「徳川家康は天ぷら食いすぎて死んだ」「戦国時代のロープは味噌汁にできた」←これ


「徳川家康は天ぷら食いすぎて死んだ」「戦国時代のロープは味噌汁にできた」←これ

1:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:29:47 ytr
わいデブなんやけど、こういう食べ物の歴史話知りたい


引用元
「徳川家康は天ぷら食いすぎて死んだ」「戦国時代のロープは味噌汁にできた」←これ
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1522898987
3:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:31:13 JlE
戦国時代の畳は食えた
築城の名手とうたわれた加藤清正公が建てた名城・熊本城。朝鮮出兵の際の苦い経験から、敵の襲来を阻む盤石の設計とともに籠城に備えての様々な工夫が成されていた。井戸の数の多さは言うに及ばず、米をはじめ雑穀や海藻類などの備蓄、さらには城内に敷き詰める畳まで非常用食料とした徹底ぶりだったそうだ。食べられる畳!?の正体は「ずいき」。里芋やハス芋の葉柄(ようへい)のことで昔から食用になってきた。畳に使用されてものは干した乾燥品で、別名「いもがら」。夏から秋にかけては、生鮮野菜向けの専用種が出回り、きんぴらや酢味噌和えなどで美味しく食せる。
https://www.olive-hitomawashi.com/column/2017/09/post-238.html

6:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:31:49 ytr
>>3
まじか
11:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:33:04 JlE
>>6
ロープもそうやけど芋のつるで編み込んであったらしいで
4:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:31:22 cUR
お城は大体食える素材でできてた
5:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:31:31 ZlS
徳川家康はデマ
胃癌を患っていたところに脂っこい天ぷらを食べたせいで急激に悪化して死んだ
7:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:32:17 ytr
>>5
食いすぎではなかったんか
8:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:32:25 P9n
味噌をとろろで包んだ飛脚玉を持ち歩いて
お湯をかければどこでも味噌汁が飲めた
13:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:34:13 wGY
>>8
めっちゃぬるぬるしてそう
15:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:34:42 ZlS
>>13
とろろ昆布でしょ(名推理)
10:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:32:44 Kde
江戸時代は1日2食でしかもおかずが少なかったから質素

けどコメの消費量は成人男性で1日5合と超絶ボリューミィだった
16:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:35:43 ytr
>>10
一汁一菜ってやつやな
ヘルシーやがワイには無理
12:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:33:37 ZlS
熊本城にイチョウの木が植えてあるのは籠城戦の時に銀杏を集めて食いつなぐため
19:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:36:24 ytr
>>12
燃やされたらどうすんねん
22:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:37:24 ZlS
>>19
困る
14:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:34:37 cUR
江戸時代はお酒を水とかみりんで割って飲んでた 今みたいにキで飲むのは結構最近
すしはもともと馬鹿でかかった 今でも田舎寿司って出すとこあるけどスマホくらいある
26:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:38:45 ytr
>>14
まんが日本昔ばなしでがぶ飲みできたんは割ってたからか



でかすぎぃ!
31:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:40:22 rgn
>>26
江戸時代はまぐろゴミ扱いされてたし
36:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:41:37 cUR
>>26
それもあるし時代によってはどぶろくで今の酒より弱かったケースもある

日本中どこでも刺身が食えるようになったのは戦後しばらくたってから
35:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:41:17 u3h
>>26
これを2つに割って丼に溜まった醤油で食うのが当時のスタイル、その名残が現代の一皿ニ貫
38:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:41:57 iAg
>>35
やっぱ分けるんやね
17:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:35:51 ZlS
江戸時代中期までは酒と味醂は区別がされてなかった
江戸時代中期に愛知県で作られてる酒が鰻料理に使うとめっちゃ上手くなるってんで調味料として広まっていったのが味醂になった
30:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:40:11 ytr
>>17
ぶっちゃけわい今でも違いわからんわ
143:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)13:22:46 cN1
>>17
「青菜」という落語の中に暑気払いに味醂でいっぱいという部分があるな
18:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:36:14 Ncz
ナポリタンはナポリでは食べられない
33:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:40:42 ytr
>>18
日本産まれやろ知ってるで
21:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:36:49 7wI
パンがなければケーキを食べれば良いじゃない
のケーキはブリオッシュ
最近はケーキじゃなく「バター入りのお菓子」になってることも多い
23:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:37:28 cUR
フォーチュンクッキーは日系移民が考案したヒット商品
日系人排斥運動でいったん廃れて戦後になって中国系移民が復活させたらしい
24:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:38:02 Kde
日本に砂糖を伝えたのは鑑真
25:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:38:34 ZlS
ヨーロッパに砂糖を伝えたのはアレキサンダー大王
27:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:38:58 Soj
飢饉になると土壁を食ってた
28:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:39:33 h1S
砂がゆ
土粥(つちがゆ)は飢饉の際、食べられていたとされる土と水だけで作る救荒食である。

