no title
1: 人間七七四年 2009/02/08(日) 21:13:59 ID:MQMJKhoj.net
ちょww
お前あれだけこの世の春を謳歌してたのに最後はそれかよ
って感じで転落しちゃった人教えろ

2: 人間七七四年 2009/02/08(日) 21:16:25 ID:Djkfm3hL.net
難波田
難波田 憲重(なんばだ のりしげ、? - 天文15年(1546年)4月20日?)は、戦国時代の武将。扇谷上杉氏の家臣。
天文14年(1545年)に両上杉氏に古河公方・足利晴氏を加えた連合軍が後北条氏の河越城を包囲するが、天文16年(1546年)の河越城の戦いにおいて古井戸に落ちて死去したと伝えられる。憲重の死とともに扇谷上杉氏は滅亡し、息子3名と甥とされる難波田隼人正も天文6年(1537年)の河越城の戦いで戦死していたため、難波田氏は没落した。

713: 人間七七四年 2012/10/18(木) 17:05:51.04 ID:3WwC5/xC.net
>>2
難波田憲重(善銀)は悲惨だが>>1が書いてるような「この世の春を謳歌」のレベルになるかどうか
重臣として重要な立場にいるものの、そもそも北条に押されてるあまりにも悲惨な時代の扇谷上杉の臣だし

…あ、井戸に転落した伝説と>>1の転落をかけてるのか

3: 人間七七四年 2009/02/08(日) 21:17:36 ID:ZPpcZJ9d.net
朝倉義景かな…

4: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2009/02/08(日) 21:30:04 ID:HVU7Z11k.net
天国と地獄なら伊東義祐とか
伊東氏全盛期を築きながら所領まで失って最後は野垂れ死に・・・

5: 人間七七四年 2009/02/08(日) 21:34:08 ID:VRkpI0bi.net
石田三成だろ
毛利や島津など多くの大名に比類なき権勢を示す資料があるが
秀吉が死んだ途端に袋叩きで処刑

6: 人間七七四年 2009/02/08(日) 21:39:40 ID:UqSeTLGp.net
中野さんも悲惨だったよな…

18: 人間七七四年 2009/02/09(月) 03:33:39 ID:NqPUK7sE.net
>>6
中野宗時は餓死らしいからな・・・

443: 人間七七四年 2010/01/27(水) 00:16:04 ID:V2R1erhw.net
スレタイ見て即座に思いついたのは中野宗時
>>6も挙げてるけど、最後が餓死とか哀れすぐる、貧民でもないのに
中野 宗時(なかの むねとき)は、戦国時代の武将。伊達氏重臣。輝宗の重臣の遠藤基信の元の主人でもある。

伊達稙宗・伊達晴宗・伊達輝宗の三代に仕えた。
稙宗の拡張政策に不満を持ち、越後上杉氏への養子問題をきっかけに晴宗を擁立して反逆、天文の乱を引き起こし、数年の抗争の末に勝利し、稙宗を隠居に追い込んだ。宗時は晴宗から特権を与えられ権勢を振るった。
晴宗は永禄7年(1564年)に輝宗に家督を譲り隠居したものの、輝宗の代になっても宗時の権勢は衰えなかったが、永禄13年(1570年)4月、宗時は子の牧野久仲と共に輝宗に謀反の疑いをかけられて追討を受ける。宗時は相馬盛胤を頼って落ち延びることに決め、二井宿峠を越えて太平洋側へと向かった。道中の高畠城主小梁川盛宗(親宗の子)・白石城主白石宗利・内親城主宮内宗忠・角田城主田手宗光はいずれも宗時とも親しい間柄だったため、中野勢の通過を見逃したが、松川の渡し場である宮の河原(現:刈田郡蔵王町宮)で待ち受けていた亘理城主亘理元宗の攻撃を受けて中野勢は潰滅し、宗時らは身一つで相馬領へと逃れた。
宗時と久仲は大森城主伊達実元と晴宗を通じて輝宗に赦免を乞うが許されず、流浪のうちに死去したという。

7: 人間七七四年 2009/02/08(日) 21:49:41 ID:16iVKctG.net
伊東義祐と今川義元が真っ先に浮かんだ

8: 人間七七四年 2009/02/08(日) 21:58:58 ID:6yb5N9sc.net
大浦政信

戦死した事に気づかれないで放置される殿

9: 人間七七四年 2009/02/08(日) 22:07:38 ID:Vyaucl+K.net
内ヶ島さんのスレはここですね

10: 人間七七四年 2009/02/08(日) 22:43:18 ID:0sHLV0/s.net
織田信長・福島正則・穴山梅雪・小山田信茂

12: 人間七七四年 2009/02/09(月) 00:11:24 ID:lL9xfh5M.net
尾藤と神子田は外せないだろう。

13: 人間七七四年 2009/02/09(月) 00:31:03 ID:2odCj1PK.net
伊東義祐一択だろ
常識的に考えて

14: 人間七七四年 2009/02/09(月) 00:55:07 ID:hmXmRyKs.net
三好長慶

16: 人間七七四年 2009/02/09(月) 02:30:31 ID:pYP9pDWS.net
龍造寺隆信

最盛期を築くまでは名将だが…

最後は一説には(デブすぎて馬に乗れない為)輿をかついでた部下に見捨てられて討ち死に

馬に乗れないってww
半身不随の道雪ならまだしも原因が肥満…

19: 人間七七四年 2009/02/09(月) 04:51:15 ID:YHwFm4kk.net
滝川でしょ。
秀吉以上に信長から期待されていた可能性が高い。
清洲会議の件は、
周りが滝川の力量を恐れたか、
積年の嫉妬の可能性もある。

