:07.65
仮に武力による一時的な征服はあり得ても、
日本軍は中国語もできないし、統治するための現地の人材もいない
中国で一体どんな政治ができるというのか

2、30万の軍勢で南京を制圧して、あとはどうするのか
ただただ掠奪を繰り返すだけでは、中国にとっては単に「賊」がやってきたの変わらない

兵力がどうの海軍力がどうの、兵站がどうしたとか、
それで明を征服できます、なんてバカみたいな話だ

文化的にも日本が中国から影響を受けることはあっても、その逆はない
こんな「夜郎自大」そのもののスレとレス、日本人として恥ずかしいわ

28: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/21(水) 22:49:12.30
>>24
匈奴、鮮卑、突厥、蒙古、女真と中国から影響を受けて
中国ができない異民族は次々中国に侵入して国を建てたり支配してるが
中国語ができないというがちゃんと秀吉側の諸将は明と対話している
通訳ぐらいはいただろう

ただ中国支配は難しいというのは同意する
はっきりいって明の完全征服には30年ぐらいはかかり
治世安定には数十年はかかるだろう

29: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/21(水) 22:50:15.67
中国ができない→中国語ができない

26: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/20(火) 18:02:52.23
サルフの戦力はあれで十分だったよ。
ヌルハチの方が圧倒的に不利だった。

30: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/21(水) 22:55:54.34
台湾とかに進出するなら
北海道や樺太やその先のアラスカに行ったほうがよかったよ
毛皮も取れる、漁業資源も豊富で石油も取れるようになる

41: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/23(金) 20:22:44.99
>>30
日本人の生活様式だと樺太から北部は無理。
だいたい、江戸時代脚気で何人もやられている。また、日本家屋も動物を食べない
コトも完全に不利になっている。

31: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/21(水) 23:12:15.93
治世を数十年かけて安定させて最終的には日本語がなくなって中国語が公用語となり
ひらがなかたかなはなくなって漢字だけになり
名前も中国人のようになり
日本人も中華民族の一つと認定されていたんだろうね

34: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/22(木) 07:23:07.82
八紘一宇、五族協和が16世紀にも実現していた。

37: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/22(木) 22:08:36.94
オランダと組んで台湾を共同経営しよう

40: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/23(金) 16:27:44.39
中国で新王朝を立てたとしても、豊臣氏は日本の天皇の臣下でもあるので、
プライドの高い中国人士大夫層が日本からの独立を求める。
そして、日本関白の系統と中国皇帝の系統に分裂する。

42: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/23(金) 21:18:16.51
>>40
大丈夫、中国人はチンギスハーンやヌルハチの父や符堅の部族や北魏の部族も
太祖と言っているから
天皇も太祖と敬うだろう
ついでに日本人も中華民族の一部と認定し
自民族認定するだろう(中国は外敵に征服されたのではないと脳内で合理化する)

46: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/24(土) 08:52:08.62
16世紀の秀吉の大陸遠征を研究して、日本と中国の戦争術を比較研究した江戸時代の兵学研究者、荻生徂徠は、
組織的な戦術に長け、大兵力を神変のように自由に取廻す中国軍を相手に、
兵士の個人的力量に依存して非組織的な戦いを行う日本軍は敗北したとして、日本の戦争術を厳しく批判しています。

日本人から見て、中国の軍隊は、圧倒的にチームワークに優れた恐るべき敵に見えたと言うことです。

豊太閤の軍が朝鮮半島で明軍と戦った時、
双方がとまどったという。明軍は、陣法、すなわち一部隊全体の
組織的な動きで戦い、日本軍は個人の勇力で戦う方式だったからである。
戦闘についての観念がまるでちがっていたわけだ。
日本軍から見ると明軍は気味のわるいものである。
全体がまるでヘビかミミズみたいにぐにゅぐにゅと動く。右の方が出てくるとともに左のほうがひっこんだり、
正面がからっぽになって左右がのびて来たりする。
マスゲームみたいなものである。どこかでだれかが
人形をあやつるように動かしているのだろうが、よくわからない。
……
そんなふうに中国の軍隊は、昔から統一的な指揮のもとに有
機的に動くのを特徴としていた。……
……
http://trushnote.exblog.jp/15124531

49: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/24(土) 14:12:31.06
同じ事を言うが
明を征服したら日本も漢化してただろう
戦場をなくした浪人がいるのなら大人しく蝦夷地開拓に回して
アイヌ人を同化していればよかった
樺太ぐらいならいけただろう