現実に土粥が食べられるかどうかは証明されていない。大躍進政策時代の中国で、腹痛を訴えたのち死亡した者を医師が解剖したところ、消化器に泥が詰まっていた複数の例があり、土をなんらかの方法で食べようとして死亡に至ったものと推定されている。

伝えられる作り方は2通りある。

土はどんなものでもよいが腐葉土がよいとされる、水と土を4~5:1の割合で混ぜ合わせ沈殿するのを待ち水を捨てる。これを何度も繰り返す。その際ゴミや砂利、石なども取り除く。綺麗になった土を三日間水に漬けおく。この際も1日3~4回水を交換する。最後に土に適量な水をいれ沸騰させて完成する。(つまり土自体を食べる)

次のやり方も腐葉土がよいとされる、土と水を1:1でかき混ぜ沈殿するのを待ち水を捨てる。その研いだ土に水を加えかき混ぜ今度は上水を取り置き沸騰させる。すると水の中の有機成分があくとして出てくるのでこれを食べる。(こちらは土は食べない)

29:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:39:53 nwy
城の庭に松を植えるのはいざとなったら食えるから
53:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:45:19 u3h
>>29
城の前に桜を植えるのは来客の目を楽しませる為、城の裏に栗や銀杏を植えるのは実は非常時に食い、木は薪にもなる為、って実利的な考えしとるよな
32:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:40:22 Kde
ところてんを「心太」と書くのは有名な話
というか平安時代はこころぶとって言われてた

余談やけどところてんは夏の季語やで
37:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:41:49 TAc
天津には天津甘栗も天津飯もない
天津飯のタレは浜名湖を境にして味付けが異なる
金ちゃんヌードルは関西にない
41:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:43:09 Z0T
>>37
天津飯のケチャップ味は悪
42:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:43:15 8WR
>>37
ワイ道民、きんちゃんヌードルを存じ上げない
40:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:42:41 Kde
>>37
金ちゃんヌードルがないのは関東やで
関西にないのはペヤングや
47:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:44:41 ytr
>>40
わい静岡県民、金ちゃんもペヤングも食べたで
44:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:43:53 Z0T
>>40
ペヤングなんて関西でも普通に売ってるわ
46:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:44:25 Kde
>>44
昔は関西の一部でしか販売されてなかったんやで
45:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:44:01 ytr
飛鳥どころか縄文時代からクラゲを食ってた
80:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:54:01 u3h
>>45
縄文時代って大したもん食ってないイメージやが、普通に海産物は豊富やし、米やどんぐりクッキーやら山葡萄で作ったワインの様なものとか割といい物を食べてる
82:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:55:12 Kde
>>80
縄文時代の釣り針出土品は見つかってるけど糸が見つかってない
けど食物繊維で作った糸のようなものは見つかっている
昔の人の作業こまかすぎぃ!
85:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:56:08 ytr
>>80
クラゲは流石に最近やと思ってたで
飛鳥時代には天皇に献上されてびびったら
縄文時代から食ってた事実にひえ~や
50:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:45:12 iAg
有毒と無毒の見分け方は基本的に食って生きるか死ぬかである
52:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:45:15 Ncz
トマトは毒があると信じられて18世紀頃まで食べられていなかった
ヨーロッパでトマトを食べるようになったのは18世紀になってからのことといわれています。なぜ、トマトがヨーロッパに持ち込まれてから200年もの間、食用として受け入れられなかったのでしょうか?その理由は強烈な匂いやあまりに鮮やかな赤い色への抵抗感、さらにナス科の植物には麻酔作用や幻覚作用のある植物が多かったことから、トマトも有毒植物であると信じられていたのでは、と考えられています。一説によるとヨーロッパでトマトをはじめて栽培し食用としたイタリア人は、飢饉のためしかたがなくトマトを食べたといわれています。
http://www.kagome.co.jp/statement/health/tomato-univ/literature/voyage.html

63:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:47:39 3hN
ふぐの卵巣の糠漬けは毒が抜ける理由が分かっていない
68:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:48:57 zJi
日本のカレーがイギリス海軍から伝わったもの
イギリス海軍はカレーを食べるときに揺れる船でカレーがこぼれないようにとろみをつけたため日本のカレーもとろみがある
83:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:55:31 h1S
平安時代のコメはくそ固かったから平安貴族のアゴはみな立派だった
84:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:55:59 ZlS
>>83
炊くんじゃなくて蒸してたからね、仕方ないね
172:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)13:46:39 udd
>>83



やから帝はこんなんやったんか
179:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)13:50:48 ytr
>>172
むしろこいつやろ



86:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:56:56 cUR
縄文時代からずっと高級品なのはアワビ
89:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:57:26 ytr
今じゃ黒パンが高いわ栄養あるわで
106:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)13:02:18 xN1
>>89
黒パンはライ麦で作ったパンで
ライ麦は麦よりも冷害に強いが風味が落ちるから庶民の食い物だった
ちなライ麦が麦と同じようになったのは麦畑に生えるライ麦のうち麦に似ているものだけが抜かれずに生き残ったのを毎年繰り返して自然に品種改良されたため
野生種のライ麦は麦と似ていない
95:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)12:59:36 cUR
イタリアでちょっと前にみつかった5000年くらいまえのひとの氷漬け
解剖の結果最後にくってたのは生ハム エッツィとかいうプロシュート的なやつらしい
121:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)13:06:05 ytr
>>95
アイスマン?
125:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)13:06:44 cUR
>>121
せやで
129:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)13:08:58 y4a
韓国人が嫌う豊臣秀吉の朝鮮出兵で日本から寒さ対策として持ち込まれた唐辛子がキムチに使われるようになった
231:名無しさん@おーぷん:2018/04/05(木)14:41:22 oeK


屋台の全面にどんと置いてあるのが醤油
小皿に出すでもなく、ハケも置いてない
ジャボンとつけて食う
ちな、二度付け禁止ルールもないもよう

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カテゴリ:雑談 ラベル:文化 食べ物 Comment (13)

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この記事へのコメント

  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月17日 22:43

    酒を水で割ってたのは強すぎるから薄めてた・・・ではなくて法的にアルコール率に上限があった為
    買い手もどのくらい薄めるかで値段変化、さらには限りなく薄めて売りつける阿漕な商売までやってた
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月17日 23:36

    米五合とかマジ?
    そりゃかっけになるわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月17日 23:49

    ホトトギス 自由自在に聞く里は
    酒屋へ三里 豆腐屋へ二里

    田舎暮らしの不便さを歌った狂歌だけど、
    作者の名前が頭光(つむりのひかる)。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月18日 01:17

    江戸は火災が多かったのでその原因のひとつである揚げ物を禁止にしたかった、そして「神君家康公は天ぷらを食べたせいで亡くなった。だから皆のものは揚げ物を控えるように」と言う風に家康の名を利用し火災を防ごうとしていた、って言う説もある
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月18日 05:31

    今の日本酒も水増ししてるよ
    原酒は20度ぐらいだが、流通してるのは14度前後でしょ
    それどころか限りなく薄めて焼酎(甲類・醸造アルコール)で度数を調整したりもする
    安い日本酒の中身はほとんどが薄めた焼酎
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月18日 07:34

    酒弱い日本人が原酒の度数のまま飲んでも潰れるだけやろ
    紙パックは論外やけど、瓶入りで流通してる酒の品質はめちゃくちゃ高くなってる
    なんでも悪い方に捉えるな
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月18日 08:47

    醸造酒や蒸留酒で水や醸造アルコールを加えるのは
    風味をまろやかにする、という目的もある。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月18日 10:26

    ※2
    今でも運動部だと女でも普通にそんくらい一日で食べるし都会だと米が大量にあるから量的にはあり得なくはない、ただ当日は副菜が偏ってるから・・・玄米だと足りてるんだが
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月18日 12:05

    マグロはデカいせいでシビ(獣肉の訛り、諸説ある)と呼ばれて
    死を連想させる名前の縁起が悪い上に、保存が効きにくいので食う人が少なかった。
    しかも、現代では極上の部位と言われるトロは、江戸時代のデカい一貫ではくどくて人気が無かったので捨てられることも多かった。
    ただし、食用自体は奈良時代から行われている。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月18日 13:21

    醸造酒論議になってるが、全部正解だがデマというか誤解も多い
    ウイスキーの原酒と同じで、原酒全てがそのまま出荷されるわけじゃない
    だからこそ「原酒蔵出し」とかは希少価値がある
    酒精度数を抑えて原酒蔵出しするなんて、コストの中でも手間が一番かかるから
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月19日 00:45

    >戦国時代のロープ
    芋がらを縄状に編み、味噌で煮詰めた代物
    戦地に赴くときは荷縄として使い、出先で刻んでお湯に溶かすと味噌汁っぽくなると聞いた

    >安い日本酒の中身はほとんどが薄めた焼酎
    合成酒は焼酎すら使ってない。つか焼酎を水で薄めたからってまず日本酒にはならない
    合成酒は醸造エタノールに水と化学調味料をぶち込み香り付けに若干の日本酒をマジェマジェして造る
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月19日 08:27

    マグロはヒスタミン中毒をひきおこすので昔はあまり食われなかったのでは?
    魚、特に赤みの魚は常温だとヒスタミンが作られて、食べたらアレルギー即出る。一度発生したヒスタミンは加熱調理しても消えないので、食中毒になる。
    現代でもヒスタミン中毒の原因の50%はマグロとカジキ。
    江戸時代だと冷蔵庫もトラックもないので、大きなマグロを釣っても食中毒起こさずに食べようとすれば、江戸市内や内陸の街では無理、漁村に出向き、陸揚げと同時に調理して直ぐ食べる必要ある。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年04月20日 08:10

    昭和に入っても1日3合は当たり前で、塩辛い漬物とかでとにかく米を食べて腹膨らませてた
    輸送、保存、生産の技術がなく副菜が貧弱になるから仕方ないんだが