三国志最強は呂布←わかる 戦国最強は本多忠勝←

no title
三国志最強は呂布←わかる 戦国最強は本田忠勝←
1:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:12:07.98 ID:RHUDFryn0.net
お前は何を言ってるんだ(真顔)


引用元
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1508289127

2:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:12:25.04 ID:VnWxTtn40.net
前田慶次やぞ
3:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:12:50.51 ID:M2CUn9y50.net
無双OROCHIのパッケージが悪い
4:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:12:52.89 ID:N8dCHqBk0.net
じゃあ誰だよ
7:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:13:22.88 ID:6bPm+zAqd.net
>>4
本願寺顕如
5:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:13:21.02 ID:24+XuE8I0.net
呂布って本当に関羽より強かったんか?
11:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:15:02.87 ID:ScEcYG910.net
>>5
弓使いってだけでアドバンテージあるやろ
6:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:13:22.38 ID:Cus5lGl7a.net
伊達政宗やろ
ソースは戦国BASARA
14:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:16:15.66 ID:0jHJWjI6p.net
>>6
毛利元就やぞソースはBASARAX
8:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:14:15.88 ID:9Rme35/1a.net
バサラの本田忠勝も最強みたいな位置付けだよな
9:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:14:39.89 ID:Uhj9E9Ugd.net
ワイは三國志最強は張遼やとおもうで!
409:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 11:15:21.34 ID:4rSHLfRwd.net
>>9
ワイもや
呂布とか関羽 張飛が出てくるのはあの一騎討ちのせいやとおもうし強さは部隊を率いるのも含めてやと思うからなんか違うんよね
10:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:14:45.75 ID:pnrUn/PVM.net
三大戦国ガイジ
・戦国最強は本多忠勝
・戦国最強は真田幸村
・戦国最強は伊達政宗
・戦国最強は島津
86:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:32:11.70 ID:+SnImFrZ0.net
>>10
四人おるやん
真田は外してええんやない?
12:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:15:16.46 ID:KCxbovAJa.net
で結局誰なん?
13:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:15:47.34 ID:KGVZYob5p.net
明確に最強扱いされ始めたのは何からなんや
20:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:17:17.14 ID:6fAowTez0.net
立花宗茂じゃダメなん?
21:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:17:18.27 ID:ZihFd4J/a.net
柳生石舟斎や
23:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:17:38.55 ID:6fAowTez0.net
剣豪は戦場では無能だぞ
174:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:45:59.12 ID:8znAmESwH.net
>>23
そんなの武蔵だけだぞ
24:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:17:42.37 ID:9YwLmlez0.net
16世紀の戦争はひとりイキってもどうにかなるもんやないからな
26:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:17:55.20 ID:nCSZ16CI0.net
上泉信綱か塚原卜伝でええやろ
29:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:18:22.43 ID:+eWwtiFi0.net
馬場信春やぞ
31:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:18:29.96 ID:AS9n0TXPa.net
結局徳川基準やしな
三方ヶ原がなかったら武田も今ほどつえーつえー言われてないと思うし
35:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:19:50.24 ID:dXHNg/TD0.net
>>31
家康がもっとも恐れた男の1人やぞ
32:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:19:18.20 ID:2LLYOVATa.net
上杉やないんか
33:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:19:18.91 ID:dB1C5vlIa.net
島津「いうほど強いか?」
34:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:19:33.64 ID:UNJBpakVH.net
上泉はちゃんと戦でも活躍しとるからな
36:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:20:04.38 ID:UomBWIW80.net
支配者という点から見れば三国志は曹操戦国は信長やろ
40:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:20:57.75 ID:b3GVq0gC0.net
>>36
でもお前離反されまくりやん
43:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:21:13.76 ID:ZihFd4J/a.net
>>36
曹操はとまかくなぜ信長
38:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:20:39.46 ID:P4KVAPhkp.net
>>36
信長より猿か脱糞やろ
72:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:28:39.81 ID:BTKxjv4U0.net
>>38
猿と脱糞は信長のおこぼれじゃん
701:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 11:48:38.29 ID:IB+aRyuup.net
>>72
猿は実力だぞ
42:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:21:09.35 ID:Jcwyc/NrM.net
>>36
曹操も信長も普通に武術強そう
463:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 11:20:38.64 ID:0VwYtUGRd.net
>>42
浅井井規やら磯野やらけっこう離反者多いよな浅井家
かっこよく死ねたのは遠藤さんくらいか
490:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 11:23:15.95 ID:XxZiciMYM.net
>>463
その前から親父の久政隠居させたりやりたい放題やし
509:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 11:25:48.66 ID:lmwPFNeRa.net
>>463
磯野に関しては長政が悪すぎる
磯野は戦う気満々なのに長政が離反を疑って支援しなかったんやろ
550:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 11:30:18.31 ID:0VwYtUGRd.net
>>509
恵体筋肉ダルマのくせして意外と疑り深くて小心者よな
まあ現代でもそんなもんなのかもしれんが
37:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:20:36.69 ID:S58Wd9cd0.net
武力100の謙信だぞ
39:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:20:57.59 ID:HEBb8HCC0.net
呂布は単騎で1万の兵と戦えたんだろ
一人で桶狭間不要で今川迎え撃てるレベルや
44:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:22:30.93 ID:xQ8bZJYnH.net
福島正則の酒さえ飲まなければ優秀という風潮
それでも酒飲むあたりいかんでしょ
47:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:23:11.25 ID:kbH6Vz+Fa.net
>>44
張飛「せやな」
153:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:43:19.72 ID:yaoocwmh0.net
>>44
キッヨが真面目だったら、クスリさえせんかったみたいなもんや
50:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:24:00.97 ID:98nbOAGia.net
>>44
泥酔して家臣に切腹しろって言うた後本当に切腹してて大号泣とかメンヘラかキチガイやわこいつ
46:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:22:46.49 ID:2LLYOVATa.net
三国はまだ一騎駆けみたいな要素があるのはわかるんやが
戦国の武力って何かボヤけとるわな
49:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:23:42.76 ID:gg+J7T4U0.net
鎧から推定した身長が150とかやろ
忠勝最強って言うてる奴は多分トンボ視点や
51:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:24:08.01 ID:i2hnhhLaa.net
戦場で傷を負った事がないエピソードと秀吉が鎮西一立花宗茂の対として東国一に本多忠勝を上げたことが最強説の根拠やろ
52:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:25:34.73 ID:LfDJ5mMw0.net
大体戦国時代じゃもう一騎打ちなんてせんし
54:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:25:51.35 ID:rP9VHxnx0.net
無双でよく分からん優男にされる立花宗茂
誾千代とかどうでもええからコイツと親父をもっと出せや
56:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:26:05.85 ID:pB9ftbcMr.net
山縣昌景が130cm台やったってマジなんかな
75:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:29:24.65 ID:+eWwtiFi0.net
>>56
事実かどうかは別としてプロのジョッキーみたいで現実味がある
202:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:49:52.91 ID:GZeGhCegd.net
>>56
当時は150ぐらいが普通やったみたいやしチビならそれぐらいでもおかしくないな
204:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:50:55.82 ID:fiuOrLkeE.net
>>56
俺より弱いやろこれ…
59:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:26:32.96 ID:v0W3SF77r.net
最強は千利休
61:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:26:46.17 ID:RS63ILwfd.net
あの時代に180センチくらいの大男だったら無双できたろうな
196:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:48:43.62 ID:6fAowTez0.net
>>61
秀頼「おっ、そうだな」
194:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:48:14.54 ID:8znAmESwH.net
>>61
藤堂高虎(現存する鎧から推定190cm)
「おっ、そうだな」
212:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:51:24.72 ID:J+ngPm2H0.net
>>194
秀頼さんは推定197やで
62:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:26:46.28 ID:J+ngPm2H0.net
七条兼仲が一番怪力やったんやろ
63:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:26:48.23 ID:xKXEMkTH0.net
戦場で傷なしって言うほど強そうか?
むしろ顔にでも刀傷が付いてる方が歴戦の猛者感出るやろ
64:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:26:53.17 ID:2LLYOVATa.net
単純武力なら剣豪に寄るやろ
65:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:27:28.73 ID:pB9ftbcMr.net
文武両道で強いといえば細川父やろなぁ
古今伝授で牛を投げ飛ばす怪力やぞ
68:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:27:39.34 ID:afFJFkTxd.net
可児才蔵すき
69:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:28:06.00 ID:bmRpUvXma.net
呂布も本田も史実的には軽装高機動型やのに
創作物出るとガチガチの重装パワータイプに描写されがちなのなんでやろな
70:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:28:06.79 ID:fiuOrLkeE.net
服部半蔵強いやろ多分
71:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:28:08.29 ID:QuDF9U+R0.net
弥助ってガチったら強そう
73:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:28:46.63 ID:J+ngPm2H0.net
>>71
相撲最強やったんやろ
78:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:30:25.57 ID:v0W3SF77r.net
千利休は身長180cmクラスの甲冑が見つかっとるで
83:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:31:06.16 ID:pB9ftbcMr.net
>>78
へうげものの描写の根拠あったんやな
82:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:31:02.43 ID:fiuOrLkeE.net
>>78
まじかよ。よくあんな狭い茶室思いついたな
103:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:34:48.47 ID:yKMtSslY0.net
>>82
ほう、中々面白い発想だね~
162:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:44:16.14 ID:3Nr6/sbR0.net
>>78
なんで茶人が甲冑持ってんねんアホ
168:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:45:02.51 ID:VTz5QICYp.net
>>162
茶室に飾っておくインテリアやぞ
173:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:45:48.81 ID:LfDJ5mMw0.net
>>162
戦場まで出向かなアカンかったからな
79:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:30:37.04 ID:pB9ftbcMr.net
当時の身長基準考えたら
浅井長政とか藤堂高虎とか恵体は普通に強かったんやろな
81:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:30:56.80 ID:i2hnhhLaa.net
鬼武蔵vs本多忠勝やれや
銃弾なんかで終わらせてるんじゃねーよ
85:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:31:45.12 ID:LfDJ5mMw0.net
本田忠勝の身長は鎧のサイズから推測して
160cm
87:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:32:15.21 ID:atwlXAr9M.net
今は信長じゃないのか
88:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:32:21.14 ID:/gTOMazar.net
龍造寺隆信やろ
巨体やぞ
123:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:39:00.84 ID:pB9ftbcMr.net
>>88
数少ない戦場で死んだ総大将
90:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:32:34.14 ID:p/fGJGbn0.net
可児才蔵
91:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:32:40.01 ID:JWHxRc1TM.net
本田忠勝という武将は存在しない
92:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:32:49.56 ID:VgZjmljC0.net
景虎しかおらんがね
93:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:32:56.48 ID:Z1uoW3vs0.net
三國無双では趙雲、戦国無双では真田幸村が主人公みたいな扱い受けてるけど
真田は兎も角趙雲て人気あんのか?
101:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:34:16.21 ID:rP9VHxnx0.net
>>93
演技では露骨に贔屓されてたやん
単騎駆けとか演技でやるの趙雲くらいやで
102:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:34:16.78 ID:gW7xbBc00.net
>>93
京劇で人気あるらしい
105:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:34:57.74 ID:6fAowTez0.net
>>93
京劇で女と絡みありますし
244:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:57:15.73 ID:jcAbiUj/p.net
>>93
第二部でチラ見せ出演
第三部から大活躍
作者入魂のキャラやぞ
94:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:33:26.67 ID:fiuOrLkeE.net
実際めちゃくちゃ強かったら浪人出身で凄い年俸貰うとかしてたはずや
117:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:37:32.80 ID:P4KVAPhkp.net
>>94
ノリさんですら浪人からは500万スタートやろ
97:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:33:42.06 ID:2LLYOVATa.net
籠城とか防衛戦でもやらん限りそうそう傷追うもんやない気もするで
98:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:34:01.74 ID:24+XuE8I0.net
呂布って演義では巨神兵やし実際も結構ガチムチやったんちゃうんか?
99:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:34:03.01 ID:G95FuqDn0.net
鬼武蔵ほど敵味方に嫌われた猛将はおらんやろうな
気に入ったのノッブしかおらんやん
110:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:35:38.62 ID:i2hnhhLaa.net
>>99
池田の恒ちゃんも娘を嫁にあげたから
ノブに言われて渋々って可能性もあるけど
106:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:35:00.34 ID:nt+D6p+zr.net
謙信やろ
ソースはノブヤボ
126:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:39:24.90 ID:Z8LuLVnF0.net
>>106
ソース、なし!w
108:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:35:28.90 ID:fiuOrLkeE.net
趙雲子龍なんて名前からしてかっこいいやろ
行動も武具もかっこいいし当然に人気ある
131:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:39:47.26 ID:nOOg7TTh0.net
>>108
趙雲の武具って単なる槍やないの?
方天画戟・青龍偃月刀みたいな有名なのあるんか?
184:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:47:08.51 ID:fiuOrLkeE.net
>>131
ヤリかっこいいやん
加藤清正とかもそうやろ
あと馬が白竜って名前なんやで
135:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:40:39.87 ID:VTz5QICYp.net
>>131
青釭の剣やったか
夏侯 恩(かこう おん)は、中国の通俗歴史小説『三国志演義』に登場する架空の武将。第41回に曹操麾下として登場。曹操の寵愛を受け、宝剣である青釭の剣を預かる。長坂での劉備追撃の際に趙雲によって刺殺され、青釭の剣を奪われる。

140:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:41:45.43 ID:6fAowTez0.net
>>135
夏候恩「」
157:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:43:43.58 ID:nOOg7TTh0.net
>>135
それ人の物取っただけやん
113:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:36:44.79 ID:P4KVAPhkp.net
森可成「どうも、うちの息子が皆さんにご迷惑おかけしてませんでしょうか?」
119:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:37:59.92 ID:/DSUvJ6A0.net
>>113
戦国に名だたるDQN
信長の威光を笠に着るクソガキ
ノウミンスレイヤー

息子全員クソすぎィ!!
114:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:36:47.92 ID:MKsCNFGQd.net
顔良文醜とかいう武勇90代でも未だに無双に出られんやつ
120:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:38:14.81 ID:VTz5QICYp.net
>>114
出番が官渡しかないやん
121:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:38:26.55 ID:rP9VHxnx0.net
>>114
袁紹が曹操に勝つifとかやれば出せるやろうけど、袁紹をクソネタキャラにしてもうたからなあ
115:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:36:55.90 ID:HV4nrklL0.net
ドカベン顔の趙雲すこ




127:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:39:28.73 ID:v0W3SF77r.net
>>115
髭つけたら曹仁になるのすき


130:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:39:44.94 ID:fxriXP0Va.net
133:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:40:24.40 ID:pB9ftbcMr.net
森一族はガチで信長の愛人枠だからねしょうがないね
堀名人となぜ差がついた
138:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:41:11.92 ID:6fAowTez0.net
>>133
堀名人(意味深)
134:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:40:27.72 ID:Nu07UufHK.net
センゴクだと可児ちゃんが戦場最強
137:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:41:03.01 ID:5bg+cOMyd.net
センゴク読者ぼく「島津かな」
144:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:42:17.06 ID:SDuNh3v00.net
個人の強さやろ
宮本武蔵やぞ
151:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:42:52.99 ID:6fAowTez0.net
>>144
キリシタン女「おっ、そうだな」
147:風吹けば名無し:2017/10/18(水) 10:42:31.41 ID:aZVoECpe0.net
大体はコーエーのせいという風潮
万里ある

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本多忠勝VSおまえら10人 余裕で勝てるよな 戦国無双はおかしい
三国志最強は呂布←わかる 戦国最強は本田忠勝←
カテゴリ:人物 ラベル:本多忠勝 中国史 Comment (119)

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この記事へのコメント

  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月26日 22:24

    個人なら可児吉長か上泉信綱
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月26日 22:42

    毛利のとこの国司の爺さんかな…
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月26日 22:57

    魏の戦果は10倍マシマシ報告がまかり通ってただけだぞ
    正史にはっきり残ってる
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月26日 23:03

    朝倉宗滴にだけは何人たりとも文句をつけられない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月26日 23:05

    中華の英雄って中間の武将の実力が不鮮明で、その他雑魚との差があり過ぎるせいか
    過剰に評価されても不思議じゃない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月26日 23:37

    戦国時代はもはや個人の戦闘技能でどうこうできる時代じゃないしな
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 00:06

    上泉信綱
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 00:24

    太閤立志伝の忠勝はイケメンで強くてやべーやつだった
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 00:34

    立花宗茂は身長180㎝くらいで日置流弓術やタイ捨流剣術も習得してて
    徳川秀忠の護衛とかも務めてたから実際個人戦闘力もあるんだろうけど
    必要がなければ自分では戦わない感じで、
    どっちかというと戦場の観察力とか戦術理論に優れた人物っぽいな
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 00:53

    武将だったら前に出たがる上杉謙信や最上義光じゃねーの
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 03:21

    個人の武勇か前線指揮官としての能力かで挙がる人物全く変わるだろうけど
    武勇だったら可児才蔵が実績多いかな、剣豪勢も捨てがたいけど上泉信綱以外戦で功挙げたって人思いつかない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 05:46

    ※3
    後漢がそうだって話だろ。魏にそんなこと示す史料あったか?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 07:22

    後漢がというよりは曹操の丞相府がなんじゃないの
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 07:50

    ほんの70年ほど前の戦争で10倍どころではないレベルの戦果報告してた国もあるしな
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 08:04

    国司元相が戦国時代では討ち取った首が一番多い
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 18:44