51: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/24(土) 22:52:11.59
服装はアイヌのものをまねればいい
というか人間ならそうせざるを得ない

52: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/24(土) 22:52:54.69
とりあえず明征服よりは蝦夷地開拓のほうが可能性はある

53: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/24(土) 22:56:41.66
蝦夷地開拓よりまだ台湾開拓の方が簡単そうだ

61: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/25(日) 16:25:00.57
>>53
台湾開拓をするには、コレラ、チフス、マラリア等の熱病をなんとかしないと…

つーか、オランダも中国もあまり支配できなかったのはこの熱病のせいだからねえ。

64: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/25(日) 21:08:30.91
>>61
明治になってからもそういう熱病で死者を出してるんだから
あの当時やろうと思ったら相当な犠牲があっただろうね
ただそれ以上に北海道開拓は難しかったと思うよ

56: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/24(土) 23:42:54.46
朝鮮満州華北の寒さは北海道並みかそれ以上だ
北海道が無理なら所詮明征服など無理だな

57: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/25(日) 00:47:41.34
無理ゲーだったのは異論無い

58: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/25(日) 01:22:40.43
まあその寒さが逆に日本を守っていたんだろうね

68: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/25(日) 22:00:32.47
でも蝦夷地は開拓する価値はある

69: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/25(日) 22:07:39.46
>>68
鮭と昆布は貴重な交易品だからね。

70: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/26(月) 01:30:44.41
当時の技術で樺太で家を建てるとするなら、半分地下に埋まった縦穴住居を作るしかない。
そうじゃないと樺太の寒さを乗り切れない。少なくとも中部以北は。

先発隊が行って、延々ひたすら薪を準備しておき(切り出しと乾燥、薪割り)、燃料が充分
あるなら別かも知れないが…。

そういう生活する人をバカにしていた日本人が、そういう生活をするってのはかなりつらそう
だと思うんだけどね。

71: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/26(月) 01:33:29.43
そうなると、前の方に書かれている「アイヌ人を同化」どころか、アイヌ人に同化という
事態になる…。衣服、食料、住居全てアイヌ人に学ばないととてもじゃないが生活すら
できない。

まあ、それで偏見も消えたならそれはそれで良かったのかもな。

73: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/26(月) 23:27:26.44
東北のほうじゃ普通にマタギが
狩りやって肉食ってるし
毛皮の服着てるし
マタギは、東北地方・北海道で古い方法を用いて集団で狩猟を行う者を指す。「狩猟を専業とする」ことがその定義とされる。獲物は主に熊の他に、アオシシカモシカ(後述)、ニホンザル、ウサギなども獲物とした。古くは山立(やまだち)と呼ばれており、特に秋田県の阿仁マタギが有名である。その歴史は平安時代にまで遡るが、他の猟師には類を見ない独特の宗教観や生命倫理を尊んだという点において、近代的な装備の狩猟者(ハンター)とは異なることに注意する必要がある。

74: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/26(月) 23:29:25.03
今まで寒い所に行かなかったから
防寒家が発達しなかっただけ
開拓していけばしだいにみにつくだろう
アイヌ人?従わないやつは殺せ。

76: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/27(火) 01:12:16.53
>>74
ひでーw そういう考えだから、朝鮮征伐すら成功しなかったというのにw
その地の民衆の力を借りないとねぇ。反発されると目も当てられない。

75: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/26(月) 23:34:53.67
衣服は毛皮を斬るがアイヌの形をまねる必要はない
家はちょっと厚い壁や暖房ぐらいならできるようになるだろう
食い物?野菜や魚や米があれば十分だ

76: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/27(火) 01:12:16.53
>>75
家は江戸時代の日本式じゃ北樺太ではダメだったよ。やはり、ギリヤーク
や樺太アイヌをまねて地下に埋めないと。
また、その食事では脚気になるだろうな。野菜って…冷蔵庫ないんだよ。
結局塩漬けしかあるまい。
ニヴフ、Nivkh(ロシア語での複数形はニヴヒ、Nivkhi)は、樺太中部以北及び対岸のアムール川下流域に住む少数民族。古くはギリヤーク、Gilyak(ロシア語での複数形はGilyaki)と呼ばれた。アイヌやウィルタと隣り合って居住していたが、ウィルタ語の属するツングース諸語ともアイヌ語とも系統を異にする固有の言語ニヴフ語を持つ。アムール川流域のニヴフ語と樺太のニヴフ語は大きく異なる。