25: 人間七七四年 2009/02/09(月) 12:22:50 ID:Hygy2SHX.net
>>19
危険な奴、出来る奴は先ずみんなで潰すってのは今も昔も変わんないね

20: 人間七七四年 2009/02/09(月) 04:58:45 ID:b9Kdfupb.net
佐々

21: 人間七七四年 2009/02/09(月) 06:59:58 ID:1+J3lqYW.net
ここまで四郎勝頼なし

23: 人間七七四年 2009/02/09(月) 09:46:08 ID:/xaQRRNh.net
徳川信康
もし信長の命でなく、父である家康の思惑で殺されたなら相当悲惨だよな
もし生きていたなら長男である信康は次の天下人にだってなれたであろうに

26: 人間七七四年 2009/02/09(月) 12:44:37 ID:8xGD0cMC.net
九戸政実:籠城戦で奮闘するも、謀略にかかって捕らえられ結局死罪。(くのへまさざね…orz)
大友親貞:義元と違いガチで酒で酔っぱらって鍋島直茂ら奇襲喰らいに斬り殺される。
秋山信友:岩村城攻めで降伏勧告に従い捕らえられるも信長の怒り収まらず逆さ磔で殺される。
蔵田直信:毛利元就の説得に応じ尼子経久に投降するも、経久に行動の件を咎められ斬り殺される。

50: 人間七七四年 2009/02/11(水) 00:16:14 ID:aefh8R4j.net
>>26
秋山は自業自得

信長の叔母を妻にして、信長の息子を人質に甲斐に送る
怒るのは当然

57: 人間七七四年 2009/02/12(木) 12:07:39 ID:qFLswk3I.net
>>50
自業自得もなにも
信長が援軍送らなかったから岩村は攻略されたのに。
叔母まで酷い殺し方だし。

75: 人間七七四年 2009/02/13(金) 20:19:31 ID:n66Gkn3T.net
>>57
城を明け渡して退却なら、信長もそんなに怒らなかっただろうけど
思いっきり裏切り行為じゃん

28: 人間七七四年 2009/02/09(月) 16:53:27 ID:GvT4u9jQ.net
河尻秀隆も悲惨だな。
織田家中でも結構良い位置に居たのに、最後はなぶり殺し。

29: 人間七七四年 2009/02/09(月) 18:59:26 ID:xhTxat2T.net
織田家の第一線で活躍していた重臣は本能寺以降の転落ぶりがすごいよな

滝川一益を筆頭に
河尻、丹羽、柴田、佐々みんな悲惨
幸せなのは秀吉だけ

30: 人間七七四年 2009/02/09(月) 19:25:39 ID:Ueb9uXVw.net
秀吉の晩年も哀れっちゃあ哀れ

小便漏らしたり悪夢で錯乱したりしながら死んでいった。

38: 人間七七四年 2009/02/10(火) 01:22:24 ID:ZAR8dBuf.net
>>30
それが哀れなら世の中のおじいちゃんみんな哀れじゃねえか
悪夢云々は信憑性無いし

31: 人間七七四年 2009/02/09(月) 19:25:47 ID:1+J3lqYW.net
丹羽はまだ…
長秀生きてるうちは厚遇されてたから…

32: 人間七七四年 2009/02/09(月) 19:34:02 ID:Ueb9uXVw.net
本当に内臓抉り出したかどうかも疑わしいしな。

33: 人間七七四年 2009/02/09(月) 19:52:38 ID:FyO4i1EQ.net
斎藤龍興 信長に美濃を追われてから朝倉氏に身を寄せたが、元亀4年刀根山討ち死に。

34: 人間七七四年 2009/02/09(月) 20:09:55 ID:klzd4k0x.net
吉川経家と不愉快な(気分にされた)鳥取城兵
2ヶ月(or20日)分しかない兵糧で半年以上耐え抜き自刃
もしもこれ以前に山名豊国が追放されてなかったら多分豊国と戦ってたか石見で待機のどっちかだと思う
そして豊国の評価も激変してたはず

35: 人間七七四年 2009/02/09(月) 20:27:13 ID:NkM1Jr1H.net
小早川秀秋

36: 人間七七四年 2009/02/09(月) 22:11:41 ID:9FmGsP52.net
上杉憲政。
人は一代でここまで落ちぶれるものなのか。
まさか越後の片田舎で氏康の孫と心中するとは、人生のどの段階でも想像しなかっただろう。

