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1: 人間七七四年 2007/06/27(水) 11:05:08 ID:xV1Kdf5c.net
日本統一できたんじゃないかと思うんだが。

2: 人間七七四年 2007/06/27(水) 11:10:54 ID:uoruW1IW.net
吉川が叛旗出して終了。

6: 人間七七四年 2007/06/27(水) 11:14:39 ID:FU6hk02e.net
凡人輝元を担ぎ上げ、秀包を粗末に扱ったから代償がきた
秀包なら毛利領は安泰だった

8: 人間七七四年 2007/06/27(水) 11:29:53 ID:xhIJO9JQ.net
>>1の意見には結論からいえば賛同できないが、隆景はもし東海地方に
生まれていたら家康になっていたくらいの器量人だったと思うぞ。

10: 人間七七四年 2007/06/27(水) 11:37:15 ID:FU6hk02e.net
>>8
隆景は中国地方の安穏とした土地だからこそあそこまで個性を引き出せた
東海地方にいて信長、義元のように兄弟を討てるとも思えんし、
晴信、義龍のように父を追放または殺害するとも思えん
東海地方じゃ一族安泰で勢力伸ばせない

11: 人間七七四年 2007/06/27(水) 11:40:22 ID:xV1Kdf5c.net
>>10
それは治世であったから。
乱世であれば宇喜田秀家や尼子経久・元就のような策謀か
であったと思うが。

68: 人間七七四年 2007/07/05(木) 05:21:43 ID:P7tGXlgO.net
>>11
秀家に策謀が備わってたのか

69: 人間七七四年 2007/07/05(木) 09:02:13 ID:rWQfz/Fb.net
>>68
直家・・・・・

15: 宇喜多直家信者 2007/06/27(水) 13:42:36 ID:ahAIHwAo.net
「隆景は日本の蓋にしても有り余る男であった」秀吉談

16: 人間七七四年 2007/06/27(水) 14:02:51 ID:eUGzEO8B.net
でも元春の方が次男なんだよね
それより穂井田元清、小早川秀包、毛利秀元なんてもっと知名度があってもいいのにね

17: 宇喜多直家信者 2007/06/27(水) 14:11:49 ID:ahAIHwAo.net
毛利元就は元春の勇猛な武勇を見て、山陰の抑えとしたという。
一方隆景は謀将ぞろいの山陽の抑えとした。
この性格に見合った起用が毛利全盛期を築いたと言っても
決して過言ではない。

22: 人間七七四年 2007/06/27(水) 15:45:01 ID:JD742qsV.net
もし隆景が毛利を継いだならば、対信長戦に措いて包囲網を築き、隆景死
後毛利家は滅亡か、或は包囲網が上手く機能して日本に独立した巨大な自
治体が数個出来るような世界だったであろう。又、子供が居なかった隆景
はおそらく輝元が成人した暁には毛利家を相続させたと思う。
そして、相続させるまでに必ずや大規模な粛清もしたであろう。
隆景と同タイプとしては徳川秀忠が思い浮かぶ。

25: 人間七七四年 2007/06/27(水) 16:20:04 ID:TndXV5hZ.net
隆景が家督を継ぐなら
元春、元長父子が離反するのでは?
元春にもプライドはあるだろう

26: 人間七七四年 2007/06/27(水) 17:18:11 ID:3oC58Tmg.net
元春はそんなケツの穴の小さい男じゃないと思うが・・・
まあ他家を継いだ弟が自分を差し置いて毛利本家を継げば面白くないのは確かだろうが、
それで即離反なんてのは極端

27: 人間七七四年 2007/06/27(水) 19:41:54 ID:1xeRJzrz.net
2人とも 正式な「後継者」じゃなかったけど、「事実上の指導者」として
難しい時期の舵取りをしてきた訳だから、それはそれで良いのでは?
 ただ、この2人以後の体制に不備があった訳でして。

28: 人間七七四年 2007/06/27(水) 20:12:55 ID:UT+470M8.net
元春が暗愚なら分かるが、
特に欠点もない元春を差し置いて、
弟の隆景が家督を継ぐ何て事は有りえない。

29: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/06/27(水) 22:23:34 ID:PAyzyAuC.net
元春と隆景は同母兄弟だしなあ。
元春は元就死後にヘソ曲げて引き篭もった実績もある。

30: 宇喜多直家信者 2007/06/27(水) 22:36:17 ID:ahAIHwAo.net
やはり長男が家督を継ぐべき
隆元がもう少し長生きしたら面白いが

31: 人間七七四年 2007/06/28(木) 08:32:27 ID:7lhqxtK7.net
>>30
いや本家三馬鹿トリオが生まれなければ状況は変わっただろう。
毛利本家:輝元
吉川本家:広家
小早川本家:秀秋(もちろん養子だが)
秀元がそのまま納めていれば関ヶ原の負けは無かっただろう。

37: 宇喜多直家信者 2007/06/28(木) 21:34:45 ID:BMI26Zi5.net
毛利両川だけでなく、穂井田元清や小早川秀包もいるよ。
また、いざとなれば宇喜多勢も取り込めば良い。

38: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2007/06/28(木) 22:44:52 ID:t1vsf/Tu.net
輝元の凡庸を売りに出してる印象がある。

54: 人間七七四年 2007/07/03(火) 14:00:56 ID:49+k3yOK.net
毛利一族はほとんど優秀そうなのに一番微妙な輝元が当主になってしまった感じ
輝元も当主でなく一武将でいれたならそこそこ優秀な部類に入ったのだろうか?

