「日本の伝統」の多くは明治以降の発明だった説

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【社会】「日本の伝統」の多くは明治以降の発明だった
1:あずささん ★:2018/01/06(土) 15:57:22.64 ID:CAP_USER9.net
「古くから」「昔から」とは一体いつごろのこと?

著者はここで疑問を抱く。その伝統、本当に古くからあるのか??だいたい「古くから」「昔から」とは一体いつごろのことなのか??いつからなら「伝統」と呼べるのか??本書『「日本の伝統」の正体』はそうしたモヤモヤを感じる日本の伝統の数々を検証する1冊である。著者は1979年に「星新一ショートショート・コンテスト」入賞を機に数多くのラジオ番組制作に関わってきた名放送作家。脚本家・作家としても活躍し、日本史についての著作も数冊発表している。

目から鱗の逸話ばかりでどこから読んでも楽しいが、日本の伝統に最も馴染み深くなると思われる年末年始や季節の変わり目の行事から見ていこう。

たとえば正月。無病息災などを祈念するため、初詣に行かれる方は多いだろう。この風習、なんとなく大昔からあるような感じがするが、実は誕生は明治中期である。

1872年、東海道線開通が開通し、川崎大師へのアクセスが容易になる。川崎大師は江戸から見て恵方にあたり、行楽も兼ねて参詣に行く人が急増し、特に1月21日の縁日(初大師)は大盛況となった。

とはいえ、恵方は5年に1回しか来ない。当たり前だが鉄道会社としては毎年来てくれたほうが儲かる。そこで、大晦日から寺社に籠って元日を迎える「年籠り」、年明けはじめての縁日に参詣する「初縁日」、居住地から見て恵方にある寺社を参詣する「恵方詣り」といった古来からの行事を組み合わせ、縁日も恵方も関係ない「初詣」をつくりあげ宣伝文句としたわけだ。(以下省略)

※以下の部分はソース元にてご確認ください。

ソース/東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/203441


引用元
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1515221842

6:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:00:36.96 ID:E8e7xI4y0.net
二礼二拍手一礼って書こうとして調べてみたら
これ昭和からだったわ
645:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:15:36.48 ID:XfAg8vGA0.net
>>6
よかったw
阿蘇神社に行ったけどやり方分からんかった
から適当に手を拍いて拝んできたわ
341:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:47:37.08 ID:ZQ4pXUzd0.net
>>6
最初の二礼って所作として何となく変だよね
696:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:19:58.76 ID:h3U0lPWf0.net
>>6
昭和のいつ頃からだろ?
昔は二拍手だけの人が多かった気がするのにここ最近急に二礼二拍手一礼するようになった
711:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:21:09.34 ID:h4W//VE/0.net
>>696
>昔は二拍手だけの人が多かった

同意
810:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:31:01.36 ID:luhsehg/0.net
>>711
神社本庁の指示やろな
各神社の手水所にも作法図貼ってあったりするし
何故これが現在の二礼二拍手に変わってしまったかというと
大きく説が二つあるのですが
一つは
明治新政府になった際に「神道復古運動」が全国規模でまきおこり、
この復古神道の流れを明治政府は利用して、あらたまった神道を強烈に印象付けるために「二礼二拍手一礼」に変更させたという。

もう一つは
戦後、GHQが入ってきたときに改めさせたという説です。
GHQの占領政策だという説もあります。戦前まで日本神道(国家神道)であり。日本神道である神拝作法の技は、神と一体となるものであり、さらにはこの日本の国体と一体となるものであり、GHQはこの日本神道が日本・日本人の強い精神の源であると気づき、「神道の格下げ」と「国家神道を否定」を行い、神社本庁による宗教法人法で他の宗教と同じ扱いに変えたと言われているんです。

http://takezo-samurai.jp/2016/09/06/worship-shinto-sanpai/

19:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:04:40.37 ID:PY38kANo0.net
正月といえば餅、雑煮、年賀状、門松、コマ、羽子板、お年玉、初詣、獅子舞、どんど焼き…

これら全部が明治の発明なのか?
87:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:15:31.22 ID:MI1ZlGFd0.net
>>19
年賀状は年賀の挨拶回りの代わりだぞ。
708:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:20:54.90 ID:h3U0lPWf0.net
>>19
年賀状は郵便が発達してないときはなかっただろうしな
これだけは今すぐなくしてくれて構わない
772:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:27:00.46 ID:65WLRGJz0.net
>>19
年賀状は、明治以降だろ常識で考えて