44: 人間七七四年 2009/02/10(火) 18:51:22 ID:PhSYJWMt.net
>>36
まずなんで御館の乱で景虎側にまわったんだか…



上杉ネタならおれは北条高広だな

上杉家を裏切りまくった結果御館の乱で本人は何故か助かるが息子が死んじゃったのは因果応報と言っても過言じゃないかもだが可哀相な気も

しかもその後の消息は詳しく伝わらない程没落したらしいし

52: 人間七七四年 2009/02/11(水) 17:26:18 ID:NnXyIiFy.net
>>36
北条の血を引いたヤツに肩入れする理由なんか本来ないはずなのにな

53: 人間七七四年 2009/02/11(水) 20:59:39 ID:aq0IsMm1.net
>>52
それ言ったら、そもそもなんで近い親戚の越後守護上杉を乗っ取った仇の越後長尾家を頼っちゃったのか。

37: 人間七七四年 2009/02/10(火) 01:01:39 ID:MrgImfhU.net
氏康の孫じゃなくて、氏康の子(異説あり)だけどな。

40: 人間七七四年 2009/02/10(火) 07:20:40 ID:Hk1tJgL7.net
>>37
道満丸のことじゃろ
上杉 道満丸(うえすぎ どうまんまる、元亀2年(1571年) - 天正7年3月18日(1579年4月13日)は、上杉景虎の嫡男。兄弟は男子が1人、女子が2人いる。
上杉謙信の死後、父・景虎とおじ・上杉景勝との間で起こった御館の乱のさなか、景虎方が景勝方に和議を求めた際に上杉憲政に連れられて景勝の陣に赴く途中、景勝軍の兵に包囲され、憲政ともども殺害された。享年9。法名は了空童子。

43: 人間七七四年 2009/02/10(火) 16:39:21 ID:MrgImfhU.net
>>40
ああ、なるほど。

41: 人間七七四年 2009/02/10(火) 09:12:07 ID:QRBnXbc9.net
陶晴隆

42: 人間七七四年 2009/02/10(火) 16:17:15 ID:78CkvSjC.net
佐久間信盛

145: ◆LeD1MMOS.k 2009/04/04(土) 21:48:41 ID:20q/X3wx.net
>>42に一票

46: 人間七七四年 2009/02/10(火) 21:41:20 ID:0+LnUg20.net
石川五右衛門 油をたっぷり入れた大釜で、こんがりと揚げられる。

47: 人間七七四年 2009/02/10(火) 23:01:50 ID:GxKT8Htu.net
信親かわいそうです

48: 人間七七四年 2009/02/10(火) 23:39:08 ID:Ypa8EkJs.net
小笠原長時
源氏の名門小笠原氏の嫡流で信濃守護職
親父が苦労して一族を統一し周辺勢力とも友好関係を築いたのに
家督を継いだらプライドの高さと人望の無さで内外から嫌われ
それにつけ込んだ武田晴信には連戦連敗。ついには所領を追われ
その後は劉備並みの流転人生で転がり込む先が悉く没落するという
貧乏神っぷり。最期は蘆名家(ここも数年後滅亡)にて病死だが
長年いじめてきた家臣に殺られたとの説もある。
「風林火山」じゃ憎めないバカ殿という感じだったのにね。

77: 人間七七四年 2009/02/13(金) 23:05:16 ID:RHqVt3sR.net
>>48
武田滅亡を見届けられたから良かったんじゃないか?

55: 人間七七四年 2009/02/12(木) 07:39:50 ID:gifc8S4d.net
戦で死んだ人はまだ本望だろ
最盛期とのギャップで言えばやっぱ伊東義祐か佐久間信盛じゃないかと

58: 人間七七四年 2009/02/12(木) 12:12:53 ID:vsbNhUcF.net
豊臣秀次しか考えられん。

59: 人間七七四年 2009/02/12(木) 12:25:15 ID:eIwdxJLF.net
>>58
どう考えても駒姫のが上

73: 人間七七四年 2009/02/13(金) 16:03:23 ID:uNW1BfjU.net
>>58>>59
秀次とその家族、お手伝いさん達数十人だね。

ありゃあ惨いよ。

60: 人間七七四年 2009/02/12(木) 12:36:37 ID:FOCe7Rgr.net
大内しか思いつかん

66: 人間七七四年 2009/02/12(木) 20:40:02 ID:SJHdJO2B.net
大内義隆

67: 人間七七四年 2009/02/12(木) 22:15:07 ID:AW+R/vNk.net
今川義元

68: 人間七七四年 2009/02/12(木) 22:31:23 ID:pgeVWgoI.net
マイケル・ジャクソンがなりそう
マイケル・ジョセフ・ジャクソン(Michael Joseph Jackson、1958年8月29日 - 2009年6月25日)はアメリカ合衆国のエンターテイナー。
2009年6月25日、自宅にて心肺停止状態に至り死亡。主治医は過失致死罪の有罪判決を受けている。