    ※12
    後漢末期の建安14年に破賊文書,舊以一為十
    馬鹿正直に報告してきた国淵に曹操はなんで10倍にしないのかと問うた
    10倍にするのは、民に戦果をアピールする為です(まさに大日本帝国と同じw)
    私が鎮圧した反乱はそもそも反乱を起こされたこと自体が恥です
    こう答えて曹操は大いに気に入り魏郡の太守に任じた
    国淵も曹操も10倍にすること自体は全く否定してないし、これを改善したと言う記録も無い
    まあそれ以前の張遼の功績はまず盛られてるわな
    そもそも国力差的に魏、それ以前の曹操軍って明らかに兵が少なすぎ、相手が多すぎだし
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 19:46

    ※11
    剣豪勢も戦で武勲上げてるの居るやん、名人越後の異名を持つ富田重政がよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 20:12

    合肥の孫権軍10万は明らかに誇張だわな
    亡国の危機だった赤壁で3万、夷陵で5万なのに
    たかだか地方拠点1つ攻めるのに10万はありえない
    同年劉備との荊州争奪戦では魯粛1万、呂蒙2万

    合肥の孫権軍は3万~5万くらいだろうな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 20:14

    × 合肥の孫権軍は3万~5万くらいだろうな。

    ◯ 合肥の孫権軍は多くても3万~5万くらいだろうな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 20:53

    まー謙信の方が説得力はあるな
    忠勝好きだけど
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 21:00

    1人で40人以上と戦い20人討ち倒して勝利した山中鹿之助
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 21:51

    謙信は「生涯で100人は直接殺したなぁ」って言う逸話がある。近衛前久との書状でも自ら太刀を、とあるし信玄も謙信は近接戦なら最強だとか評価してるな
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 21:57

    ※18
    兵士というのは亡国の危機なら逃散して、有利な攻めとなると増えるもんなんだよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 22:15

    三国時代の中国の人口は流民考慮しても戦国時代の日本とそう変わらないので
    豊かな地域を独占した曹操の動員できた戦力は
    豊かな地域を独占した信長とだいたい同じくらいだと思われる
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月27日 22:16

    敗戦の後や勝った後なら未だしも当時の兵士がこれから戦う相手の兵力なんて判断できないだろ
    防衛戦より遠征の方が兵力を動員できるってのは兵站から考えてもありえない
    当時呉の国力、人口からしても本当に10分の一で1万だったとしてもおかしくない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月28日 04:20

    丸目さんは許されたようで何より

    ※11
    真壁氏幹とか小野忠明とか
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月28日 08:45

    ※25
    戦う相手の規模は商人からの情報で予測できそうな。
    配置はわからないだろうけど。

    秀吉時代の人口2000万で朝鮮出兵15万。統一されてからの準備期間あり、島国で背後や側面つかれることなく、反乱の心配ないので動員率高め。

    呉は人口700万で、頑張れば3万ぐらいは動員出来そう。それでもなんか少ないな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月28日 18:15

    おっさん武将は鉄砲のせいで戦がつまらなくなったとか言ってそう
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月28日 19:42

    ※25
    当時の兵站なんて現地調達ですよ。
    青洲兵なんてイナゴのように現地の人間皆殺しにして食糧奪っていくんだから。
    ※27 
    名護屋にもう15万はいる。徳川とか三万は名護屋に駐留させてる。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月28日 21:23

    ※29
    いやいやちゃんと史書を読めば当時から組織された軍隊はいかに補給に腐心してるか分かるから
    秩序のない略奪しほうだいな軍隊なんてそれこそ弱卒でしかない
    青州兵はそもそも賊なんだから当たり前
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月28日 21:31

    どこにでも沸く現地調達、略奪連呼は
    数万人の食料をそんな簡単に現地調達できると思ってるのか
    だいたい侵略で奪い尽くしてしまったらそこを防衛することもできんだろうに
    奪って帰っていく遊牧民じゃあるまいし
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月28日 23:42

    *29
    名護屋に待機組みがそんなにいたとは驚き。ただ15万待機は、補給が大変で、現地調達に限界あるということでは?
    徳川3万は政治的理由だろうけど。


    大軍になるほど補給が大変なので、官渡の戦いでの烏巣の食料輸送部隊が強襲されたり、秦が川沿いに食料貯蔵施設をいくつも造り、他国に侵攻する際にそれを利用したりと、補給には力入れていたような。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 00:30

    楚漢戦争の功績第一はまさに兵站に当たってた蕭何
    官渡の戦いでは荀彧が漢中、夷陵の戦いでは諸葛亮がそれぞれ後方支援補給を担当し称えられてる
    蜀なんて凄く分かりやすい
    劉備が漢中や夷陵に長期間軍を起こしていても諸葛亮が兵站を担当していた頃は全く問題なく対陣できてた
    ところが諸葛亮が自ら兵を率いるようになると、蜀は外征の度に兵糧問題に頭を抱えることになる
    兵站の重要性と担当者の優秀さによる差異はあの時代でもはっきりしてる
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 06:32

    クレフェルト『補給戦』読もうぜ!
    軍隊は移動しなければ、充分な補給が受けられる。移動を開始すれば、輜重部隊は追い付けない。川沿いは補給が受けやすい。
    数百人規模の村でも、一万人近い軍勢の食糧を供給出来る!
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 08:44

    ※30
    青洲兵は精強ですよ。曹操はこれで天下の半分をとったといってもいい。
    ※31
    20万の都市があればそこは20万の人間を養う兵站が存在しているということ。
    つまり現地調達すれば20万の兵は余裕で養える。邪魔な人間は排除すればよい。
    中国で攻城戦があった後住民が皆殺しによくされる理由でもある。
    追い出された場合は流民になって○○賊として数万のイナゴの群れが生まれる。
    ※32
    国内では商人が売りに来る。秀吉の場合は農村からの現地調達を禁止していたのでかわりに俸禄米が支給されていた。
    これは戦国時代ではかなり異例。

    なお曹操がギョウを落とした後は精鋭10万だけ残して残りは虐殺している。都市の人間という消費者がいなくなれば軍を養うのになんら問題は生じなくなるからね。農村も売り先がなくなると困るから買い手が変わるだけの話。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 08:51

    ※33
    そりゃ蜀魏が戦ってる場所が西涼だからだよ。ここは遊牧民族のテリトリーみたいなもんでそこまでの生産力もないし人口もまばら。
    劉備の時代争っていたのは漢中であり、曹操が人間移したりしたがそれなりの人口はまだいる。
    100万の人口がある地域からすれば数万程度の兵士の食い扶持が増えたところで誤差にすぎん。

    劉邦の場合はある意味勝って当然。戦国時代において秦一国に対して他の六国でも勝てなかったくらいの国力差があった。
    それなのに楚を根拠地にした項羽が斉なども敵に回しても五分以上に戦えた戦の天才であっただけ。
    むしろ項羽がおかしいんだよいろいろとな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 11:56

    *35
    曹操に青洲兵が降伏した際も、黄河で北上できない土地に追い込まれ、食料が不足して降伏した。補給ができないと軍隊は無力化される。家族もいる流民の集団なので食料消費が大きかったのだろうけど。

    青洲兵が曹操に精強で重宝されたけど、一番の理由は反乱や逃亡の恐れがないためでは?

    配下豪族の私兵は豪族が反乱したら、一緒に反乱する。青洲兵は流民で家族が曹操に保護され人質状態。他の地域の兵と混合されないとの条件で降伏なので、青洲兵は信者の顔見知りなので、仲間を見捨てて逃亡しない。古来、中国人は不利になるとすぐに逃亡し、軍が崩壊する。
    戦闘力を期待されたのでなく、忠実に動く軍隊として期待され、前線で消耗されるのはかき集めた他の兵士で、青洲兵は督戦隊として曹操の亡くなる時まで温存されたように思える。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 13:48

    ※35
    いや、外から売りに来る分や軍人や民間人が逃げる時に持っていった分無視して「20万人養えるカラー」とか言われても
    進行してくる敵の足止めに貯蔵してた物資全部持ち去ったり焼いたりして拠点に出来そうな建物壊すような戦術もポピュラーだし兵法書でもわざわざ「物資は出発時の手持ち以外は現地調達が理想」と書いてるんだから現地調達が上手くいく例のほうが少なかったと思うけど
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 14:43

    ※35
    それだと城塞都市落とすまで食料持たないでしょ
    そして落とした後20万にんの生活食料すべて奪うのだからその都市が消滅するわ
    曹操もそうだが相手の捕虜を消すことはあれど都市住民を皆○しにして兵站をまかなったなんて例なんてほとんどない
    ※36
    蜀魏が戦っているところが西涼?
    諸葛亮が涼州まで出たのは一度だけ、それも雍州との境
    その後は雍州、益州近郊でずっと戦い続けてる、諸葛亮が西涼まで兵を進めたことなんて一度もないよ
    最後は話摩り替えすぎ、劉邦はその強い項羽と何度も戦っても勝てず、最後にやっと勝てた
    その何度も戦えたのが兵站に当たってた蕭何のおかげとして最大の功労者となった
    まさしく補給のおかげで勝てたこと、当時の軍隊も補給が重要視されていたことの証明
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 14:49

    ※34
    あれはナポレオン以後の兵站について語った本だぞ
    生産力も行軍速度もまるで古代と違うだろう
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 15:01