それともなにか、大名が江戸から領地に宛てて新年に
書状を飛脚に運ばせた事が由来か?
796:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:28:38.90 ID:hrlGfGnH0.net
>>772

平安時代。
貴族が、新年の挨拶の書状を出してたそうだ。
25:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:05:27.37 ID:yfvJqpuf0.net
百数十年続いたら十分"伝統"だろ
62:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:11:30.99 ID:c877+Yzy0.net
>>25
たった3代前までしか遡れないもんなんて伝統でもなんでもねーわ
七夕の神事なんぞは万葉集の時代からあるぜ
286:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:42:08.51 ID:2y0lB/r20.net
>>25
アメリカは建国して何年?
734:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:23:48.17 ID:7AuL9dMo0.net
>>286
今の形になったのはハワイの州昇格後だからまだ100年も経ってない。
300:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:43:53.85 ID:wf9hyTy40.net
>>286
南北戦争から数えたら・・・150年くらい?
353:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:48:41.81 ID:gBhyZoLx0.net
>>300
もっと古い
独立宣言が1776年なので240年くらいはある
364:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:49:50.72 ID:wf9hyTy40.net
>>353
それはしってるけど
独立宣言してもバラバラだったから、あえて南北戦争基準にしたんだけど
691:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:19:46.76 ID:XfAg8vGA0.net
>>364
昨日Back To The Future3を見てたけど、西部劇の1885年に
デロリアンを鉱山に埋めてからドグが1955年に掘り出すまで
の間70年間って言ってたけど凄いよね。
どんだけ発達したんだと。

まあうちのばあちゃんが小さい頃も電気も無かった
29:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:05:50.97 ID:w9iBN4e40.net
神社も明治以降にできたものだしな
本当に江戸時代からあるような神社は人が来ないようなところにひっそりとしてる
104:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:19:23.65 ID:MI1ZlGFd0.net
>>29
>>29
富岡八幡宮
94:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:16:42.85 ID:nJpEcRr/0.net
>>29
伊勢神宮。
161:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:27:54.23 ID:cjDM9dwS0.net
>>94
伊勢神宮が昔からある神社であることに異論はないが、明治以前は境内に寺があったので今の神社のイメージとは異なるんじゃないかな。
228:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:36:32.77 ID:xUWYhaBB0.net
>>161
伊勢の神宮に寺は後から出来て
またなくなっただけで寺があるイメージも
一時期のイメージじゃないかな。
むしろ今のほうが一番ものと神宮のイメージに近いのかもよ
38:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:06:58.85 ID:gir47qHE0.net
世界大百科事典 第2版の解説

はつもうで【初詣】


正月元旦の早朝,社寺に参詣する習俗で,ふつう除夜の鐘をきいてすぐ参詣に行くのを二年まいりと称している。
都会の民俗として全国的に広まったが,とくに年の神のやってくる恵方(えほう)の方角にある社寺に参るのが
よいとされた。恵方は陰陽道の知識に基づくもので,幸運のもたらされる方角とされている。
恵方参りの初詣は,江戸時代,京,大坂,江戸を中心に,節分の夜行われていたが,一方,大晦日の夜,
家の主人が氏神の社にこもったり,社前でたき火をして徹夜する風習があった。
.
出典 株式会社平凡社/世界大百科事典 第2版について


>>1は初詣自体が明治からだと思ってるデマ
43:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:07:56.21 ID:XmvhUqGU0.net
100年やればなんでも伝統になる
45:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:08:17.52 ID:De4UFXBE0.net
ブラタモリであった気がするけど鉄道会社が初詣を宣伝したとか
交通網が発達しないときついからね
50:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:09:15.98 ID:quYE9ffq0.net
伝統行事であるハロウィンにコスプレしないとは、貴様それでも日本人か
88:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:15:32.94 ID:bnJs8Jes0.net
明治どころか戦後からのが多いんじゃないか?

