img_0
雑兵足軽の実状
1:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 18:05:19 ID:m+g8ZAaG.net
戦場の主役、雑兵足軽についてなんでも語れ!!


引用元
http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/sengoku/1150275919

5:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 23:42:11 ID:pDfMrxKY.net
戦国期は流民も多かったから、全国渡り歩いてた奴とかいたかな?
武士じゃなく雑兵で。
6:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 14:11:28 ID:63juzsKp.net
まさに傭兵って感じだな。でもほとんどが野盗だろうな
8:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 16:17:50 ID:/GvMRQfg.net
雑兵だから従軍したら飯と給料もらえる。
勝ち戦なら強盗、恩賞もらえる。
負けそうになったら一目散に逃げる。
これだろ。
10:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 19:46:43 ID:9pkOEvmT.net
戦国時代のフリーター
12:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 21:10:58 ID:9pkOEvmT.net
略奪、強姦が目的で戦に出ている印象がある
13:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 17:40:13 ID:D0NaUdfd.net
一両具足みたいな事をやってたのって長宗我部以外にいないの?
15:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 22:56:00 ID:JrJLR5Wq.net
一領具足といってもただの農民兵だから特に珍しくもない。
16:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 23:04:12 ID:LIKXVlNG.net
武士が農民していたんでしょ?
17:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 04:18:09 ID:pYTCa2j2.net
>>16
逆。農民を最下級の武士に取り立てて一領具足というステータスを与えた。
通常の農民動員兵と違い、自主性や積極性が見られる。
そのことは後の浦戸一揆や山内家の対応などからも窺える。
18:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 05:45:01 ID:uZXvImrC.net
制度的には珍しいものじゃないというのを前提に、
当の足軽達の忠誠心が特徴的だったという見解と、
後世の書物で有名になっただけという見解を見たことがあるなあ。
20:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 11:54:14 ID:qh0Opq5u.net
おそらく、今でもそうだが、日本人は土地にかなり執着する。
今より稀薄だったかもしれないがその地域を支配してる支配者と土地を同一視してたのじゃないか?
だから最下層の足軽が「われらが親分」と言う気持ちで忠誠が高かったんじゃないのかな?
22:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 14:15:06 ID:aIpZzP2q.net
>>20
「一所懸命」という言葉が有るくらいだからな。
ただし、村の欠け落ちとかもあるくらいだから一概には言えないんじゃないか?
村の生活を保障してくれればこそ、支配者が忠誠の対象になると思うが。
23:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 22:21:38 ID:nlCxe46N.net
北条は雑兵足軽の略奪を一切禁止していたらしい。
25:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 23:04:59 ID:3/b582Vy.net
>>23
あまり信用できないな。
28:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 18:32:15 ID:e6yxeetr.net
>>23
禁止したのは自国内の略奪だけどな
24:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 22:27:35 ID:hKv4saih.net
「甲州人が歩いた後はペンペン草一本も生えていない」という諺が残っているということは
武田軍は略奪しまくりだったのかな?
29:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 12:06:38 ID:FVIsLBOW.net
俺のイメージはワイワイ、ガヤガヤ言いながら行軍。
親分にどやされなが、陣作り。
交替で見張りやりなが、ちんちろりん。
兵士当て込んで来る。行商人の物売りの声。
タバコ屋から買ったタバコを煙管で回し吸い。
お茶や酒の行商人を捜し回る。
こんな感じ
30:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 13:31:42 ID:EY9i46Kt.net
>>29
最初にして唯一の打ち首対象者乙
32:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 18:41:50 ID:f69IL14w.net
「軍勢の甲乙人、妄りに声高し、或いは行軍の序次を失う者、これを斬るべし」
>>29は処刑だな。
33:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 22:44:47 ID:skbLiEun.net
戦国大名:大手ゼネコンの社長。侍大将:1級建築士。 足軽大将:現場監督
鉄砲足軽:鳶。 雑兵:DQNの土方。
477:人間七七四年:2008/07/03(木) 11:52:09 ID:PbO1Inma.net
>>33
秀吉スゲー
34:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/06/22(木) 22:50:20 ID:EfeDfBsa.net
地方ゼネコンが国持大名クラスなんだろうな。
信長の場合なら地元大手土建屋の三代目といったところか。
35:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 22:11:55 ID:RRkh3DAO.net
やっぱり兵の強さは地域によって違うのかね?
それとも江戸時代の俗説?
36:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/30(金) 04:56:40 ID:ODdO751l.net
尾張兵が弱いとか三河が強いとかは真っ赤な嘘だと思う。
37:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 01:31:06 ID:RAc0E35R.net
でも当時の歌で、越後甲斐の兵が強いとかあったんでは
38:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 03:20:43 ID:39hW9wBK.net
兵が強い=勢いがある
だと思う。
長篠後の武田勢の弱さ。
謙信没後の越後勢を考えたら、そう感じる。
39:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 04:46:01 ID:Pzwl7L6D.net
それだと特定の時代や時期ではなく、大まかな地域で兵の強弱が評される理由にならないような。
現代でもグルカ兵の評判が良い事などからして個々の戦闘力よりも多くは兵士としてのメンタル面を指してると思われ。
40:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 12:43:26 ID:trHm5phl.net
貧しい土地の雑兵は強かったんじゃない?
勝てば略奪し放題だしな
と言っても実際戦う人間なんて全体の3~5割程度だけどね
41:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 16:43:29 ID:39hW9wBK.net
グルカ兵はまぁ神話見たいなものだけどな。
軍板の話では、実際たたかったったり、共闘した旧日本軍人のじいさん達は、
はっきり弱いと言ってたみたいだから。
42:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 21:17:16 ID:iSwTDBlH.net
戦闘技能より忍耐強さの評価なのだろう。
数年前テレビで「グルカ兵は足腰が丈夫で上の者に従順だから集団行動させやすい」とイギリス人士官が語っていた。
ネパールでの生活環境自体貧しくて厳しいから過酷な作戦任務でも不平不満が出にくいのだろう。
43:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 01:04:08 ID:Q6lolQrK.net
それなら納得するが、それは兵の強弱じゃなくて、
兵の全体的な資質、性質的な物なんじゃね?
44:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 02:43:14 ID:nFOB2irv.net
うむ、だから兵質というのは兵士の勇猛さより集団として機能させる場合のメンタル面のことでしょ。
戦国期でも、上の命令に忠実に従い勝手に崩れたり浮き足立ったりしないというのが評価の対象に
なるんじゃないかね。
個々の徴集兵に強弱があるとすれば装備と編成と指揮する者に起因するような。
尾張兵についても三河駿河美濃伊勢といった隣国と互角以上に渡り合ってる事跡から見て特別
劣っていたとは思えない。
45:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 03:35:52 ID:Q6lolQrK.net
実際は兵に強弱は無いし、
それは戦局を変える要素は無い。
って結論でいいよね。
46:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 03:57:33 ID:ShIbxOKA.net
日本の戦国時代の合戦はちょっと特殊だからね
積極的に戦う兵って結局は大名の直臣連中の侍がほとんどだし
地方による足軽の強弱は無いと思うが
下級武士や豪族の強弱はやっぱあるんじゃないか?
47:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 06:43:16 ID:Q6lolQrK.net
それは強弱より、常備軍の量や割合の方が影響するんじゃないかな?
48:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 06:53:30 ID:Q6lolQrK.net
重要な要素忘れてた。
やっぱり経験でしょ?これは常備の武士になればなるほど重要になると思うよ。
戦術行なう、うえでもやっぱり理解度とか違ってくるし。
49:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 13:14:41 ID:Yw29XvtN.net
人間の筋肉って学童期に9割以上出来上がるんだよ 成人してからつけた筋肉は落ちるのも早い
だから生まれ育った環境が過酷な自然の人種は強健な筋肉束をもってる
50:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 13:56:28 ID:SRra7rmr.net
過酷すぎて栄養タリナス、場合も潜在的な筋力はつくのん?
なんか適度には環境整ってないと駄目な感じがする怠け者の俺
51:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 14:21:40 ID:drO/0ZoI.net
戦国時代は食料の供給不足でみんな栄養失調気味だったと思うぞ
52:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 15:59:32 ID:Q6lolQrK.net
たしかに、過酷な状況なら。
流民最強、洛中にあふれかえっていた浮浪者最強になる。
53:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 19:30:17 ID:Yw29XvtN.net
甲信越や三河の兵が強がったのは山野の山猿状態で育ったから