158: 人間七七四年 2009/06/28(日) 00:35:19 ID:b8e1YmHs.net
>>68
すげー

161: 人間七七四年 2009/06/28(日) 09:26:56 ID:6d6voRog.net
>>68

現在最も信用出来る預言者様www

164: 人間七七四年 2009/06/29(月) 00:32:24 ID:VvpvjEQp.net
>>68
…神。

166: 人間七七四年 2009/06/29(月) 16:51:52 ID:QhjMwKmR.net
>>68
なんという的中

70: 人間七七四年 2009/02/12(木) 23:23:21 ID:fzb6tu0U.net
秋山関連で織田信房は?
信長の四男として生まれたのに微妙な遠山家の養子に↓。
かと思ったら養母が実家の敵方を迎え入れちゃって敵国に。↓
敵国で元服しちゃって不名誉な名乗りをつけられる。↓
ようやく織田に帰還。新しい名前つけて貰って兄貴と共に武田をやっつける↑

さぁこれからブイブイ言わせちゃうぞってところで本能寺の変、二条城で討ち死…
下げて下げて上がったところであぼん。結構悲惨じゃね?

82: 人間七七四年 2009/02/14(土) 12:51:01 ID:X+wJd1C5.net
あとスレタイは荒木一族だ
女房どもの磔で泣き叫ぶ声天にも届かんばかり・・・
家に押し込め火をつけて上へ下へ影が踊る、いくらなんでも正気と思えん

85: 人間七七四年 2009/02/15(日) 13:44:40 ID:4Jz36aon.net
岩室長門守 長谷川橋介 佐脇籐八 山口飛騨守 賀藤弥三郎
以上5人 永禄3年5月19日未明、織田信長の後を追って清州城を出た馬廻り
岩室長門守 この翌年尾張小口の戦いで討ち死に。
他4名 信長家臣坂井道盛を殺して出奔、徳川家に身を寄せるも三方ヶ原の戦いで討ち死に・

87: 人間七七四年 2009/02/15(日) 20:16:45 ID:E8Ge26SN.net
織田家家臣は悲惨だと思う。
やっぱ主君がちがうといやなのかなあ?

88: 人間七七四年 2009/02/15(日) 20:32:48 ID:ITchj7Wn.net
ここまで出てないみたいだけど光秀も悲惨だったな
藤孝や順慶にも見捨てられ、最後は土民にうちとられる

90: 人間七七四年 2009/02/15(日) 21:11:14 ID:pdzhkqiP.net
父弟の敵方が着いてその尻拭いを60年近くし続けた真田信之

91: 人間七七四年 2009/02/15(日) 21:19:09 ID:m7xYZlZ5.net
龍造寺

首受け取り拒否
430 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/19(金) 21:14:03 ID:QIXRI5Fj
これ元ネタが、光栄の信長の野望蒼天録か天翔記の武将ファイルに書かれている
ものだから、本当にこういう逸話が残っているのかよとかなり疑問ではあるんだが・・・

沖田畷の合戦において、肥前の雄龍造寺隆信は無念の最期を遂げた。
さて、この隆信、討ち取られた後、その首を持ってきた島津の使者に
「不運の髑髏に用は無し」と鍋島直茂に啖呵を切られたり、
島津の使者が首を持って帰ろうとすると、国境沿いで急に重たくなり、
島津の使者が哀れんで龍造寺領内に弔ったりした話は有名。
ところがこれにもう1つばかり逸話がある。

この討ち取られた隆信の首。首実検の後に赤星統家に下げ渡される。
赤星統家と言えば、子供2人を磔にされ、隆信に最も恨みを持つ者。
当然の事ながら、統家を始め、家臣一統隆信の首に悪口雑言を投げつける。
何よりも凄まじかったのは、殺された子供2人の母親で、隆信の首を蹴りつけたそうな。それも何度も。

さて・・・こうして溜飲を下げた赤星一党であるが、その行動にマジギレした奴がいる。
それは龍造寺政家でも鍋島直茂でもなく、何と島津義久。
実は義久。祖父である日新斎の薫陶よろしく、戦の後は敵味方関わらず
ねんごろに弔うべしと言う信条を持つ男。
そのため、赤星一党の振る舞いは、彼にとっては言語道断な振る舞いでしかなく、
「赤星は武者の心得も知らんのか」と、以後赤星に対して冷遇したそうな。

100: 人間七七四年 2009/02/17(火) 13:04:48 ID:LZNexLYZ.net
>>91
龍造寺家を滅亡させた有馬晴信も中々悲惨。

キリシタン大名なのに賄賂でお家復興を願うのはいかんよ。

92: 人間七七四年 2009/02/15(日) 22:37:11 ID:SqyzWuuv.net
松永久秀 大好きな九十九と氏ねたから本望かWW
松田憲秀 降伏論者でありながら、切腹を命じられた