    ※40
    君、絶対読んでないだろ。あの本は三十年戦争からスタートだぞ!
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 15:29

    民族浄化並の殺し合いならともかくちょっと反抗的だからって程度で占領地の人民根絶やしにしてたらただのアホ。本国から住人移すにも時間かかるし移った先で勝手が違って逃げる可能性だってある
    戦後の統治考えたら飴と鞭で味方につけたほうが楽だし

    つうか※35の理屈だと東京23区の人口が約900万人だから900万の軍隊で攻めて占領すればしばらくは補給に困らんって理屈になるけど
    1日2日物流が滞った程度でコンビニやスーパーから物が消えるレベルなのに
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 15:32

    ※41
    いやいやあの本の序盤はなぜ兵站術の必要が生じた背景の説明として30年戦争含め
    第1章を16-17世紀の略奪戦争として話をしてるだけじゃん
    2章からナポレオンの補給の話が始まってそれ以降現代までの補給
    この本で古代中国や1500年代中世日本の補給を語れるわけない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 15:34

    ※43
    はー、さいですか。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 16:03

    ※44
    俺はむしろ君が本当にあの本を読んだか聞きたいが
    >>数百人規模の村でも、一万人近い軍勢の食糧を供給出来る!
    ナポレオン戦争の項目、ドイツの村で食料を調達したときの話
    >>軍隊は移動しなければ、充分な補給が受けられる。移動を開始すれば、輜重部隊は追い付けない。
    大モルトケと近代戦以降の項目、鉄道戦が始まった後の話で攻城戦状態に入った時のみ補給部隊が追いつけるとある
    この本で触れられてる状況をかんがみれば古代中世の戦争に適用が不可能なことぐらい絶対分かるはずだが
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 16:33

    青州兵が強いかって、話だが、王沈魏書に戦争慣れしていて、皆が剽悍であったとあるし、その中から精鋭を選んだと三国志にもあるから、強いんだろう。
    弱いとする根拠も無いし。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 16:58

    略奪にかまけるような軍が弱いのと精強であるのとはちと論点が違う
    戦術上は賊上がりで戦い続けた勇敢な兵だろうけど
    戦略上は軍規が乱れ、勝手に略奪を始めると追撃しなきゃいけない相手を取り逃がしたり
    進軍ルートが限定されたり、戦略上の行動に大きな問題をきたす
    実際に青州兵は略奪問題で法家で曹操幕下随一の将于禁と揉め事を起こしてる
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 17:57

    ※45
    手元に無いのかな?中公文庫版18頁に『人口がある程度多い場所に駐留している限り、補給制度は充分だった。しかし、ひとたび軍隊が駐屯地を離れた際には、事態は甚だしく異なってくる。敵地で作戦行動に移った軍隊を維持することは出来なかった。』とある。
    97頁に、ナポレオン戦争の頃にプフール・40戸・600人の村で5日間滞在する一万二千人の兵士の食糧がたっぷり供給出来たとあるね。
    では、三国時代ならどうか?
    三国時代にどれくらいの飯を食うかは、調べがつかないのだけど、漢書の食貨志に由ると戦国時代の魏では一人で一石半必要とされる。曹操が袁家の旧領に課した租が一畝毎に四升。晋武帝の頃の男子一人当りの占田面積は70畝、女子は30畝。税率が十分の一なら、男子なら2800升・28石、女子なら1200升・12石。人口600人の村なら、男女半々で、大体、一万二千石。
    一万人の軍隊が一月間、優に食べていくことが出来る。焦土作戦でもやらない限り、十分の一でも三日分は賄える。
    もし、一万人の人口の都市なら、一万人の軍隊が一年駐留しても足りる。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 18:10

    ※47
    于禁しか咎めてないし、戦闘には支障が無かったんでしょう。実際、青州兵のせいで負けた戦ってある?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 18:53

    ※48
    だから近世ヨーロッパ以降の生産力と3世紀中国の生産力が比べられるわけが無いと言ってるんだけど?
    時代も土地も租税などの政治形態も生産力も育ててる作物もなにもかもが違う時代の比較なんてなるわけがない
    君は小作農って知ってるかい?
    600人の村、1万人の都市で全員が土地持ちの耕作民なわけがないでしょ
    魏晋代の1畝が約三四八・四八六平方メートル、男性1人で70畝、女性1人で30畝を耕作できると思う?
    それに租税を全部当面の兵糧に当てられるわけがないでしょ
    役人に払う秩禄は全部租で賄ってるんだから、都市の運営費だってかかるのに
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 19:29

    ※39
    >現地調達
    20万の都市というのは周辺から20万人分の食糧を集める事が出来るから存在している。
    籠城するなら都市の代わりに攻めている軍隊がそれを利用するだけの事。
    曹操の徐州進攻など青洲兵を養うために、徐州の人間をヒャッハーしてる。ギョウ進攻でも同じ。

    >西涼
    おっとあのあたりは西涼ではなかったか?それは失敬、どっちにしろ人があまりいない地域なので現地調達が困難ということは変わらないけど。

    >項羽と劉邦
    正しくは兵站というよりも国力差ですね。劉邦が国力ですりつぶしただけですよ。
    どんなに項羽が連戦連勝でも楚軍はそのたびに消耗していく、
    劉邦はもっと消耗しているが国力差で回復力に差がでて、戦線を維持できなくなった。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 19:30

    ※49
    そもそも青州兵が活躍したって記述がない、弊害は明らかに出てるけど
    呂布に蹴散らされて、敵前逃亡し、曹操の陣が大混乱したとか
    味方に略奪を働き、于禁に罰されそうになったところを敵前逃亡し于禁を讒言したとか
    于禁は部下にすぐ弁解に行くべきと言われたけど、敵が迫ってるし曹操は讒言など信じないと陣を固守したおかげで事なきを得た
    もともと鮑信にも曹操が降す前の青州兵は輜重もなく略奪に頼ってるから、彼らは攻めるに攻めれず離散するといわれてるし
    あの時代でも略奪に頼りきりな軍の問題はしっかり把握されてるようだ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 19:42

    ※42
    項羽はそれをやっているし、曹操もそこまでではないがやっている。
    都市の人間がいなくなっても農村が存在するなら食糧生産にはさほど影響はないし、最悪土地が存在するならいい。
    青洲兵が屯田するだけだしな。
    曹操はその後荊州攻めや呉攻め、異民族や益州でも人狩をして拉致った人間に農地を与えているし、これは呉や蜀もある程度やってる、人が足りなくなったら今度はそこらで集めてくればいいということ。

    >900万の軍隊
    沖縄上陸作戦でも陸海合わせて50万だからありえないだろう。
    基本的に都市の人間からすれば軍隊の人数などささやかなものだからな。
    そして物が消える時ってたいてい買いだめする人間がいるからだし。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 20:10

    ※51
    城攻めもせず分散してる都市の周りの集落から食料略奪徴収なんてして回ってたらすぐ蹴散らされて終わりだろうに
    一箇所に集められた都市の備蓄食料を奪うなら未だしも
    曹操が徐州侵攻で青州兵を養う為ってそりゃ蒼天航路だろ
    正史では普通に復讐の為だよ、青州兵なんて欠片も出てこないよ、孫盛にも陶謙の罪を部下に向けたと避難されてる
    魏蜀が争った雍州一帯は秦発祥の地で晋代は戸数約10万戸、面積当たりでみれば豫州や徐州より多いよ
    負け続けたのに本拠から兵と食糧を送り続け、劉邦はそれを功績第一と認めた
    この時点で当時も兵站の重要性が認識されてたのわかるでしょうに、話をずらしてる
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 20:22

    ※52
    それは、当時の軍隊の一般的な弊害じゃ無いの?呂布に蹴散らされると弱いことになるの?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 20:29

    ※54
    都市の備蓄を奪うのは、君の中では掠奪でないのか!
    大体、二万人の軍隊が輜重のみに頼って進むとしたら、二ヶ月で五〇〇〇〇石の食糧がいるんだぞ?
    二〇石積みの荷車で二千五百台だ。仮に、掠奪を一切禁止したら、どうやってそんな数の荷車を届けるんだ?
    大体、敵地で取れない物が味方の策源地で、手に入る訳ねーだろ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 20:33

    この人は実際の戦争をゲームと勘違いしてるんじゃないか
    略奪するのにだって時間はかかるし、兵力は分散されるし、戦闘しながらなんてできるはずもない
    都市人口には当然耕作人口も含まれてるし、そっちの方が大多数
    自分が占領した都市をまるごと消してどうするんだ、民衆の拉致だって数万人単位でできるわけもないし
    民衆が先に逃散してどうしようもなくなるわ
    曹操も項羽も民衆に兵を向けたのは復讐のためだし
    都市の食料で大規模な兵力を賄いきれないから敵兵の捕虜を○すんだろうに
    20万人の都市で20万人の兵をそのまま賄えるなら捕虜はそのまま自軍に編入した方がずっといい
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 20:39