ヨーロッパのスキー選手はトンパみたいな例外除いて貧困層出身だぞ
テレビもみたことないような山で育ってる
日本のような学生スキーが主流じゃないからな
79:朝倉渦中feat.パストマスターズ ◆0Uj4ASAQRA :2006/09/03(日) 23:04:48 ID:ZOSVJIZa.net
「雑兵物語」は面白いすね。
内容は弓足軽・鉄炮足軽・鎗担・馬標持・旗差・持筒・持弓・草履取・挟箱持・馬取・沓持・矢箱持
・玉箱持・荷宰料・夫丸・若党・中間らいわゆる軽輩雑兵の教練書ですが、
それぞれの経験談を口述手記の形を取ってるとこが面白い。
当時の雑兵らの口語が書かれてるので読みものとしても楽しめます。
81:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 01:23:30 ID:2rUoBR9G.net
「旗持ち」ってのは、どんな奴らがなったのかな。
足が速いのは当然として、敵陣に突っ込む勇気も必要だよね。
目印として倒れない体力も必須。でも、首取りとかの功名とは縁が薄い。
とても名誉な役職だけど、家中では「縁の下の力持ち」的な存在?
82:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 04:32:47 ID:0ps26kuT.net
暴走族の世界だと旗持ちは総長に気に入られた中堅の役目w
85:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 17:05:28 ID:jpdG5q8s.net
足軽って自衛隊の兵卒みたいなもんだな。
歩兵=鉄砲足軽
屋敷の警備要員=若党(江戸時代には口入屋を通して雇われたにわか侍)
86:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 17:13:52 ID:Qdm5vo4J.net
当時の戦って、実際は槍や刀より