95: 人間七七四年 2009/02/16(月) 18:39:54 ID:c/x8Yohb.net
降伏したのに磔にされた波多野秀治・秀尚兄弟

96: 人間七七四年 2009/02/16(月) 19:46:52 ID:oZ1G3drc.net
>>95
実際は、城兵がクーデター起して波多野兄弟を拘束して、身柄を差し出して降伏したらしい。
三国志の呂布の最後状態か。

108: 人間七七四年 2009/02/20(金) 01:21:48 ID:R+4dS/5n.net
松平清康・広忠

109: 人間七七四年 2009/02/20(金) 03:38:47 ID:UaCBm2x2.net
やっぱ築山殿。しかも死んだ後まで家康による殺害を正当化するため、筋金入り
の悪女にされようとは…

113: 人間七七四年 2009/02/20(金) 17:48:39 ID:28VjZTkO.net
>>109
山岡荘八氏は静岡に取材に行った時に悪女説が虚構だと感づいてたけど
話を面白くする為にあえてああいう風に書いたみたいだね

111: 人間七七四年 2009/02/20(金) 16:03:10 ID:4UEqKR8y.net
吉良上野介義央 キレたあんちゃんに切り付けられた上、屋敷を暴徒に襲われて殺される。

112: 人間七七四年 2009/02/20(金) 17:39:19 ID:CS8PBft3.net
しかも死後も、やってもない事までやった事になって叩かれてた。

115: 人間七七四年 2009/02/20(金) 19:04:05 ID:vDVsdNTX.net
ここまで葛西晴信なし

116: 人間七七四年 2009/02/20(金) 20:27:56 ID:KqfYRSuq.net
>>115
悲惨かと言われれば悲惨でもないような。
前田家で静かな余生を暮らしたんじゃね?
戦死説を採るなら別だが。

122: 人間七七四年 2009/03/12(木) 22:45:03 ID:s3c4d88c.net
豊臣秀頼

123: 人間七七四年 2009/03/12(木) 23:55:19 ID:YhxT62VW.net
時代は下るが細川宗孝。

本人自身、何で死んでいくのか分からなかっただろう。

136: 人間七七四年 2009/03/20(金) 01:42:44 ID:phhfUyog.net
>>123
人違いで殺されたのかよ カワイソス
延享4年8月15日、月例拝賀式に在府の諸大名が総登城した際、宗孝が大広間脇の厠に立つと、そこで旗本寄合席7,000石の板倉勝該に突然背後から斬りつけられ絶命するという椿事が出来した。
勝該には日頃から狂気の振る舞いがあり、このときも本家筋にあたる安中藩主・板倉勝清が自らを廃するのでないかと勝手に思い込んだ勝該が、これを逆恨みして刃傷に及んだものだった。ところが細川家の「九曜星」紋が板倉家の「九曜巴」紋とよく似ていたことから、宗孝を勝清と勘違いしたのである。
宗孝にとってはとんだ災難だったが、これは細川家にとっても一大事だった。31歳になったばかりの宗孝にはまだ世継ぎがおらず、さりとてまだ若いこともあり、養子は立てていなかったのである。殿中での刃傷にはただでさえ喧嘩両成敗の原則が適用される上、世継ぎまで欠いては肥後54万石細川家は改易必至だった。
この窮地を救ったのは、たまたまそこに居合わせた仙台藩主・伊達宗村である。宗村は機転を利かせ、「越中守殿にはまだ息がある、早く屋敷に運んで手当てせよ」と細川家の家臣に命じた。これを受けて家臣たちは、宗孝を城中から細川藩邸に運び込み、その間に藩主舎弟の紀雄(のちの重賢)を末期養子として幕府に届け出た。そして翌日になって宗孝は介抱の甲斐なく死去と報告、その頃までには人違いの事情を幕閣も確認しており、細川家は事無きを得た。

125: 人間七七四年 2009/03/13(金) 04:03:43 ID:Gn4XTXjd.net
スレタイ見たら伊東しか思いつかない

131: 人間七七四年 2009/03/13(金) 20:12:23 ID:ts+XZUD6.net
秋田実李
晩年は自分の木像に対して話し掛けたり飯の世話してたそうな
若いときはあんなに輝いてたのに、、、、

134: 人間七七四年 2009/03/14(土) 09:16:55 ID:Xw3cSYmc.net
前田利家

病気で苦しんでいるとき長年連れ添った妻に「地獄に落ちますね♪」と言われる

137: 人間七七四年 2009/03/20(金) 02:16:44 ID:UOLhaSoG.net
土岐頼芸かなぁ。
道三のおかげで当主の座に収まってたけど、
最後は追放されて流浪の末に失明とか。

まあ、道三に関わったのが運のつきというか。

138: 人間七七四年 2009/03/20(金) 12:46:47 ID:rloz7vED.net
畠山義継
バラバラに切り刻まれた揚げ句に藤蔓で繋ぎ合わせて数キロに渡って引きずられ
街道筋の木にぶら下げて晒された
大名でここまでスプラッターな最後を遂げた人はまずいないかと