年賀状も戦後に流行ったものだし
89:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:15:43.75 ID:fdd9Hf/i0.net
明治以降なら十分伝統と思うけど
90:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:15:44.58 ID:Y4UmpWSH0.net
巨人×阪神戦ですか
97:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:18:16.47 ID:SI5s/boM0.net
かったっぱしからそれら淘汰していけば
無駄がなくなり更に景気が上向くんじゃないか
98:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:18:38.07 ID:CYwoDNPe0.net
『恵方巻は日本古来からの伝統!!』って、ノルマを課されたコンビニバイト達が
売り上げ拡大のために必死に書き込みしてんのに、こういう風に邪魔すんのは良くないわ。
153:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:26:57.91 ID:WwcMDJL10.net
>>98
ていうか、「のり巻き」はそもそも
「恵方信仰」はむしろ幕末まで普通にあって、明治政府によって弾圧されたものだよ。
大安吉日とかあるだろ。あれも明治期に「ただの迷信」として廃されたが
庶民の信仰によって生き残った。
100:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:18:50.52 ID:X7ACUMEc0.net
そもそも「日本の道徳が~風紀が~」とか言ってる連中の価値観は明治になって外国から入ってきたものだし
412:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:54:20.37 ID:T2GoXhLJ0.net
>>100
ちょっとまて、外国に道徳や風紀なんかあったっけ?
やらずぶったくりの無法者だよね
438:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:56:38.73 ID:X7ACUMEc0.net
>>412
まあキリスト教的価値観だわな
112:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:19:56.31 ID:BRDENxwM0.net
相撲も歌舞伎も今の形になったのは近代だw
122:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:21:35.54 ID:WATdg95o0.net
日本の伝統その1
TwitterでFF外からリプ入れるときは「FF外から失礼します」と前置きする
126:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:22:27.39 ID:65wGy+Fv0.net
伏せ丼っていつからのしきたりだっけ
131:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:22:59.70 ID:rBjbv71e0.net
日本の伝統なら夜這いも一夫多妻も混浴もみな伝統のはず
145:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:25:58.12 ID:PKNlAwjx0.net
>>1
じゃあ、江戸時代のブームに倣って、伊勢参りに行けばいいの?
155:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:27:00.45 ID:wf9hyTy40.net
俳句「…」
落語「…」
相撲「…」
将棋「…」
神道「…」
163:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:28:01.46 ID:.net
>>1
そもそも"伝統"の定義すらないだろ
10年か?100年か?1000年か?
どんだけ続けば伝統になるんだ?
そして伝統とは個なのか多数なのか
つまりよぉ、例えばおまえがオナニーを毎日欠かさずしてたとするだろ?
伝統の定義が10年だとしたら"伝統"と呼べるか
それとも他人に知られて認知されたら伝統と呼ばれるのか?
30年続けてても他人が知らなければ伝統と呼べないのか?
498:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:02:41.38 ID:t3sAGpx90.net
>>163
「伝統」って「伝」って入ってるから、少なくとも世代交代一回は必要な感じはする。
534:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:05:43.09 ID:PMduTDJr0.net
>>498
恵方巻きはダメだww
544:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 17:06:30.56 ID:odxPtCEw0.net
>>534
恵方巻きもコンビニがあと数十年言い続ければ伝統になるぞw
170:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:28:22.39 ID:TKcSxKb20.net
>>1
野菜に至っては戦後に広まったものもある。

だから、うちの爺ちゃんは、
ハンバーガーに挟まっているレタスやトマトを外すぞ。

爺ちゃん曰く「レタスやトマトは,日本にもともとなかった野菜。
戦後GHQに食べさせるために日本の農家が作らされた。
つまり,レタスやトマトは敗戦の味だ」。

こんなことを,大好きなハンバーガーを食べながら話していた。
195:名無しさん@1周年:2018/01/06(土) 16:32:11.15 ID:H5A83RMB0.net
>>170
生野菜を食べれるようになったのは冷蔵庫が出来てからだからなw
サラダなんて食べ物は存在しなかったし

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カテゴリ:日本史 ラベル:明治時代 文化 Comment (59)

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この記事へのコメント

  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月15日 22:59

    明治由来を懸命に守ろうとする似非保守
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月15日 23:00

    確か一般人の苗字もこの時期からだったか
    それぞれ地域の思い入れある苗字付ける人が多かったから関係ないのに大名と同じ苗字の人とかいるのかね
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月15日 23:02