石を投げ合って相手を負傷させてたんでしょ?
89:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 18:41:30 ID:jpdG5q8s.net
>>86
刀は藩によっては貸与されないところもあったらしい。
97:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 20:45:57 ID:mrbMryfk.net
>>86
いや、弓が一番死傷者多いし、基本
88:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 18:09:59 ID:OFH9yTbP.net
>>86
陣笠と胴丸つけただけで、ほとんど無力化すると思うが。
103:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 23:32:47 ID:k9JJTV2m.net
>>88
投石してきた相手が松坂クラスの兵で腕や足に当たったらどう?
106:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 06:40:51 ID:5q0QBe3o.net
>>103
当時から松坂クラスのピッチャーがゴロゴロいたのか
凄いな日本!
でもコントロールはよくないからな、松坂は
107:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 10:14:56 ID:CAkJ/YY/.net
でもキレのあるスライダー投げるぜ?
108:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 12:19:27 ID:2jhFcuOS.net
松坂が10人いて150キロ半ばのストレートを投げ込んできたら面で制圧できる。
195:人間七七四年:2007/03/03(土) 12:40:21 ID:0fF/urlq.net
>>108 松坂がゴロゴロ居るなら古田や城島もゴロゴロ居るわけで。

しかもランナーが居たら振りかぶれないし、イチローもゴロゴロ。

投石の有効性は疑問でありんす。
87:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 17:15:38 ID:Qdm5vo4J.net
あと、兵糧って兵士1人1人が持ち寄って食べてたんでしょ?

本格的な兵糧荷駄隊を編成したのは石田三成が最初だと聞いたんだが

あいつ、やっぱ偉いよな
95:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 01:21:47 ID:RFEp8Rb2.net
>>87
初めの数日間は、各人で持ち寄った腰兵糧で賄います。
その後は、部隊に付属する手明(小荷駄)から3~4日の単位で支給されます。
出兵が長引くと、現地の商人から高値で購入することもあったようですね。
98:ななしさん:2006/10/12(木) 20:49:53 ID:BcUHAVQz.net
日当が米5~6合なんだろう
99:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 23:44:30 ID:kwD6jutT.net
>>98
それプラス給金が出る。
足軽組毎に数十貫文ほどでて組で山分けにする。

江戸期でもちゃんと給金が出る。
町奉行所の同心が足軽身分だけど、年収30俵2人扶持
中間クラスだと、年収3両1人扶持。
下級武士のことを「3ピン」というけどこれは「3両1人扶持」の事を指している。

>日当が米5~6合なんだろう
これがいわゆる扶持米のことで「~扶持」に対応。
121:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 21:17:57 ID:mZXWpz/i.net
(幕府の)同心=(諸藩の)足軽
って感じで本に書いてあることも多いけれど、
収入なんかでみると、同心の地位が高そう。
ところで先日加賀にいって足軽資料館に行ったんだが、
考えていたよりも待遇が良かった記憶がある。
確か3~4部屋+台所etcだったかな。
長屋作りでなく、一軒一軒独立していた(なぜか庭は小さいけれど)。
収入など知っている人いる?
122:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 05:14:45 ID:t2s/Fj23.net
>>121
ちと調べてみた。
ある御徒並(足軽よりちょっと上の身分)は11人扶持の切り米をもらっていた。
約40俵。