    ※54
    >現地調達
    略奪なんてして回らなくても農村も食糧を買ってくれないと困るんだから売りに来る。
    足りなければ当然略奪するけど、食糧回収程度でそんなことにゃならんし、打って出てくれるならそれに越したことはない。

    >徐州
    蒼天航路こそただの復讐と虐殺だろあれ、実際にはその前に受け入れた青洲兵の食い扶持が必要だっただけ。
    100万ともいわれる流民を受け入れたんだ、その食糧が必要となるのは当然の話。

    >涼州
    漢代の記録によると徐州は57万戸 涼州は10万戸なんですが、天水武都が数万、安定などは数千程度なんですが。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 20:44

    ※57
    復讐なんてセンチな問題なわけがない、ただの食い扶持の問題ですよ。

    ていうかさっきまで敵対していたものが自軍にそのまま編入されるとかそれこそゲームの世界ですよ、
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 21:05

    ※58
    そこいらのスーパーで食い物が売ってる訳では、無いですから、そんなに簡単に売りに来たりはしないでしょう。
    後漢末は食糧難の時代で、軍閥は草を食うことも人を食うこともありました。自分から取られる前に差し出す事はあるでしょうけど、それは実質掠奪と同じことです。
    第一、逃げるのも簡単じゃありません。近くに隠れ場所を作ったり出来れば良いですけど、程立(テイイク)伝や荀イク伝にあるように、パニックを起こしたり逆にモタモタしたりと中々合理的に動けないものです。
    土地を離れて生きていける保証は全く無いんですから。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 21:16

    ※55
    青州兵の軍中の記録がこれ二つしかないもの
    呂布は流浪で圧倒的に寡兵、そこで戦いわざわざ青州兵が逃亡したと書かれるぐらいしかない
    于禁伝には以前から問題を起こし曹操がそれにお目こぼしをしてたことが示唆されてるし
    ※56
    都市の公的備蓄なんて制圧した側に所有権が移るに決まってるじゃん、君はそれを略奪と呼ぶのか?
    そもそも全てを頼るなんて話は全くしてないが、当時の兵站は現地調達だと言うレスから
    いや輜重は十分に重要視されてるという話をしてるのに
    敵の領土では都市を占領して公的備蓄を奪う、味方の軍事拠点からは公的備蓄を輸送する
    当たり前のことだろ?敵地で略奪の手間と公的に蓄えられてる備蓄の輸送を比べて
    手に入るわけねーとかなに言ってんの
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 21:24

    ※59
    いや敵対ってそもそも兵の大多数なんて兵務を課されてるだけだから
    領主が変わればその下につくなんて当たり前、だいたい曹操も精兵は残して編入してるし
    青州兵がまさしく敵対してた兵がそのまま編入されてるでしょう
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 21:31

    ※62
    青洲兵は曹操との個人的な契約みたいなもんでしょ。
    だから味方からも平気で略奪するし、曹操が死んだらみな帰郷した。
    味方なんてお互い思ってないよ。ただの傭兵というかギブアンドテイク
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 21:31

    ※61
    呂布軍の人数なんて書いてたっけ?
    あの時は、エン州を殆ど占拠してて、子飼いの連中以外に、かなりの兵力が配下になってる筈。青州兵を蹴散らす程に、呂布が強いってだけの話にも見えるし。
    他の戦場では蹴散らされた事無いから、記述されてないんじゃない?青州兵自体は、括りとして曹操の死まで確かにあったみたいだし、精鋭部隊だよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 21:38

    捕虜を編入するのと、お互い納得して降服するのでは、全く違うと思うがなあ。
    地域差がデカイし。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 21:48

    ※58
    当時の郊外の農民がどれだけ備蓄してるんだよ
    われ先にと売りに来てたらそれこそ戦闘にならんわ
    そりゃ買取もするだろうがそんなの副次的なものだよ

    複数の史書が明確に復讐のためと書いてるんだが…
    史書に青州兵とからめて徐州進攻なんて全くないし、蒼天がかろうじてからめてるぐらいだろ
    食料問題なら屯田でもさせたほうがマシ

    だから君はなぜ涼州を持ってくるんだ?
    涼州に入ったのは第一次の北伐だけ、それも兵を挙げてすぐ諸郡が寝返ったから第一次では兵站問題は起きてないよ
    雍州だと言ってるだろうに、兵站が問題になった陳倉も祁山も五丈原も雍州だよ
    雍州は後漢代の人口は残っていない司隷から分割前だから
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 22:03

    ※63
    だから蒼天航路じゃないんだからさw
    曹操が亡くなった後にうんぬんは
    魏略の臧覇の配下たちが天下の乱れを心配して帰ったって言う記述をたまたま青州出身の兵だったから
    蒼天航路がアレンジしたってだけの話だよ
    曹操と個人的な契約をしてたなんて史書のどこにも書いてないし
    曹操直属のいわゆる青州兵が帰ったなんて話でもない
    曹操が降してから30年もたってるんだから、当時の青州兵なんてもう軍役についてたかすら定かじゃない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 22:11

    ※53
    一都市皆殺しにされてても農村の人間がのほほんと暮らしてる上に大歓迎で農作物や狩猟で取れた獲物渡すとかめちゃくちゃなこと言っとる
    普通次は自分だと逃げるし場合によっては守備側の軍隊が施設から田畑から潰して水源に毒も投げ込むだろ。中世の戦争で占領した集落で最初にやることは水源に毒なり死体や排泄物仕込まれてないかのチェックだって言うくらい重要な部分だし

    >屯田するだけだしな
    侵略戦争中に年単位で足止めされる農業やってる暇なんてあるのか?

    >900万人の軍隊はありえない
    >都市の人間からすれば軍隊の人間などささやかなものだからな
    ※35で「20万人暮らしてる都市だから20万の軍隊が駐屯しても平気」っつってるから平時の人口と同数の軍隊が駐留しても余裕なわけないだろと例え話しただけなのに勝手に軍隊の規模縮小して返されてもね

    >買いだめする人がいるから
    住人がその買い溜めた物資を持って避難した上で普段入ってくる物資が来ないのにどうやって略奪すんの?って話
    無から有を作り出せるドリフターズの黒王みたいなのが総大将なら知らんが
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 22:21

    ※66
    君の手間を惜しむ所が嫌いだ。
    雍州は京兆・馮翊・扶風・安定・北地・始平・新平に分かれる。郡の人口から概算すると、戸十二万戸程度。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 22:53

    ※69
    うんだからより近い時代の近い晋書で約10万戸ってすでに出したよね
    そして安定郡は後漢、魏代は涼州、第一次北伐の際に涼州の諸郡のひとつとして寝返っている
    魏呉が争っていた豫州晋書十一万戸や徐州晋書八万戸
    雍州の面積なんて涼州の数分の1、徐州や豫州よりずっと小さいよ
    きみはいったい何がしたいの?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 23:06

    ※66
    >現地調達
    むしろ都市に収穫されたら一年分取り込まれると考えるほうがおかしいだろ、ゲームじゃあるまいし。
    備蓄できる量にも輸送量にも限りがあるのだから、基本的に農村にあるんだよ。

    >青洲兵
    屯田して食糧が取れるのは来年の話ですよ。
    その年食うもんがないんだからどこかからとらないといけない。隣国に豊な地域があれば当然とる。
    復讐?そんなの難癖理由にすぎない、実際トウケンなんてほとんど関係ないじゃないか。

    >涼州
    だって蜀魏が争っていた天水も武都も安定もみな涼州だからね。涼州の人口は漢代のはしっかり残っている。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 23:07

    ※70
    IDを見ろ。多分、話し掛けたい相手は俺じゃ無い筈だ。俺は怠慢な奴が嫌いなだけ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 23:16

    ※67
    ん?蒼天航路にそんな話あったか?死んだ時に終わっただろ。
    魏略だったかに青洲兵が曹操死んだから帰郷した、軍令違反と止めるものもいたが許可されたとかあったはずだが?
    そして青洲兵というのはその一族というか団体から軍役者を出しているんだから、世代交代はしてるだろう。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 23:23

    ※68
    >城と農村
    両者は支配被支配関係でもあるからな。戦国時代の日本でも城兵は皆殺しにされても周辺の農村まで皆殺しにされるわけじゃないし、場合によっては懐柔されることもある。
    >屯田
    普通にやってるんだなこれが、もちろん現地の人間を排除した後にだが。
    >900万
    ありえないたとえ話されてもなあ。そういう話なら可能と答えよう。東京が食糧を生産しているわけではないからね。
    >買いだめ
    住民が買いだめするのはどうしようもないが、普段入ってくる物資は関係なく軍隊が接取できる。
    当時の略奪や調達というのは流通を抑える事によるもの。いちいち住民襲う効率の悪い事はよほど切羽詰まらないとしない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月29日 23:31

    ※72
    それこそ意味わからん、既に晋書の戸数を出してるのに、横から後漢のも出さないと怠惰だって?本当になにがしたいの?