140: 人間七七四年 2009/03/21(土) 09:33:57 ID:STN2MtY3.net
>>138
その義継に拉致されて殺された伊達輝宗もかなり悲惨かと・・・
実質この二人を殺した息子がきっちり天寿を全うするあたり世の不条理を感じるわ

139: 人間七七四年 2009/03/20(金) 19:05:02 ID:w37tcWbb.net
佐々も悲惨じゃね

141: 人間七七四年 2009/03/26(木) 13:11:47 ID:l3vkAdK3.net
悲惨なのは大家に生まれながら、全てを失った揚句
困窮しながら生き続け、最後は野垂れ死にってパターンだな・・・

142: 人間七七四年 2009/03/26(木) 18:04:08 ID:/1pNmG2p.net
つまり伊東ですね

143: 人間七七四年 2009/03/28(土) 13:15:42 ID:3GIeZvPK.net
佐久間はまだましかな。

148: 人間七七四年 2009/04/05(日) 14:37:13 ID:ntSU1aal.net
内ヶ島以上に悲惨な奴はないだろ・・・

149: 人間七七四年 2009/04/05(日) 14:40:51 ID:dLR9d4Mc.net
今川義元だろ
まさかの戦死

150: 人間七七四年 2009/04/05(日) 14:49:04 ID:u0ul8EnD.net
宇喜多秀家
南海の孤島に流され、船が見えると
手を振って施しを求めたという

156: 人間七七四年 2009/06/22(月) 23:30:06 ID:efAxaHR0.net
親父に殺された(も同然の)嫡男たち
武田義信…親父と喧嘩
徳川信康…喧嘩?命令?
最上義康…ひとえに親父
織田信忠…まきぞえ



157: 人間七七四年 2009/06/24(水) 01:30:21 ID:YomC1BEG.net
上杉景虎だろ
要らない子扱いされて武田への人質→出戻り→上杉への人質→家督争いに巻き込まれ死亡
それも御館の乱は最初優勢だったのに武田は景勝と和睦するわ、北条にはやっぱり要らない子扱いされ援軍来ないわで悲惨

何より最近は別人説まで出てきてどこからどこまでがこいつの業績かさっぱり不明というのが泣ける

167: 人間七七四年 2009/06/29(月) 21:54:59 ID:fs6B/Qfd.net
マイケルはある程度予想できただろ
突然死の予想は無理にしても幸せな最期は無理

169: 人間七七四年 2009/07/03(金) 04:53:31 ID:jl9PBV/z.net
柴田は逸話を見るとそれなりに納得してそう。
戦った上での負けだし。
前田のことも許してたし。

豊臣秀次とか荒木村重の一族はきつかったろうな。
後は佐久間信盛、中野宗時かなあ。
野垂れ死にはさみしい。

170: 人間七七四年 2009/07/03(金) 05:37:19 ID:JDVkFbzI.net
>>169
前田のことを許すわけねーじゃん
前田家の作り話を当たり前のように広めるなよ

171: 人間七七四年 2009/07/03(金) 06:21:51 ID:7O6riJbC.net
まさか柴田もあんなにあっさり負けるとは思ってなかっただろうね
前田って柴田→豊臣と裏切りばっかりだな

172: 人間七七四年 2009/07/03(金) 06:51:08 ID:6pW2eCsu.net
柴田はしょうがないな
決戦の敗北だって佐久間の暴走が原因だが、
「殿の下知はあてにならぬ」と思われてたからのことだろ

同僚時代の秀吉が激怒して勝家の人から立ち去ったりとか、
勝家ってかなり方針が偏ってたんじゃないかと思う

173: 人間七七四年 2009/07/03(金) 07:47:43 ID:JDVkFbzI.net
変な小説の読みすぎだな
佐久間の暴走が原因とか何言ってるの?www

174: 人間七七四年 2009/07/03(金) 09:06:46 ID:SYvKFbdq.net
どの史料を見ても、前田が撤退を始めるまでは柴田軍優勢だったとされている。
また、戦後の処遇でも前田がダントツに厚遇されていることから、秀吉は前田の
貢献を高く評価したことがわかる。

176: 人間七七四年 2009/07/03(金) 19:59:30 ID:xldaH05/.net
尼子義久、高橋紹運、秋山伯耆。

178: 人間七七四年 2009/07/03(金) 21:08:45 ID:V0gBWR5c.net
貴様、高橋紹雲の死を愚弄するか。
あれほど武士の本懐を遂げた死はあるまいて

181: 人間七七四年 2009/07/04(土) 02:24:16 ID:0lgWIlNo.net
尼子義久
より息子の方が悲惨だろ
勝久だっけ?