収入的には町奉行所同心と大体同じ。
足軽の収入はちょっと見当たらない。
123:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 07:57:16 ID:s8MHcKrA.net
>>122
それは7人扶持に加増されたものですね。
医師給人組に入れられて7人扶持をもらっている模様。
7人扶持なら13石ですね。32俵。加賀の俵(0.5石)だと26俵ほど。
11人扶持なら、50俵。加賀の俵なら40俵。

暮らし向きのほうは加賀藩足軽の方が楽そうですね。物価も安いでしょうし。
124:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 03:47:14 ID:qUhh+pri.net
情報ありがとうございます。
聞いてばかりでは何なんで、こちらからも情報を。
佐賀鍋島家では、弘化年間で、足軽の切米が最高で5石5斗だとか。
扶持が付くか知らないが、一人扶持がついても8石足らず。
ざっと20俵ほど。
本当に食うだけだな…。
127:124:2006/10/28(土) 18:50:35 ID:/mXzYU7p.net
「最高で」ですので、ほかの足軽はもう少し大変なんだとは思います。
それでも、一般的な農民よりは楽でしょうけれど。
佐賀の下級武士だと、農業をやっている場合も多いですし。
133:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/13(月) 22:58:03 ID:gVrlBz6/.net
現在の米屋の単位は10kg=7升≒1.4kgね。

ついでに現在、3人核家族の米の消費量目安が10kg。
134:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 02:41:02 ID:QaCyeVqO.net
>>133
なんちゅう米消費量の少なさよ。
俺一人の消費量と一緒…。
138:名無しさん:2006/11/19(日) 03:23:03 ID:E6nsN5qK.net
>>134
みんなおかずで脂物を結構食べるから米はあんまり食べないだろう
あんた炭水化物の取りすぎだぞ 糖尿の予備軍だから注意すれ
146:名無しさん:2006/12/18(月) 19:11:44 ID:0at/CO4u.net
オニギリがご馳走だったってなんかの本で見た事あるが普段は雑穀混ざりの
米しか食えなかったんだろうな
おかずも大陸のように肉食の楽しみはなかったようだしいつ死ぬかわからないし
今のサラリーマンは天国だ
770:人間七七四年:2011/08/27(土) 03:31:23.43 ID:BDhJso46.net
>>146
普段は鍋で雑炊のようにして食っていたそうだ
147:名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/18(月) 22:02:05 ID:sAYuO/g4.net
米の食い方が普段は雑炊だったからじゃね
151:名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 13:46:46 ID:6IoyQ4th.net
同じ足軽でも袖(肩部のプロテクター)が付くのと付かないケースがあるね。
それと陣笠被ってるのと鉢巻だけのケース。
153:名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/22(月) 01:27:36 ID:XCNB5TRn.net
手柄立てて出世してやると
夢を見て戦場に散っていったんだろうな
189:名無し:2007/02/22(木) 20:31:04 ID:drSSI2/2.net
>>153
それほどけなげには戦わなかったと思うが
だいたい戦争に負けても生き残れば勝った軍団に
編入されるわけだからそこそこ戦って危ないと思えば
すぐ退却しただろうし相手が強ければ近づかないで
逃げ回っててもOKだったんじゃないかな
1日米5~6合じゃあ本気で戦うのあほらしいだろう
160:名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/10(土) 16:31:29 ID:mefk8OP4.net
信長に履物貰った逸話のある兼松正吉みたいに武功を立てて足軽から馬廻に出世した例もあるけど
基本的にどれだけ頑張っても下っ端どまりだと頑張る気が起こらない
副業の略奪に目がいっちゃいそうだ
161:名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/10(土) 17:17:29 ID:+zhogUZ7.net
>>160
正吉って足軽だったの?
親父の諱も伝わってるみたいだけど
162:名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/10(土) 17:53:46 ID:DbPktg18.net
>>160
どこかの農村・漁村の次男坊・三男坊が侍になれる「可能性」があるというのはそれなりにやる気が出るかと
163:名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 15:57:47 ID:S0jXtqB6.net
関ヶ原後に大幅に領地を削られた毛利家では家臣たちに食えるだけの碌を与えるのに
開墾して石高を大幅に増やした。
それが可能だったら、なぜ戦争なんかして他国の領地を取っていたんだ?
最初から自領を開墾して石高増やせよなw
ちょっと不思議じゃないか?
164:名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 16:31:33 ID:h1jGAwf8.net
>>163
・敵が攻めてくる=自衛の究極形としての戦争
・武士階級の領土拡大に対する固定観念
・灌漑技術が向上して平野部を耕地化できるようになるのは戦国末~江戸期
165:名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/11(日) 18:49:34 ID:JbNwRFW9.net
>>163
積極防衛にもなり手っ取り早く領地も得られるから一挙両得。
166:人間七七四年:2007/02/14(水) 09:36:26 ID:zz/jVT+Y.net
信長公記を著する太田牛一も足軽→信長馬廻(弓衆)と出世していったクチ
足軽でも弓の技能とか文筆の才があれば取り立てられる可能性は極小ながらあった
……ってまた織田家の例だな
167:人間七七四年:2007/02/16(金) 11:45:17 ID:EidaDHtH.net
織田家以外で足軽からそれなりの身分にのし上った人がいる大名家ってある?
174:人間七七四年:2007/02/19(月) 13:57:35 ID:AxcFZDp+.net
>>169
三好、土岐、武田は全部源氏の出、ただし三好は他説有
そもそも織田氏は守護代(信長は傍流だが)で足軽には程遠い身分
ちょっと調べれば分るだろうに
168:人間七七四年:2007/02/16(金) 14:37:39 ID:5eNgiTJa.net
>>167
三好家、土岐家、武田家
169:人間七七四年:2007/02/17(土) 12:05:58 ID:lS9zlgCm.net
>>168
具体的な人名は?
170:人間七七四年:2007/02/17(土) 13:53:53 ID:u3lc33hd.net
>>169
有名所じゃん
松永・道三・高坂あたりでそ?(勘助はナシw)
172:人間七七四年:2007/02/18(日) 02:09:09 ID:SLOg00M5.net
>>170
足軽じゃねえだろw
元は卑賎でもデビューは士分だ。
足軽=バイト
士分=正規雇用
171:人間七七四年:2007/02/18(日) 00:17:34 ID:vaIFt3UK.net
>>170
大名にお尻貸して、成り上がったのかな?
今の時代に「部長は、社長とホモ関係で出世した」なんて言われると恥だけど。
戦国時代は、別に恥かしくなかったのかね?
173:人間七七四年:2007/02/18(日) 07:37:01 ID:FGG06ZRg.net
>>171
久秀と道三は純粋に才能でしょ。
174:人間七七四年:2007/02/19(月) 13:57:35 ID:AxcFZDp+.net
>>170
斉藤道三は北面の武士の家柄だろ
高坂は富農→近習、松永は不詳
全部足軽とはいえない
177:人間七七四年:2007/02/19(月) 21:40:54 ID:SKj/t0Gx.net
>>174
>そもそも織田氏は守護代(信長は傍流だが)で足軽には程遠い身分