    ※71
    意味わからんわ、各都市は租税として徴収した食料を都市防衛のために備蓄するなんて当然だろうが
    当然外征の際のための備蓄もあるだろう
    日本だって古米の備蓄ぐらいしとるわ、一年分どころじゃない

    曹操の徐州攻めは青州兵を降してから一年以上たってるんだが…
    曹操は自軍の必要な兵糧も計算せず、慌てて徐州を攻めたのか?
    君は三国志演義とか蒼天とか創作しか読んだことないのか?
    正史武帝紀、世語がはっきり陶謙が直接、曹嵩を襲ったとあるんだが、関係ないどころじゃないわ

    >> 涼州に入ったのは第一次の北伐だけ、それも兵を挙げてすぐ諸郡が寝返ったから第一次では兵站問題は起きてないよ
    雍州だと言ってるだろうに、兵站が問題になった陳倉も祁山も五丈原も雍州だよ
    何度も書かせるなよ
    天水、安定を争ったのは第一次北伐、挙兵と同時に寝返っているが第一次で兵站問題は生じてない
    第三次北伐もより蜀から近い益州の陰平と涼州の武都をすんなり落としてる、これも兵站問題は生じていない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月30日 00:01

    ※75
    >備蓄
    都市の備蓄なんてそんなにないよ。事前に準備しないとね。
    都市の人間がとりえあず10万として、彼ら一年分食べる量を備蓄する?
    だれだけの量になると思うんだよ。それを収穫したら一気に集められるとでも?

    >青洲兵 
    曹操は兵糧も計算せずにあわてて攻め込んだのかと言われるとその通り。
    100万人も増えたら当然養えない。当時は袁術とも争っていたので屯田する暇もないしな。
    足りなければ奪えばいい、当然だな。復讐なんてセンチな理由ではなかろう。
    ちなみに曹操の親父の死因は諸説あるわな。
    >涼州
    いやそのあとも普通に武都とか攻めてるだろ。一次だけじゃないって、

    >陳倉も祁山も五丈原も雍州だよ
    当時は移住政策をやっていたからそっちもほとんど人いねーよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月30日 00:03

    ※73
    魏略は三国志の脚注部分以外は散逸しているから
    少なくとも魏略の青州兵と書かれた文章は臧覇に関する部分だけ
    正史は武帝紀の編入経緯と呂布に敗れたこと于禁伝の略奪の項だけ
    そういった記述が他の史書にあるのかはしらないけど三国志に付けられた脚注には存在しない
    青州兵が特別扱いされたのは賊として戦い続けて精強とされていたから
    土着したその青州兵の子たちは新兵と変わりなく、特別扱いする意味などない
    曹操の精鋭部隊としての青州兵が世代交代して続いたと言う資料もないしそうさせる意味もない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月30日 00:11

    家族5人が月に一人で一石半食うとして、年間で90石くらい。自分達で食べる分だけでこれくらいは、収穫直後の農民の家にある。
    実際は、犬や豚も飼ってるし、鶏もいるだろう。
    租を引いた後で最低ラインとして、これくらいはある。小作人だって、食わねば死ぬんだから、備蓄は持ってる、地主が飯を支給するとかそういう事は無い。
    農村に一番食い物があるのはそうだろう。地主にしても、農村に倉庫と屋敷があるから、収穫の大部分は農村にあるんだな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月30日 00:36

    ※76
    都市が備蓄せずに篭城した際どうやって兵の食料を賄うんだよ、数年単位で篭城してたりもするんだが
    秦代の穀倉庫とか再現されてるが滅茶苦茶巨大なんだけど何を持ってそんなにないと言ってるの?

    編入したのは一部の精兵だけなのに青州100万人に耕作もさせずに放っておいたのか?
    諸説あるって不自然なほど他の書物とかけ離れて陶謙を賛美してる呉書が唯一部下のせいにしてるだけだよ
    その呉書ですら、陶謙に責任を取らせるため曹操は出兵したと書かれてるだけ、諸説に入るかこんなもん
    食料に困って徐州を攻めたなんてどこにも書いてないよ

    だから武都は三次北伐で兵站問題は起きていないと書いてるだろ、全く読まないんだな
    曹操が河北の人口を補ったのは隴西・天水・南安、涼州諸郡
    むしろ張既伝に漢中の数万戸をを雍州に移住させたとあるわ
    ほとんど人がいないとか何行ってんだ
    それこそ魏は雍州にたびたび大軍を派遣してるのに人口が全くいなきゃどうやって彼らの食料をまかなうんだよ
    余りにも適当なこと言いすぎ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月30日 04:38

    正直戦国時代に呂布ポジは居ない気がする
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月31日 04:28

    青州黄巾は公孫瓚にも10分の1以下の兵でメタクソに蹴散らされてるんよな
    数的にはそりゃ曹操の主力を担っただろうけど、戦績的には精強青州兵ってのはちょっと創作に近い
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月31日 07:37

    いやまあ公孫瓚もミニ呂布みたいなもんだし…
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月31日 15:22

    百万が全員精鋭とかは無いと思うけど、記述のあるところで負けているから、弱いってのは、どうだろ?
    呂布戦なんかだと、負けたから名前が出てるけど、まさか呂布戦が初陣にして、最後の戦いって訳でも無かろう。
    曹操が戦った袁術・袁相・劉備の戦でも名前こそ出てないけど、居た筈。資治通鑑なんかには、曹操が死んだとき故郷へ帰った、その際に、途上での食物を支給されたとある。
    曹操の下で親衛隊として、働いていたんだろう。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月31日 16:35

    ※83
    青州兵擅擊鼓相引去,眾人以為宜禁止之,不從者討之。賈逵曰:「不可。」為作長檄,令所在給其稟食。
    これなんだけど資治通鑑は1065年に編纂された書物だから、内容は全て他の書物の引用で書かれてる
    そしてこの内容が書かれてるのは、※67の人が書いてる魏略の臧覇の部下が勝手に帰国したという部分
    ここからの引用であることはほぼ間違いない
    臧覇は都督青州諸軍事で青州出身の兵を率いる身分だった
    曹操の親衛隊青州兵ではなく臧覇の部下の青州出身者が軍を脱走したがこれを咎めなかったという記述
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月31日 21:37

    その意見には賛同出来んね。魏略には臧覇の部下と青州兵と書いてある。臧覇の部下の青州兵とは書いてない。
    資治通鑑は賈逵伝に引く魏略にある、青州軍のエピソードが下敷きにあると思われるよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年10月31日 22:24

    ※85
    賈逵伝注の魏略も確認したけど、これ臧覇の部下の青州兵が帰ったのと同じこと記述してるだけでしょう
    賈逵伝注魏略、恐天下有變~而青州軍擅擊鼓相引去。 
    臧覇伝注魏略、青州兵以爲天下將亂、皆鳴鼓擅去。
    臧覇の部下と曹操直属の青州兵が行動を共にするのは奇妙だし、青州軍事都督であった臧覇管轄の兵だと考える方がはるかに自然では?
    どちらも単に青州兵、青州軍としか書いてないし
    そもそも理由が曹操が亡くなったから直属の兵が帰郷したではなく、天下が乱れそうだという理由なわけで
    選抜してからもう大分たって代替わりもしているであろう青州黄巾をいつまでも曹操の直属にしている意味もないし
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月01日 05:31

    そもそも青州兵って青州黄巾党の兵(曹操の私兵)であって、
    青州に属する兵(正規軍)ではないと思うけど。

    当時は戸籍の意味が無くなるレベルで誰もが流民と私兵を囲っていた訳だけど、
    青州黄巾党をそのまま囲ったのが曹操でしょ。
    劉曄みたいに受け継いだ私兵を人に譲る変わり者もいるけど。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月01日 06:33

    青州兵と臧覇配下が共に行動するとしたら、それは、どちらも青州出身だからでしょう。
    帰る方向が同じなんでね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月01日 08:30

    ※87
    地名○○兵、○○軍というのは普遍的な呼び方で青州兵を元賊の曹操私兵に限定する理由はないでしょう
    三国志及び注にもざっとこれだけあります
    冀州兵彊吾士飢乏設不能辦無所容立
    云天子使荊州兵來破揚州賊
    上雍州兵于成都縣獲璧玉印各一
    使督兗豫徐州軍
    求進兵爲翅使涼州軍至枹罕
    亮曰豫州軍、雖敗於長阪
    根本的に魏略自体に青州兵、青州軍には曹操の私兵として書かれてる項目自体存在しませんし
    曹操直属兵と臧覇部曲が関わりあうことも、同じ場所にいることもないのにたまたま逃亡時期が一緒だった
    なんてことはありえないと思いますが…
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月04日 19:03

    臧覇が青州諸軍事になったのは、曹操が死んでからだし、臧覇は居巣に駐留してたから、青州の軍を率いてはいない。
    臧覇の部曲は恐らく青州出身者だけど、態々魏略に所部及青州兵と断ってあるから、部曲と青州兵は別物。
    曹操が死んだときに、偶々臧覇は洛陽に部隊を派遣してたと言う記述から、臧覇の部曲は洛陽に居たから、別々の場所に居たわけでは無い。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月05日 01:06