    そもそも江戸時代なんて誇ってどうするんだよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月15日 23:05

    祭りの際に民謡で踊るなんて話は、
    ほとんどが昭和で、
    場合によっては戦後だったりするしな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月15日 23:17

    歌舞伎だって元々格式高いものではなく大衆芸能だし相撲だって神聖なものではなかった
    相撲の女人禁制ってのも明治とかそこらで始まったもんだし、力士って当時はすげーモテたからそれを諌めるためにそんな決まりを作ったんじゃないかと俺は思ってるんだが
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月15日 23:25

    ※2
    公式に名乗れなかっただけで
    江戸時代の庶民の多くは苗字持ってたよ
    氏を持っていない人間はたくさんいただろうけどね
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月15日 23:30

    文化なんて変化し続けるんだから
    明治以降に始まったものでも原型はそれ以前にあったりする
    それを全部伝統じゃないと言ってしまうのもまた極端な話なんだよね

    例えば二礼二拍手一礼に定まったのは最近かもしれないが
    拍手自体は魏志倭人伝にすら出てくるといったようにね
    ちなみにその頃は神だけでなく貴人にも拍手を打っていたようだ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月15日 23:54

    ※6
    もってねーよ。
    今の名字の適当差みてみろよ。
    上田田上下田田下右田左田中田田中などなど
    田んぼのどのあたりに住んでいたかで決められてんだぞ。
    100人程度の集落の村社会で苗字なんていらないんだから。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 00:36

    どっかの市発行のカレンダーに大安とか仏滅とか入ったのを出したら市民団体が神道価値観の押し付けだとケチ付けて回収になった事件が有ったけど明治政府から弾圧受けたのを市民の力で復活させた物だったんだね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 00:45

    ※8
    江戸時代の寄進帳などには庶民の苗字がいくらでも書かれている
    ある村の数十軒全ての家の苗字が書かれた神社の奉納取立帳なんかもある

    まさしく上田や田中など
    村のどのあたりに住んでるかで苗字が決まった例は非常に多い
    庶民が苗字を持つようになったのは中世の頃なんで
    その頃の惣村社会の産物だね
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 01:01

    東洋経済だし、日本の伝統は浅いニダ
    てことでしょう
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 04:09

    なくすべき伝統はいくらでもあると思うわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 04:45

    一般人に広まったのが明治や昭和が多いってだけだろうが
    そんなもん伝統料理なんて庶民は食べれてなかったから近年に発明されたものとか言うようなもんだろ
    アホくさすぎるわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 06:23

    逆にギリギリでも江戸時代なら伝統になる根拠もない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 06:39

    何時から伝統かなんて言いだしたら切りが無いしな。
    そんなこと言ったら、天皇家の菊の御紋だって後鳥羽天皇からだから、天皇家の歴史的にはやや浅いってことになるし。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 06:46

    地域やら身分やらカネの有無やらでみんな違ってた。それが明治以前。
    もし国民みんながやってるのが基準になれば、極論だが「日本古来の伝統と呼べるものは存在せず、現在そう呼ばれているものは全て一部の地域で一部の人間だけがやっていたものに過ぎない」ということになる。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 06:48

    京都の奴等は100年で老舗謳うのはアホだと思っとるらしいですぞ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 06:53

    平民が名字を名乗る習慣は明治からだな
    名字許可令でも名字使わない平民が多すぎたから後に義務化された
    百姓にも名字はあった一方でこの時に名字決めたわと言う逸話も多いことから
    使わない内に忘れたり調べるの面倒臭い和尚が付けたりこの気にカッコイイ名字にしたりおらが村の有名人にあやかったりしたのも結構居たんだろうな
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 07:34

    しょーもない伝統はさっさと捨てとけ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 07:40

    でもまあ、人工的に画一化・全国化された伝統に拒否感あるのも理解は出来る。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 08:42

    >サラダなんて食べ物は存在しなかったし

    至高のサラダがトマトそのものだということを考えると
    サラダの概念自体は大昔から存在していた可能性(至高のサラダ自体が暴論)
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 09:49

    ※21 野菜を皿にのせればサラダにすればキリストぐらいから使えるぞ!
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 10:11

    そもそも生野菜食べること自体が最近だしな
    肥料が発酵不足の肥溜めに寄生虫いたし
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 11:35