お前も読解力ない奴だな。
織田が足軽出身と言っているのではなくて、織田家で足軽出身者が出世している。
織田家の他の大名家で足軽出身者が出世しているところはあるの?
   ↓
三好家、土岐家、武田家

という流れだろが?
アホかw
180:人間七七四年:2007/02/20(火) 09:38:44 ID:O9KJtHzL.net
>>177
ほんとだ・・・orz
スマン
176:人間七七四年:2007/02/19(月) 21:32:54 ID:qV7FqVJ0.net
厳密に言えば違うけど、下級な士分は足軽と変わらないでしょ。
特に兵農分離がロクにできてない1500年代前半は。
178:人間七七四年:2007/02/19(月) 23:50:10 ID:HVm54PTT.net
>>176
「厳密に」いえば、姓の有無で決まるのかな?
当時も庶民は正式には姓がなかったような気がするというか、
兵役がらみでそんなことを推測できる文書があった気がする。
179:人間七七四年:2007/02/20(火) 00:39:03 ID:HhSvRYbI.net
>>178
姓はあまり関係ない
必要なら自分か主人が勝手に付けりゃいいし。
「厳密に」というなら被官関係だろう。
出世したくて多少知恵の回る奴は最初から自称浪人で士分として売り込む。
秀吉は知恵が回らんとは思わんが、それすら出来ないくらいツテも元手も無かったんだろう。

被官関係としても流動性高いから「厳密」てのはそもそも無理だろ。
181:人間七七四年:2007/02/20(火) 09:42:47 ID:Ha8kScsD.net
当時は百姓も苗字が禁止じゃなかったからな
大抵、出身地の地名をそのまま持ってきた
逆にそういうのと縁が無いのなら出自がそれこそかなり低い傍証になる

関連記事
戦国時代の足軽は張力が50kgくらいの軽い弓を使ってたらしいけど
足軽「武田が攻めてきました!」家康「あっ…そっかぁ…(池沼)」