no title
1: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:34:13 ID:zOH
信長とかあの世で「また革命児&魔王扱いかよ…」って思ってそう

2: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:35:06 ID:nqb
えっ革命魔王じゃなかったの?

5: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:38:15 ID:iUi
>>2
別に目新しい政策はしてないんやで
ノッブが急成長したんはバクチバクチ&バクチに勝ち残ったからやで

6: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:40:36 ID:nqb
>>5
信長さん、今の評価に満足してないの?

3: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:36:32 ID:nmz
信長さん臣下に気を使いすぎて反落起こされまくってるからな

4: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:37:44 ID:2PH
政宗のせいで相対的にヒール扱いの最上義光

7: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:40:37 ID:v3t
>>4
家督継承の時のゴタゴタのイメージが悪すぎる

8: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:40:59 ID:CYp
女体化された今なら過大過小なんかより絵師を気にしそう

11: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:43:33 ID:nqb
>>8
だよな
多分そっちを憂いてる

9: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:41:00 ID:zOH
魔王キャラはともかくドラマとかでよくやってる
「画期的な政策で新時代の到来だ!」とか「新しい時代のためにこの国を壊すキリッ」
みたいなのは全然考えて無さそうなんだよなあ
むしろ諸侯の中で旧権威を一番手厚く保護したとすら言えるしな

14: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:46:27 ID:v3t
>>9
保護してたと言うか利用していただけの気が
現に朝廷なんかは用済みになったらさっさと官職辞してるし推任にも応じようとしなかったじゃん

20: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:52:45 ID:zOH
>>14
利用するだけってのは他の時代の権力者も一緒だからなあ
財政と治安の悪化で何十年も途絶えてた朝廷や伊勢神宮の儀式が
またできるようになったのは間違いなく信長の功績の一つだと思う
元主君の斯波義銀や足利義昭も時流が読めず向こうから自爆するまで
積極的に潰すつもりはそんなに無かったっぽいし

30: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)16:47:52 ID:v3t
>>20
だから大事にしていたわけでなくて利用できるからしていただけだろといってんのよ
斯波にしても足利にしても同様

用済みになったら切り捨ててるし大事にしているわけではない

32: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)17:16:18 ID:TbX
>>30
そりゃ本心から朝廷を大事にしてたかどうか怪しいことくらいみんな分かってるだろ
ただ朝廷に金銭面で大きな貢献があったという事実が存在するというだけ
よく言われる朝廷を滅ぼすつもりがあったかどうかなんて誰にもわからんしな
ただ個人的には信長は日本の権力者として特にいかれた行動は取ってないから
信長が朝廷を滅ぼすつもりだったことにすると普通に皇室や朝廷を蔑ろにする場面があった
古代の蘇我氏から徳川幕府までの多くの権力者が朝廷を滅ぼすつもりだったって言えちゃうんじゃね?とは思う

33: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)17:17:22 ID:v3t
>>32
だから庇護してたことをもって大事にしてたとは言えないだろという話をしてんだがなぁ

36: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)17:29:02 ID:TbX
>>33
そもそも最初から信長が本心から朝廷を大事にしていた、なんて言い方は誰もしてない気が

10: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:42:33 ID:TbX
家康は「なんで一番恐れた男が何十人もいるんだよ」って絶対思ってるな

12: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:43:55 ID:CYp
>>10
味噌持ち歩いたの後悔してるやろな

13: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:44:04 ID:nqb
で、過小評価されて嘆いてるであろう武将は誰なん?

16: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:48:21 ID:bdd
>>13
有名どころだと今川さんとか?
有名すぎて再評価されてるけど。

21: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:55:59 ID:CYp
>>13
吉良上野介
地元ぢゃ名君なのに

15: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:47:12 ID:CPz
自分で第六天魔王を名乗ったのと比叡山焼き討ちの影響だろ

24: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:59:45 ID:TbX
>>15
比叡山への圧迫や攻撃って足利義教や細川政元のほうが凄かったと思うんだけど
なぜかやられた側の比叡山も含めて現代で話題に上るのは信長ばっかりだよな

17: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:49:35 ID:nqb
再評価すらされてないけどお前らイチオシの武将とかいるんるん?

25: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)16:10:30 ID:zOH
>>17
最近だと毛利勝永とかネットで名前見るようになってきた気がする
大阪の陣で真田以上の戦いぶりを見せたのに大抵の場合ほとんど存在ごと抹消されてる人

18: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:50:39 ID:Tsw
今川、孕石は完全にタヌキのせい

19: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:52:13 ID:CPz
尼子十勇士

我に七難八苦を与え給えは有名だけど具体的に何をしたのか知らない
尼子十勇士(あまごじゅうゆうし)は、戦国大名尼子氏滅亡後に尼子氏の復興に勤めたとされる10人の勇士である。この10人は、尼子晴久が部下4万人余りの中から選び出した勇力の優れた人物という。山中鹿之助(山中幸盛)を筆頭とするが、その構成員は幸盛を除けば不定であり、時代によっても異なる。また、名前の最後に皆「介(助)」が付くことから「尼子十勇十介」ともいう。

24: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:59:45 ID:TbX
>>19
鹿介たちに担がれただけの尼子勝久が最期に感謝の言葉を述べる話すき
創作の可能性も大ってのが残念だが
この時代の山陰山陽地方の興亡を記した軍記物語『陰徳太平記』には、勝久が毛利方に降伏したとき、山中幸盛はじめ自身のために捕虜となってくれた家臣に対して、別れの言葉を送るくだりがある。法衣をまとって一生を送るはずだったその身を一度は尼子の大将にしてくれたことに感謝し、今後は命を大切にして長生きするよう述べるもので、勝久の真摯な姿勢を描くここが同書の一つの山場となっている。

22: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:57:49 ID:nqb
地元だと人気だけど…っていう人物は結構いそうだよね
そこらへんのギャップもまた面白い

23: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)15:58:37 ID:FoR
また女体化かよ……

26: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)16:17:06 ID:2PH
第六天神社が多いのは尾張や美濃や近江では無く東日本、特に戦国のラスボス後北条氏の膝元南関東
(信長が名乗る以前から第六天信仰自体は全国にあり北条氏も保護していた)
西日本の第六天は信長没後、第六天(≒信長の影)を怖れた秀吉によって入念に取り潰されたそうな

27: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)16:33:13 ID:nqb
秀吉ちゃん、ノッブを慕ってる印象あったわ…

28: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)16:45:02 ID:LIR

信長は子供が病死した秀吉に四男を養子に与えて秀吉は羽柴秀勝と名付けて育ててたんだけど、この子供も病死したとされてるね

29: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)16:46:23 ID:nqb
病死

あっ…

31: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)17:13:31 ID:LIR
>>29
でも2年間ぐらい病に臥せってたから殺された可能性低そう

行動から察するに織田家の血をひく子を後継者にしたがってたみたい

34: 名無しさん@おーぷん 2015/08/23(日)17:20:37 ID:qam
第六天魔王とかただの厨二じゃん!言わなきゃよかった!

って思ってそう

引用元: 戦国時代とかの武将って過大評価と過小評価の嵐に晒されて大変だよな