55: 人間七七四年 2007/07/03(火) 16:40:39 ID:ZYySq/7r.net
輝元は可も無く不可も無くと言った感じ
家臣団が優秀ならこのタイプの当主で十分だと思う。

65: 人間七七四年 2007/07/04(水) 21:14:14 ID:XAyT1ohg.net
輝元って戦は上手かったの?

66: 人間七七四年 2007/07/04(水) 22:35:07 ID:5bo1uAmB.net
秀吉が、

東はひでやす
西はてるもと

と称えた武者だお

98: 人間七七四年 2007/07/22(日) 14:41:13 ID:kBbsQTzs.net
隆景が死んだ時、
広家は『せめてあと4~5年は生きて欲しかった』と嘆いたそうだが、
安国寺は『隆景様は生まれてくるのが、あと10年遅ければ、天下を獲れたものを・・』と嘆いたそうな・・・

99: 人間七七四年 2007/07/22(日) 15:03:41 ID:TLmrYOca.net
小早川隆景は毛利元就の保守性を完璧に完全な形で受け継いでるから、天下
は取れないだろう。
秀吉の天下取りを協力したのは彼じゃないか。
天下を狙う気概があるなら、吉川元春を戦先頭に、秀吉に喧嘩売ってただろう。

100: 人間七七四年 2007/07/22(日) 19:36:14 ID:R7Jcb6AG.net
もうね、主家滅亡を何とか食い止めるだけで精一杯だった隆景が
天下取れるとか笑わすなよと
輝元でも隆景でも毛利はあれが限界
本人たちの意識が天下取りの次元に達していない

101: 人間七七四年 2007/07/22(日) 20:12:49 ID:HkeGn5Ck.net
ま、たしかに当時の毛利家は織田軍の方面指揮官秀吉を相手に家を存続させるのがせいいっぱいだったな。
ただ、当時の、圧倒的な織田家の武力と経済力を背景にした秀吉や光秀などの織田家方面軍に
いつまでも持ちこたえられる大名家なんてなかったと思うぞ。
家康だってたまたま長生きして運が回ってきたから天下取れただけで、
あの頃信長に逆らって敵対していたら瞬殺されていただろうさ。

116: 人間七七四年 2007/07/31(火) 18:45:23 ID:F+MPC3DW.net
…元就に負けず劣らずの知才を持っていたというが
その元就でさえ同じ相手に3度も切腹覚悟の敗退やってんだから。
隆景はどんなものだろう。

121: 小早川秀秋ってどお? 2007/08/03(金) 15:21:23 ID:oTPktiza.net
隆景ってすごい生真面目な人だったらしい。
穂田元清は安国寺から「少しは隆景様を見習って真面目にして下さい」と注意されたという。

125: 人間七七四年 2007/08/31(金) 10:41:09 ID:TGOE3hPN.net
輝元さえ糞馬鹿でなければ。

126: 人間七七四年 2007/08/31(金) 10:42:21 ID:TGOE3hPN.net
広家さえ糞馬鹿でなければ。

135: 人間七七四年 2007/09/04(火) 16:03:53 ID:Jn/ARsN5.net
吉川広家はバカではないやろ

139: 人間七七四年 2007/09/04(火) 18:41:33 ID:iIX26ELq.net
>>135
教養のある文化人です

138: 人間七七四年 2007/09/04(火) 16:30:49 ID:xMvkuWc4.net
それをいうなら毛利隆元が生きていれば・・・・

140: 人間七七四年 2007/09/04(火) 20:24:48 ID:iIX26ELq.net
兄の元長が地味すぎる…

141: 宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c 2007/09/04(火) 20:57:52 ID:jet71MDD.net
教養だったら元長もなかなか。
武のイメージが強いだろうが…

142: 人間七七四年 2007/09/04(火) 21:08:54 ID:iIX26ELq.net
>>141
決して武一辺倒の武将ではないですね

145: 人間七七四年 2007/09/05(水) 08:29:15 ID:M7Iwg9Fz.net
>>142
確かに兄と特に父や祖父は名将だろう
だが広家は狸の策にハマッタ大馬鹿者じゃ。
あいつさえいなければ小早川の裏切りも無かったのに。

146: 人間七七四年 2007/09/06(木) 02:55:00 ID:f5jiqin5.net
隆景は本家にきた毒(秀秋)を分家が呑んだ
秀秋が毛利宗家をつぐことはこれ即ち神殿の壁に糞を塗るようなものである