78: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/30(金) 23:13:15.88
大清帝国の版図内の人=中華民族だから
日本人が大清相当の王朝立てたら今頃日本人朝鮮人は中華民族だろ
ふつうに考えて

302: 日本@名無史さん 投稿日:2012/11/07(水) 14:55:41.81
>>78
いや、日本は当時から中華とは日本のことだと主張していた。
また、それだけの力はあった。中華とは日本のことだ。

79: 日本@名無史さん 投稿日:2012/03/31(土) 00:27:56.04
モンゴルに征服された時と同じ状態になる
中華の概念は消えてなくなって漢人とか南人とか言って差別してる
ふつうに考えて

83: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/01(日) 12:02:42.18
明軍を壊滅させても朝鮮止まりだね
せいぜい臣下の礼をとらせるくらい

84: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/01(日) 13:01:00.99
中国が日本に臣下の礼だとよw
さすがに田舎者は身の程知らずだな

85: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/01(日) 13:27:47.60
女真族に臣下の礼を取っていた漢民族王朝がありましたけどね

131: 小沢代表代行 投稿日:2012/04/05(木) 03:12:32.90
秀吉の計画では
◆後陽成天皇に北京にご動座願う
◆天皇家にシナ皇女をめとる
◆天皇家に北京周辺数十か国を献納する
◆加藤軍、小西軍らに数十か国を知行する

以上

132: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/05(木) 10:12:54.49
>>131
ボケてたと言われても仕方が無いレベルだな

133: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/05(木) 11:39:47.05
完全にいっちゃってるよw
笑うほかない

149: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/08(日) 01:28:22.69
秀吉は、朝鮮や明国の民衆を撫育するためのスローガンは用意していたのか? 例えば、<五族協和>みたいな。
北京制圧に成功しても、危なっかしくて、後陽成帝を北京にお迎えはできぬ

151: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/08(日) 05:28:23.57
あの当時は民衆レベルだと国民意識とか民族意識とかは強くはないからよほど酷い統治しなければ大丈夫だろ
女真だって統治出来てる

169: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/12(木) 20:24:50.26
歴史のIFは難しい・・・

184: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/13(金) 17:09:59.81
仮に明を完全征服したら逆に日本が漢化して文化侵略うけちゃうよなw
せいぜい沿岸部を植民統治するくらいかな

186: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/13(金) 23:44:39.97
当時も何も、今まで日本が大陸征服出来るほど力持った時期あったか?

189: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/14(土) 00:42:02.81
>>186
弱ってる時期なら女真にも出来るんだし中原を制圧した民族なんて結構あるしそんな難しいことじゃないだろう
日清戦争って勝ち星もあるし第二次も泥沼化して敗北はしたけど首都は制圧したし
ただまぁ島国ってのは侵略受け辛い反面攻め込む時も辛いね。
つか秀吉の問題点は外交が四方八方に恫喝のみだったところもどうなんだろって思うよ
スペインにも朝貢求めたり天竺にまで攻めると言ってみたり・・・最初から朝鮮だけに絞ってればもう少しやりようもあったんじゃないのかな

207: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/14(土) 20:49:27.38
まあ、戦で勝つのと土地を支配するのは違うしなぁ。

209: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/14(土) 22:17:01.21
まぁ秀吉が生きてたらどうこうなんてドイツがソ連に侵攻してなかったらとかと同じような感じだろ
不毛すぎる。まぁスレタイこんなだからしょうがないけど。

254: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/17(火) 09:13:53.73
勝って、その後どうするかが欠落してたのは帝国陸軍も同じ

255: 日本@名無史さん 投稿日:2012/04/17(火) 09:40:49.37
まあ、第二次世界大戦の時には実際に日本は
朝鮮や台湾を併合してるからな
学校で日本語を教えさせたりしている
秀吉は朝鮮出兵で何がやりたかったかわからんが
少なくとも第二次世界大戦の時には日本は植民地支配がやりたかった

292: 日本@名無史さん 投稿日:2012/10/20(土) 18:56:13.12
モンゴル帝国みたく、中国に豊臣氏の王朝ができ、
日本は元でいうモンゴル、清でいう満州みたいな立ち位置だったんじゃないかな
明史でも「まじ勝目なくてやばかった」みたいなこと書いてたから秀吉が長生きしてたらどうなってただろうね

引用元: 豊臣が朝鮮と明を征服してたらどうなっていたの?