    火垂るの墓でお兄ちゃんがトマト盗んでた気がするんだが…
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 11:46

    なんかレタスはものすごい前から日本にあって当時は煮て食べてたとか聞いたことある
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 12:56

    ※8
    田中は蘇我氏末裔が名乗った古事記にも出て来る由緒ある苗字な訳だが…
    あと奈良の地名由来で田んぼじゃないよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 12:58

    >>170
    ハンバーガーはいいのか…
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 13:35

    ※27
    レタスやトマトに惑わされて気付かなかったw
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 14:30

    いわゆるチシャ菜がレタスだよね、奈良時代からあるっぽい
    ついでに調べたらキャベツが江戸時代からで白菜が明治末期かららしいんで、名前と歴史のギャップがすごい
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 15:13

    ※21
    トマト時代食い始めるのは近代入ってからやで
    大航海時代はトマトって観賞用だったはず
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 15:14

    ※30
    トマト時代→トマト自体
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 16:31

    トマトは見た目から毒があるって思われてたとか
    生の野菜は食べると腹壊すからとにかく加熱してたって聞いたことある
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 17:51

    ※30
    トマト=サラダと言いたいんじゃなくて
    生野菜=サラダが至高の理論なら成り立つと言いたいだけやで
    というネタみたいな……というかネタそのものよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 21:00

    至高のサラダがトマトって美味しんぼネタじゃないのか?
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 21:16

    今でも2拍手だけで参拝してるわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月16日 23:28

    それどころかほぼ戦後の文化よ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 00:15

    日本でジャガイモが広まり始めた18c後半はオランダ語のアールドアップルから採って
    「アップル」と呼ばれていた時期もあった。ソースは北槎聞略。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 01:49

    ※10
    庶民は持ってないよ。君の言うのは寄進のできる人が持ってたんじゃないかということだね?
    寄進帳の端の方には苗字のない名前だけというのがいっぱい書かれているよ。
    庶民の中で家柄の旧いところ、ある程度の金持ち土地持ちなどは苗字の代わりに屋号を使った。
    商人ではなくても大百姓はたいがい屋号を名乗ってて、大原屋だの井元屋だのとね。
    周囲の人は大原屋さん、井元屋さんと呼んだ。武士支配の法の抜け穴だったんだね。
    武士以外は苗字は藩主の許可がなければ名乗ることは出来なかった。
    だいたい手柄を立てた(多くは金を用立てた)町人に報奨として苗字を与えることが藩主の専権事項であって勝手に名乗れば処罰された。
    庶民が普通に苗字を持ってたというのは間違いか、なにかを勘違いしている。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 03:03

    ※38
    ・例えば中野区江古田の氏神氷川神社の弘化3年の造営奉納取立帳には全村85軒の苗字が書かれている
    全軒が庄屋や名主だったわけがない
    ・長野県東筑摩郡の碩水寺の天明3年と文化13年の寄進帳にも
    1000人以上の農民全員が苗字を持っている
    ・長野県南安曇郡の富士講の名簿にも2345人の農民のうち無苗は16人

    上のように小作人まで苗字を持っている例がよくある
    ただし地域差があり西日本では無苗の割合が増える
    これは戦国時代から江戸時代に農民間の身分差の激しい西日本で
    下級農民が中世に持っていた苗字が忘却されたから

    というわけで「苗字を公的に名乗る事が許されていない」事と「苗字を持っていない」事は別
    庶民が苗字を持っていなかったというのはかなり古い説だよー
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 07:50

    バカだな
    維新とは伝統回帰だぞ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 13:56

    明治から続いていて、その原型になるものが元々に日本にあれば十分伝統かと。
    初詣の正月に氏神の神社に参拝や正月に初縁日に行くのが日本に習慣として数百年以上あったなら、企業が宣伝で形が変わっただけ。

    庶民がいろんな行事を楽しめるようになったは良いことだ。封建時代だと、大多数の国民はそんなに余裕ないだろうし、そもそも家族が一緒に遠出の手段がない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 14:29

    鮮魚や刺し身といった代表的な日本食も、輸送網&冷蔵技術がある程度発達していないと産地とその周辺でしか食べられないから
    一般的に普及したのは戦後のはずだけど、江戸時代から山間部を除く日本中で食されていた。みたいな感じになっているよな
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 18:58