    ※90
    居巣に留めおいたのは217年以後、それ以前に臧覇伝には割青徐二州、委之於霸。とある
    臧覇が都督青州諸軍事になったのは曹丕の魏王就任時となってる
    曹操が死んだのは220年3月、文帝紀によると曹丕は220年2月の時点で既に王位を継ぎ改元を行い
    賈詡を太尉、華歆を相國にしたとある。曹丕は曹操危篤の段階で王位を継ぎ
    その時点で臧覇も都督青州諸軍事になったのだろう
    部曲は私兵、私的な部下のこと、正式な州兵と分けてあるのは当然
    臧覇が洛陽うんぬんは臧覇伝にもないがどこから引いたのだろう
    根本的に臧覇の部曲および、青州兵が逃げたのは鄴でのことだから
    洛陽は関係ないだろうし、臧覇がいたのも鄴ということになる
    同じ都市にいても、臧覇の私的な部下と曹操直属兵は駐屯場所も違うだろうから協議もできないだろう
    同じ州出身というだけで行動を共にする意味も分からないし、臧覇は黄巾を討って名を挙げた人間だし
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月05日 06:28

    魏略に覇遣別軍在洛と書いてあるじゃん。
    当時は居巣(楊州)に居て、青州は統治してない。
    曹操が高陵に葬られたのは、二月と本紀にある。三月説はどこから取ったの?
    所部及青州兵。臧覇の部曲と青州兵であって、態々分けてあることを考えるべき。
    臧覇が黄巾を撃ったから、彼の部下と行動を共に出来ないとすれば、曹操の下で戦えないだろ。曹操こそ昨日までの敵なんだから。
    臧覇の部曲と青州兵が何で一緒に行動したのかは、想像でしか言えない。でも、賈逵伝に引く魏略では、臧覇の率いてた青州軍とは一言も書いてない。
    青州兵を他の部隊と考えることに無理があるんだよ。素直に青州黄巾の事と読んだ方が無理が無い。初平三年から28年経ってるから、現役なのは可笑しいと言うなら、それくらいの年から活躍していた臧覇も可笑しいと言うことになる。
    老兵なればこそ、望郷の念に駆られるだろうと言うことでもある。無論、青州黄巾党自体が百万の人口を有しているから、そこから補充されていたのかも知れんけどね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月05日 07:48

    んでさ、一生懸命に鄴で~鄴で~言うてるけど、この事件は洛陽での話だからな?
    鄴って根拠は何ですか~?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月05日 12:42

    ※93
    うわー自分性格悪いなあ
    議論とかする気一切ないだろ
    魏略曰。時太子在鄴、鄢陵侯未到、士民頗苦勞役、又有疾癘、於是軍中騷動。羣寮恐天下有變、欲不發喪。逵建議爲不可祕、乃發哀、令內外皆入臨、臨訖、各安敍不得動。而青州軍擅擊鼓相引去。衆人以爲宜禁止之、不從者討之。逵以爲「方大喪在殯、嗣王未立、宜因而撫之」。乃爲作長檄、告所在給其廩食

    曹操の藩国魏の本拠は曹丕が帝位をつくまで鄴だし当たり前だけど
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月05日 15:33

    性格悪くても、曹操が洛陽で死んだことは分かってますんで~。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月06日 10:15

    ささ、早く性格の悪い僕に、何で鄴で事件が起こったと思ったか、示してくれたまえ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年11月25日 00:45

    ※94
    魏略に言う、(曹操没)時に太子(曹丕)はに鄴に在った。鄢陵侯(曹影)は未だ到らず
    士人も庶民も労役にすこぶる苦しみ、また疫病があった、これにより軍中で騒動があり。
    群臣は喪を発するのをのぞまなかった。賈逵は隠し通すことはできないと意見し、そこで(曹操の死の)哀しみを発した
    内外の臣に皆、(曹丕の元に臨んで)お悔みを申し上げる様に布告し、謁見が終わるまで、各々はどうしても動くことができなかった。
    しかるに青州軍はかってに鼓を打ちながら去っていった。衆人はこれを宜しとなすことを禁止し従わないものを討とうとした
    賈逵は喪中でもがりがあり(遺体を棺に安置し別れを惜しむ儀)、王位継承はなされていない。安撫する為にこれをよしとなした。
    しかるに長い檄文をつくり、支給される食糧在る所を告げた。

    曹操が亡くなったのが洛陽でも、鄴で喪があり、遺体ももがりのために鄴に移されてるし、群臣も曹丕のもとに参内しとるわけだ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月05日 18:53

    臨と言うのは、棺の前で行う哭礼の事で、曹操の棺の前でやってるんだよ。
    そもそも、本文に曹彰が来て印璽の在り処を聞いた話は洛陽での話で、その後に棺を業βに動かしたとあり、それ以前の話として魏略の記述があるんだよ。曹丕に臨むなんてそもそもあり得ないし、時系列的に見ても洛陽でしかあり得ない。
    君が根拠としてる記述は間違いだよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月07日 04:42

    喪が曹丕のいない場でやられるなんて当時の慣習からして絶対にありえない
    曹丕が魏の首都、鄴にいるのは太子として当然で、賈逵も鄴にいるんだから
    任城威王彰伝と食い違っているのは確実、任城威王彰伝の記述の方が正しいとする根拠がない

    太子卽位太后臨朝
    及文帝臨饗羣臣
    太祖臨兗州
    先主臨豫州
    先主臨薨謂亮曰

    三国志中にざっとみてこういう文章がある臨が曹丕に臨むがありえないなんてことは全くないし
    臨喪とかなら棺の前だろうが入臨だと百科解釋に入朝哭臨とある
    入朝で鄴意外なわけがない
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月07日 07:19

    そこに出してる臨の用法なんだけど、全部君主や皇太后が臨してるね。
    普通、臣下は謁するものだよ。臣下が君主に臨した用法を挙げないとせっかくの検索が意味が無くなるね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月07日 12:35

    も一つ言うと、入朝だったら業βな訳無いんだよね。曹丕は王太子だし、漢王朝の都は洛陽だし。朝廷って皇帝の居る場所にあるんだよ。知ってた?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 04:47

    あんた曹操が許に遷都したことも知らないの?
    この場合入朝なら藩国魏の首府である鄴都か、献帝がいる許都でしかありえない
    臨が目上のものが目下に臨むことに限定されるなら
    目上の棺への臨も、入朝を入臨と表現することもおかしくなるでしょうが
    魏略のこの文章が間違っているというのなら、曹丕が洛陽まで出向いて喪を行ったという文章を探してきなさい
    そうすりゃあんたが正しくなるよ?
    曹操が洛陽で亡くなったのも単に鄴へ帰る前の道すがらだからな?
    はっきり 行前未到鄴、太祖崩洛陽。 こんな文章があるんだから
    曹仁自荊州來朝謁、太祖未出
    こんな文章もあるから藩国魏の首府を朝と呼ばないという主張も無理だぞ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 06:32

    ※102
    業βに棺が運ばれたのは、間違いない。但し、それは青州軍の事件の後。
    臧覇伝所引の魏略に、覇が洛陽に軍を送っていて、その部隊と青州軍が事件を起こしたとある。
    洛陽に送られていた臧覇軍が態々、曹操の棺に付いて、業βまで行ったのかな?
    次に、賈逵伝所引の魏略に曹彰が来ていない時にあった話として、上記事件を載せてる。本文で賈逵が曹彰に印璽の在り処を聞かれた話の後、業βへ棺を運んだと明言している以上、業βにはまだ着いていない事が分かる。
    入臨に関しては、大漢語事典に、 進門哭吊とあって、入朝哭臨は宋代の司馬光の逸話として載せている。付け足しで生まれた意味で、三国時代には適用出来るかどうか。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 06:42

    更に臨の意味としては、大漢和辞典に上から見下ろす、目上が目下のもとに行く、見る。等とあって、特殊な用法として哭すこととある。大漢語事典に拠れば、臨には棺の前で哭す事と言う意味がある。皇帝に会うことを臨とは普通呼ばない。普通ははね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 08:04

    魏略では明らかに賈逵はずっと鄴にいて洛陽には赴いていない
    異なる二つの史料を無理やりどちらも正しいとして解釈するのは無茶
    魏略では時太子在鄴、鄢陵侯未到であり曹影が到着していなかったのは鄴であり曹丕のもとに
    正史鄢陵侯影伝なら曹操の危篤中に洛陽に呼び出されてそこに間に合わなかったとあるが
    どちらが正しいかは、断定はできないが、個人的には印璽の在り処を曹影がたずねたというのはいかにもなゴシップだと思う
    魏略が間違っているとするなら、そもそもこの話の出典が魏略なわけで、この逸話自体を議論しようがない