182: 人間七七四年 2009/07/04(土) 02:40:19 ID:dk6oN3ci.net
新宮党の、ほうです。

183: 人間七七四年 2009/07/04(土) 07:11:08 ID:uqXy03lv.net
放浪の上に餓死したやついなかったっけ

184: 人間七七四年 2009/07/04(土) 07:51:53 ID:/ECp2Hnu.net
伊東義祐?

185: 人間七七四年 2009/07/04(土) 08:55:54 ID:NlXCtX+U.net
佐久間信盛も餓死したとか

187: ◆LeD1MMOS.k 2009/07/04(土) 11:24:17 ID:zbiJjaeA.net
>>185
いや、史料では「病死」。
まあ、実際どうだったかはわからないけどね。

190: 人間七七四年 2009/07/06(月) 13:18:47 ID:zGGoTcEl.net
屋代景頼
政宗のもとで権勢をふるうも追放され近江で若くして病死

191: 人間七七四年 2009/07/06(月) 19:02:34 ID:HBNHYCOf.net
ところが政敵のはずの成実に匿われる屋代勘解由景頼であった

193: 人間七七四年 2009/07/07(火) 13:35:36 ID:89VbCqbq.net
織田秀信
赤ん坊の頃から利用されて最期は高野山で夭折
天下人三代目の可能性もあったのにかなり悲惨な末路

194: 人間七七四年 2009/07/08(水) 13:50:32 ID:c1NbCeDY.net
庶子だから本能寺なくて信忠が2代目うまく継いでいたとしても3代目の目はないと思うよ。
史実よりはよい領地もらって平穏に一族衆はできたと思うけど。

195: 人間七七四年 2009/07/08(水) 18:58:36 ID:UZ8TKz2w.net
>>194
信忠も妾腹だったし、嫡子が出来なければ秀信に後継の座がまわってくる可能性もなくはない

196: 人間七七四年 2009/07/08(水) 20:54:19 ID:fsu0Wj1V.net
ありうるとしたら、本能寺がないという仮定の場合、

・信忠が何らかの理由で信長より早死にする
・秀信が、あえて信忠ではなく秀信に相続させたいと信長に何らかの方法で思わせる
・互いに満足な勢力をもった状態で家督争いが起こり、それに勝つ
あたりかな。

199: 人間七七四年 2009/07/08(水) 23:52:22 ID:Cj8V5DcR.net
龍造寺家兼
最晩年で息子や孫を悉く失ったのは悲惨すぎる
後を託した曾孫も無様に戦死して首も受け取り拒否されたし

219: 人間七七四年 2009/07/13(月) 17:03:57 ID:/rIk5seH.net
>>199
家兼自身、90年近く生きたから悔い無し
俺の意見は斎藤竜興 信長に下ったものの、朝倉滅亡後の一揆の後始末が酷くて自害か戦死だっけ?齢30ちょい

227: 人間七七四年 2009/07/14(火) 16:43:47 ID:HDS4axY8.net
>>219
斎藤龍興は刀根坂で戦死だよ。

229: 人間七七四年 2009/07/15(水) 02:06:49 ID:/2DcVK9c.net
>>219
恐らく富田長繁(享年は20ちょいだが)との勘違いかと。

230: 人間七七四年 2009/07/15(水) 02:18:46 ID:jyr4wraV.net
>>229
前波かもしれんぞ?

231: 人間七七四年 2009/07/15(水) 06:20:37 ID:ID2YbfGP.net
>>230
前波は富田に出世を妬まれて襲われたんじゃなかったか。

202: 人間七七四年 2009/07/10(金) 02:32:08 ID:QhLnZBYz.net
武将じゃないけど、杉谷善住坊…だっけ?

信長狙撃成功してればヒーローだったのに……

209: 人間七七四年 2009/07/11(土) 20:17:20 ID:9QV1T+Kp.net
片桐且元

223: 人間七七四年 2009/07/14(火) 14:38:32 ID:6IVNu8Vv.net
豊臣秀次に連坐して殺された妻妾達

225: 人間七七四年 2009/07/14(火) 15:05:16 ID:7mWUDl/g.net
良スレだな

232: 人間七七四年 2009/07/15(水) 07:27:05 ID:oT5GhSY3.net
富田に関わったやつはみな悲惨。

235: 人間七七四年 2009/07/15(水) 14:25:17 ID:liTh4Vtt.net
長繁って同僚を襲ってばっかりだよな
完全にイッてたんだろうなあ
そんなヤツの下で働きたくねえ

238: 人間七七四年 2009/07/17(金) 22:46:50 ID:1YYxsQ5F.net
福島正則
中国の韓信みたく強すぎた男

242: 人間七七四年 2009/07/20(月) 14:28:50 ID:/ab+b0an.net
>>238
韓信もそうだが単に保身術に欠けていただけだろう

243: 人間七七四年 2009/07/25(土) 14:26:45 ID:A/ST0wEZ.net
>>238
福島って戦歴はそうでもないよな。
なんだかんだでお殿様として死んだし
悲惨ってほどでもなかろう。