150: 人間七七四年 2007/09/07(金) 08:27:38 ID:68XWQ37w.net
毛利三大馬鹿トリオ。
なぜ時を同じくして一番しっかりして欲しい時代に一番馬鹿なのがしかも
御三家当主となったのか?
せめて隆景が輝元と入れ替わっていれば(生い立ち)関ヶ原は起きないか
隆景が勝つ戦をしていただろうが。

151: 人間七七四年 2007/09/07(金) 10:42:44 ID:ntQ1J3qM.net
隆景死んでるってば。

159: 人間七七四年 2007/09/08(土) 01:19:53 ID:M0tfkEt1.net
秀吉を追撃しようと進言した元春
追撃をやめて千載一遇の好機を逃した隆景
そのことで「毛利があるのは羽柴を逃がしたからだよ」とことさら自慢していた隆景

どっちが当主としてふさわしいか一目瞭然

160: 人間七七四年 2007/09/08(土) 20:56:11 ID:5ZqSIXn+.net
次男の元春が継いでいたらどうなったんだぜ?
秀吉追撃するだろうから秀吉の天下はないのか?

161: 人間七七四年 2007/09/08(土) 21:56:54 ID:H0ziY7U1.net
九州は島津、四国は長宗我部に統一されて盤石の体制になってるだろうね
伊達も奥州制覇されてるだろうし、関東は北条が完全に支配
畿内は旧信長勢力が内ゲバでドロドロ、やや家康がリードというところか

171: 人間七七四年 2007/09/11(火) 16:55:19 ID:IacwbWFz.net
つうか羽柴軍も宇喜多軍も無傷で残ってるのに一体どうやって秀吉を討つと言うのだ
追撃したところで緒城に引っ掛かってるうちに秀吉なんか遥か彼方へ行ってしまう

172: 人間七七四年 2007/09/11(火) 18:23:39 ID:l2xz2GgH.net
講和を成立させずに秀吉が退却できるとでも思ってるの?
元春が備前をつついたら宇喜多家中のいずれかが寝返るぞ?

219: 人間七七四年 2009/09/10(木) 12:52:33 ID:bZkS29Hy.net
>>172
無理無理、当時の宇喜田は秀吉の言いなり。
自らの意思でなにかするのは不可能。

182: 人間七七四年 2008/02/14(木) 14:36:05 ID:j+Gr8ylN.net
隆元にしろ信親かにしろ嫡男死んだら厳しいな

183: 人間七七四年 2008/04/19(土) 00:02:44 ID:S+2JOFOX.net
まったくだ

196: 人間七七四年 2008/12/19(金) 03:50:06 ID:ax8B9Wkp.net
能力はともかく太閤さんのやり口にハマっただけの人だろ。
龍造寺の鍋島、島津の伊集院、伊達の鬼庭、前田の村井、上杉の直江、徳川の石川、他多数。
敵の重臣を篭絡して内部を分断するのが得意。

213: 人間七七四年 2009/09/09(水) 04:28:14 ID:0Q3OtZ5y.net
吉川広家が悪く言われる事がよくあるが、安国寺より広家の方が隆景に近いと思うわ。

214: 人間七七四年 2009/09/09(水) 06:07:38 ID:EMsdx74D.net
過大評価武将の代表
吉川元春の方が常に間違いない意見を主張しては隆景に却下されてる。
そして毛利は追いつめられていった。
宇喜多と三村を天秤にかけた時や本能寺の時など隆景の意見が受け入れられて失敗だった。
天正2年(1574年)毛利氏の山陽道守将・小早川隆景は「宇喜多などは表裏の者であり到底信用できる相手ではない」「歴代忠孝を働いてきた三村家を蔑ろにするものであり、義から外れる行いである」とする山陰道守将・吉川元春らの反対を押し切り、宇喜多直家と事実上の同盟を結んだ。このため、宇喜多氏に遺恨を持つ三村元親は義憤を以って毛利氏より離反し、叔父・三村親成とその子・親宣などの反対を押し切り、織田信長と内通した。このため親成・親宣父子は元親を見限って出奔した。この年の冬、三村氏の離反に危機を感じた毛利輝元は小早川隆景を総大将として備中に8万の大軍を派兵し、備中兵乱の口火が切られた。なお、この際も吉川元春は「自分が直接三村元親に会って翻意させるので討伐は厳に避けるべきである」と具申したが容れられず、「義を通さぬ毛利家の将来は暗い」などと嘆いたと言われる。元春の危惧はこの備中兵乱の数年後に宇喜多直家が織田方に寝返ったことにより現実化する。

215: 人間七七四年 2009/09/09(水) 08:32:54 ID:sv51Mvja.net
毛利の場合は、重臣が左右両極端に別れるのが幕末まで続くお家芸だからな。
どちらかが悪いというわけもあるまい。

引用元: 小早川隆景が毛利を継げば