    魏略賈逵伝注には臨が終わるまで動けず青州軍がその間に帰ったとある、曹丕が在鄴としかない以上
    青州軍の事件の後に棺が鄴へ運び込まれたとするのはこちらの記述とは矛盾する
    魏略臧覇伝注の遣別軍在洛~以爲天下將亂、皆鳴鼓擅去。がそのまま洛陽であったことなら魏略同士で矛盾してしまう
    時太子在鄴、と遣別軍在洛どちらも正しいとするなら、曹丕か別軍が移動し、曹操の喪中に青州軍が帰国したことになる
    繰り返すが曹丕が洛陽まで出向き曹操の喪を行ったという記述がどこかの史料にあるならあなたが正しいが
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 08:15

    いずれにせよ曹丕不在の洛陽で喪があったというのありえない
    遣別軍が鄴に移動したのかというのは別におかしな話ではないだろう
    霸遣別軍在洛會太祖崩、臧覇が派遣した別軍が洛陽にいて曹操の崩御に会った
    そもそも居巣に駐屯していた臧覇の別軍がなぜ戦地でもない洛陽にいたか
    これは明らかに関羽討伐に参加した帰り,同じく居巣に駐屯していた張遼も関羽征伐のために呼び出され曹操と合流している
    臧覇は令內外皆入臨により鄴に入り別軍も鄴へ向かった、特に無理のない解釈だと思うが

    入臨の解釈が入朝哭臨であろうと進門哭吊であろうと、門の意図が不明確だが曹操の喪であることは疑いないだろう
    この事件が起こったのは喪主たる曹丕がどこにいたか次第、曹丕が洛陽で喪を行ったというどこかに記述はありますか?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 08:55

    三国志の本伝にハッキリと、洛陽に居て曹彰が来た後に、棺を運んだとあるじゃない。
    それでその裴注として、魏略の文章が引かれてるでしょ?
    もしも、業βでの話なら、こんな場所に注釈を付けない。
    臨朝哭礼と入門吊哭だと意味が全然違う(-д- 三 -д-)門なら誰の家の門でも構わない、朝なら朝廷以外あり得ない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 09:31

    ※107
    あんた本当に三国志全く読んだことないんだな
    裴注はあくまで参考文献で同時期にあったことの異説や、別書の記述を加えているもの
    裴松之は正史と完全に食い違った話をいくつも注として書き加え、どちらが正しいかという自分の判断を書き加えている所もある
    魏略には時太子在鄴、鄢陵侯未到とあり、賈逵は鄴にいて曹操の喪を発するかどうかを意見し、その後に喪が行われているだろうに
    本伝の記述と矛盾しているのは明らか、それを両方つなぎ合わせるなんてチェリーピッキングもいいところだよ

    進門哭吊。
    《禮記·曲禮上》:“望柩不歌,入臨不翔,當食不嘆。” 孔穎達 疏:“謂入臨人之喪,不得趍翔為容。”
    明らかに喪のある家だか城だかの門の内に入って哭くだろうが
    誰の家でもいいから門に入って哭けという令を出したとでも言うのか?
    入朝の令を出したら鄴でも許でも成都でもどこでもいいから行って哭けといってるようなもんだ
    明らかにこの令内外皆入臨の意味は入朝だろうが進門だろうが曹操の喪に参加せよという意味だろうが
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 09:40

    そもそも、太子が業βに居るから、賈逵もそこに居るって、前提が滅茶苦茶。
    臨は哭礼だけど、正式のお葬式では無い。子が居なくてもやる。
    徐宣伝に曹操が洛陽に崩じて、群臣が哀を挙げたと書いてある。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 09:45

    ※107
    だからさあ、朝廷は業βだと仮定してだよ、入朝哭礼だったら、業βである可能性もあるけど、入門吊哭だったら、業βだなんて言えないよね?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 09:47

    てかさ、哭礼って死者を悼んで泣くものだからね?哭って言えば、死人が出たからやるに決まってるじゃん。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 10:06

    太祖崩洛陽、羣臣入殿中發哀なんでこれが洛陽でってことになるんだよ
    徐宣は同時期の魏郡太守だろうが、藩国魏の殿がある鄴でのこと
    賈逵は群臣と曹操の喪を発表するかどうか議論してるんだから鄴以外にどこにいるんだよ
    まさか曹丕に無断で洛陽にいる臣だけで喪を発したとでも言うのか?
    だいたいどうしても正史と魏略を無理やり組み合わせるなら、賈逵が棺を鄴まで持ち帰った後の話だと考える方がはるかに自然だろうが
    曹影は洛陽まで赴き賈逵にたしなめられた後、行かなければならない鄴へ行こうとしなかった
    その後に時太子在鄴、鄢陵侯未到と続けた方がはるかに自然
    あくまで裴松之は逵典喪事に魏略の文章を重ねただけで、魏略には曹影と洛陽での話は書かれておらず
    作者魚豢が三国志を読んでこの文章を注釈したわけじゃないんだから
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 11:46

    賈逵が棺を持ち帰った後の話だと、逆に不自然。曹彰が棺に付き添わなかったなんて解釈は珍説だね。君のワケわからん読み方以外にどこに、そんな話がある?
    注釈と言うのは、適当に書いてるんでは無くて、意味がある。
    陳矯伝にも行前未到業βって、君が挙げた史料の続きで、曹丕を王にするのに、帝の詔勅を待つべしと議論があるだろ?
    あそこで、王后が栽可したとある。賈逵が色々決めれたのも、王后つまり、曹操夫人の前で可決したと考えるべきだろう。
    第一、内外の臣下が呼ばれて居るんだから、徐宣が洛陽に居るのは当たり前。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月08日 11:53

    賈逵が葬儀を取り仕切ったと本伝に書いてあるのに、その時点で喪を秘すなんて事をしてる訳が無いよね。
    それに、曹丕無しで葬儀が始まってるのも分かるよね?
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月16日 05:39

    >島津「いうほど強いか?」

    秀吉に泣かされてケツ舐めてたお前らよりは強いんだよなあ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月16日 12:56

    ※114
    なに頓珍漢なこといってるんだ
    それじゃあ本伝と魏略の文章が完全に矛盾してると認めてるじゃないか
    魏略では群臣が鄴で喪を発するかどうか議論してるんだから
    曹彰が棺に付き添わなかったなんて印綬のありかを聞いたなんて後だったら、粛清恐れるのは当然
    大体まだ注釈云々で馬鹿なこと言ってるのか
    魏略が書かれたのは正史がかかれる前で魏略の作者魚豢は三国志の注釈として書いたんじゃない
    別々の歴史書にはこういう話が掲載されていると裴松之が付けただけだよ
    だいたい卞氏が洛陽にいたなんて記述もないし特別な記述がないなら鄴にいるに決まってるだろうが
    また徐宣伝と勝手に魏略を組み合わせてるし、だいたい入臨がどちらの意味だとしても、鄴か進門なんだから
    洛陽である可能性は0だろうが、自分が洛陽だと勘違いしたからって文を曲げすぎなんだよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月16日 20:13

    それ、マジで言ってる?
    ちょっと、驚きなんだけど。本文と注釈が全然違う話載せてて、注釈家が何の判断も下さないとか有り得ると思う?
    矛盾の無い異説の範囲だから、なんにも書いてないだけ。後生に君レベルの○○が居るなんて想定外だろう。
    臨を曹丕に会うことって解釈してた○○ は間違いも認めずに、論点の摩り替えか。情けねー。
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月25日 18:40

    ※56
    袁紹運穀車數千乘至

    易京、固守。~積穀三百萬斛

    許攸曰~今袁氏輜重有萬餘乘

    賊數寇鈔絕糧道。乃使千乘

    計除衆費、歲完五百萬斛以爲軍資。

    臣前調穀百萬斛、已在水次、輒敕兵衞送

    璋以米二十萬斛、騎千匹、車千乘、繒絮錦帛、以資送劉備

    どうやってっていうか平然と史書のなかで千単位、万単位の荷車がでてくるし、兵糧も数十万から数百万斛単位で輸送されてるぞ
  • 鳥無き里の名無しさん 2017年12月26日 08:43

    ※117
    こっちが恥ずかしくなってくるからもう止めろや
    ちょっとぐらい三国志読めよ
    注釈家が何の判断も下さないとか有り得るどころか裴松之はそんなこと何度もやってるわ
    そもそも同じ文章に複数注をつけてそれがそれぞれ矛盾しあってるけどなんの判断も下してないことなんてしばしば
    あんたは三国志なんてまるで読んでないことをたびたび晒しながら、自己正当化のために自分の妄想だけで話しをしてる
    こんな情けない人間がいるか?無知で恥知らずで自己愛に塗れてるのを散々さらしてるんだぞ?

    臨は現実に目上の棺への臨も、入朝を入臨とも表記されてるんだから、曹丕に参内でもおかしくないと言ってるだろうが
    入朝なら曹丕以外ではありえないんだから
    自分は当時の漢の首都が洛陽だなんてとんでもない間違いを平気で主張して流してるくせになにいってんの?
    入臨が入朝なら絶対に洛陽ではない、進門だとどこと明記していないことになり洛陽だなんて断定できない
    この文章を持ち出して鄴ではありえない洛陽にちがいないだなんていってる奴が論点のすりかえとかもうね