    ※41
    封建やめたら貧乏じゃなくなるってことはないと思うが
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 19:43

    沿岸部は海魚の今想像するような刺身を食べてた
    山間部は川魚のイワナやヤマメ・アマゴ(清流ならアユ)の刺身を食べてた
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月17日 22:36

    ※43
    封建時代の農民の税率が高すぎる。
    現代で派遣社員に、税率50%、各種の社会保障無し、職業選択や移住の自由がほぼないようなもの。大半の国民は貧しくなるよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月18日 01:04

    ※45
    資本主義になりたての大英帝国も規制がなくて庶民はひどいもんだったし
    結局は力ある人間のさじ加減でしょ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月18日 03:43

    ※46
    だからこそ比較するなら封建の方がヤバいんじゃね
    建前でも人権がないし
    見下すことが社会として当然
    むしろ慈悲かけることこそ異端という
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月18日 08:32

    ※46
     大英帝国の貧民は比較対象がすぐ近くにいるので、語り継がれているだけで封建時代の農民と比較にならないぐらい裕福。
     当時イギリスの人口の10%がロンドンに集中したので、貧民が常に上流階級の豪邸や姿を見せつけられる生活。封建農民は村の中が全てで等しく貧乏なので不満ない、大名や豪商の豪邸や生活はお伽話の世界。

     大英帝国の貧民は怠けて働かず、田舎から出てきた直ぐの労働者は真面目で有名なので、採用試験の面接時には田舎もののフリをした。貧しさを忘れるために税金かからず安いジンを昼間から飲んで酔っ払っていた。封建農民は昼間から飲んだくれてさぼる余裕ない。サボっても給料出る労働者と違い、農作物を育てないと毎日の食事に直結する。下手すればや飢餓で一家全滅。

     比較対象が近くにいると不満たまるのは日本も同じ、江戸周辺農村は女性が農村の生活を嫌がり江戸に嫁に出て、江戸周辺農村は更に貧しい東北農村から嫁をもらっていた。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月19日 08:42

    もうすぐ専守防衛憲法9条も伝統になる??
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月19日 11:02

    ※49
    表向きには軍隊廃止したのに実際にはあるなんてのは平安時代からの伝統だからな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月20日 22:04

    ブラタモリの初詣の件は、成田山新勝寺の参拝者数が伸びた理由を説明したんで、初詣そのものには何も言及してない
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月25日 03:04

    ※44
    川魚とかヤバい寄生虫まみれなのにわざわざ生で食べてたのかー
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月25日 08:38

    ※52
    寄生虫も怖いが、海魚、川魚ともに生食する機会は少なかった。
    冷蔵庫もトラックもないので、保存の関係で干物や薫製、塩漬けにしたり、酢漬けや発酵させていた。
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月26日 13:43

    大和撫子も明治以降だな。
    あまりにも性におおらかだったので西洋人から見て恥ずかしくないように教育しました。
    本格的に意識が共有されたのは昭和かな。
    現在の処女信仰なんて何だろうね
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年05月31日 22:25

    ※54
    処女信仰もキリスト教的価値観の押し付けだよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年06月02日 16:43

    ※38のようなやつってまだいるんだなぁ
    庶民が普通に苗字を持ってたというのは間違いか、なにかを勘違いしている。
    恥ずかしくないんだろうか
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年06月16日 10:50

    ソースは東洋経済
    あっ...(察し)
    幕府ageの偽史クラスタは
    反日極左の理論すら使うから困る

    次は明治天皇すり替え説かな
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年06月16日 23:41

    実際は地方によっては江戸かそれ以前からやってた風習だと思うわ
    明治期は人の移動が多くなるし、外国の情報もいっぱい入ってきたから、
    元々一部地方の物だったもののうちビジネスやガス抜きになるものを
    大々的に広めただけだと思うわ
    要は現代の恵方巻と同じ事を明治期の商売人がやってたわけだわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2018年10月08日 19:11

    ※1 ※54
    女性を土俵入れない相撲も追加で女相撲?ナニそれ?素晴らしき明治の伝統!野蛮だと思われないために必死だったものが、今逆に野蛮だと叩かれているんだね。