244: 人間七七四年 2009/07/28(火) 19:01:54 ID:89G/MAoD.net
福島正之
安芸広島五十万石の世継ぎにして、家康の養女を嫁にしていながら最期は餓死かよ・・・
まあ、発狂したという話が本当ならしょうがないのかなとも思うけど。

250: 人間七七四年 2009/08/05(水) 23:49:56 ID:kpbgb8Qf.net
吉弘統幸
時勢の見えない主君のせいで犬死。

280: 人間七七四年 2009/08/13(木) 18:15:14 ID:DmR/xbF+.net
>>250
俺としては戦国武将でも5指に入る格好いい死に様なんだがなあ・・・

251: 人間七七四年 2009/08/05(水) 23:56:46 ID:35jv+ESW.net
真田幸村って首を取られた後、雑兵が寄ってたかって
只でさえ薄い髪の毛を全部毟られたんじゃなかったっけ?

259: 人間七七四年 2009/08/07(金) 17:19:59 ID:JyFQPZbv.net
>>251
すんごい戦いっぷりに感銘を受けた連中が、お守り代わりのような意味で丁重にきりとっていったんじゃないっけ。
名誉なことだと思うけど。

256: 人間七七四年 2009/08/06(木) 23:23:18 ID:3g+VLd7y.net
裏切った秀秋も2年後に変死してるしな
裏切り者と罵られて早死にするのと、孤島で50年孤独に暮らすのとどっちがマシだろう

257: 人間七七四年 2009/08/07(金) 00:43:36 ID:HDMQwy7x.net
秀家は落差がすごいけど、悲惨なイメージはないな。
性格がまっすぐすぎて、八丈島暮らしもくよくよせず受け入れてそうだ。

260: 人間七七四年 2009/08/07(金) 17:46:10 ID:tjviwkHs.net
>>257
米の飯が食いたいです…って毎日言ってたらしいから
結構窮乏してたんじゃね

関が原に参戦しなかった元家臣が米送ってきたらしいけど

261: 人間七七四年 2009/08/07(金) 22:20:48 ID:kNrDzh9b.net
>>260
だって最期の言葉が「米の粥が食べたい」だもんな
かつて秀吉に目をかけてもらった若武者とは思えない台詞だからな

>関が原に参戦しなかった元家臣が米送ってきたらしいけど
旗本花房某か

268: 人間七七四年 2009/08/08(土) 16:44:56 ID:OUqj18U6.net
>>260
1回だけでしょたしか

258: 人間七七四年 2009/08/07(金) 01:07:09 ID:i7tuWWvv.net
あちこちからの支援で子孫繁栄だもんな
明治になって流刑が解けた時には狭い島なのに子孫が十数家にもなってたとか何とか

270: 人間七七四年 2009/08/09(日) 00:21:48 ID:vjqjeGZr.net
>>258
前田家からの支援はは幕末まで続いて
維新後には東京に屋敷までもらってるんだよな。

262: 人間七七四年 2009/08/07(金) 22:27:48 ID:rCRm4Z1C.net
米が食いたいって
米の仕送りなかったの?お菓子とか果物送ってきたのか。

263: 人間七七四年 2009/08/07(金) 23:45:03 ID:HDMQwy7x.net
それでも長生きなところをみると
大名やめて精神的重圧がない生活がよかったんだろうな、と思う。

264: 人間七七四年 2009/08/08(土) 04:06:07 ID:HpZJig5Q.net
そらただの寿命でしょ
長生きしてる大名なんて他にも腐るほど居るよ
しかもこの後は戦国時代も終わりだし
精神的苦痛どころか借金ながら暮らしてたから

265: 人間七七四年 2009/08/08(土) 11:51:42 ID:S64ivuT4.net
まじ海賊にでもなって無理やり近海を通過する船を難破船にさせまくっちまえば食い物が手に入って良かったのに。
討伐に来たら船で逃走してさ。

273: 人間七七四年 2009/08/11(火) 03:12:19 ID:LFDMAoUf.net
絶対でてるだろうと思ったのに

なんで武田信虎がないんだよ

274: 人間七七四年 2009/08/11(火) 04:27:51 ID:WdMj3XJ8.net
>>273
なんだかんだで武田家には戻れたし、長生きしたし、それなりの暮らしを送れた。
幸福ではないかもしれないが、悲惨というほどでもない。

278: 人間七七四年 2009/08/11(火) 23:52:07 ID:0Yf0fqY5.net
信虎は追放後も結構充実した生涯を送ったように思えるけど。

282: 人間七七四年 2009/08/13(木) 20:28:59 ID:lzV496GS.net
勝頼を後見した信虎の西上作戦は面白そう。
信虎には畿内に人脈あるし。
信虎によって木曽か穴山が粛清されたりしてな。

302: 人間七七四年 2009/08/18(火) 23:26:00 ID:1SYOwk3B.net
明智光秀、小山田信茂、小早川秀秋

裏切り者の末路は大概悲惨なもの

引用元: 末路があまりにも悲惨だった人物