三国志って劉備が蜀に行ったあたりでダレるよな

三国志って劉備が蜀に行ったあたりでダレるよな
1:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:38:13.03 ID:94RnIbyEa.net
呂布が中原で暴れてた頃が一番面白い


引用元
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1558514293

2:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:38:36.44 ID:/zVMd4Hkd.net
漢中王になるまでは面白い
3:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:39:10.90 ID:W8jV21LG6.net
漢中辺りが最後やな
4:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:39:44.69 ID:fqmrNsudM.net
まああとは国力弱い方から終わってく一方だし基本おもんないわな
5:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:40:07.94 ID:C5+hFFwJ0.net
漢中あたりは盛り上がるやん
その後はダレる
6:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:40:27.76 ID:inj/aYkRp.net
楚漢戦争とかいう決着までおもろい有能
18:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:43:38.36 ID:C5+hFFwJ0.net
>>6
7年程度しかやってないし
7:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:40:32.21 ID:9MG9fb200.net
孔明出る辺りでもうつまんなくなる
特に演義準拠度が高いほど他キャラが孔明のかませになって魅力なくなってくし
8:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:41:00.48 ID:g6NT7reb0.net
樊城の戦いが胸糞悪い
最悪の結果
40:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:47:02.74 ID:xhfOxvC8a.net
>>8
兵糧攻めで自軍の兵糧が先に尽きるとかいうガイジムーブ決めたのも悪い
10:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:41:39.21 ID:qVbhOJJlM.net
樊城の戦いと夷陵の戦い、ぐう熱いやん
12:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:41:56.75 ID:qSEevAOEa.net
曹操と劉備がいずれ対立すると知りながら手組んでる時期が
大人の腹芸ぽくて好き
13:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:41:59.21 ID:d+S4PbTw0.net
孫呉の存在が癌だとハッキリ言え。
15:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:42:59.08 ID:vdat/z3/0.net
>>13
あんなんでも無いとすぐ終わってしまうし…
24:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:44:46.95 ID:ldYLPVUTa.net
>>13
呉は蜀の立地がキツすぎるンゴ
49:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:47:28.24 ID:dwmKWmoEa.net
>>13
魏呉蜀の三国で一番最後まで残ってたんやぞ
16:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:43:12.61 ID:z4+vqUxA0.net
草鞋屋のクソガキが実は王朝の子孫でした←なろうやん
23:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:44:22.14 ID:fqmrNsudM.net
>>16
転生要素が無い、やり直し
17:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:43:35.19 ID:FEh9NzgH0.net
馬超FA宣言!3年15億で蜀入りへ!
284:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:07:16.52 ID:6F7PIO6Ga.net
>>17
馬岱とか言うやつ付いて来たけどなんやこれ
バーターかな?
493:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:20:56.13 ID:dxDqH81Yd.net
>>17
馬岱の引換券やぞ
21:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:44:14.28 ID:C5+hFFwJ0.net
>>17
馬岱が仕事するからセーフ
78:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:51:28.64 ID:IlT+e6k30.net
>>21
馬岱は最終的にギリギリ億に乗ってそのままポジション固定で引退式って感じの働きはする
19:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:43:46.81 ID:R1cffgWE0.net
馬謖斬って孔明寝込んだあと閑話休題とばかりに陸遜敗走してるよな
28:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:45:30.87 ID:4ma2RxMPa.net
夷陵の戦い大反対したのが実は趙雲で孔明は反対も賛成もしてなかったんやろ?
遡る事数年前、関羽が樊城の戦いに呉が介入した(演義では裏切り)ことにより戦死。首は曹操のもとへ送られ、諸侯として葬られた。
劉備はこの義弟の死を大きく悲しみ、呉への復讐を誓った・・・・と言うのが大体のあらましである。
周りの臣下達はこれを諌めたが、劉備は聞き入れず呉へ進攻。ある程度までは有利に戦を進めるものの、
陣営が伸びきり連絡がままならなくなっていた所を陸遜の火計にかかり敗走。
劉備はそれから程なくして病没、ここに劉備三兄弟は全員没する事となる。
https://dic.nicovideo.jp/a/夷陵の戦い

70:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:50:40.25 ID:rWOppSVFp.net
>>28
実際活躍してたの魏も大将軍の張郃やしなあ
22:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:44:16.68 ID:qVbhOJJlM.net
夷陵の戦いって、劉備はなんであんなアホなことしたん?
孫呉の水軍なめてたん?
普通に水軍で裏(兵站)とられて負けてるやん
30:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:45:41.61 ID:vd2ARpWr0.net
荊州来てから孔明参加までが一番キツい
31:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:45:48.75 ID:94RnIbyEa.net
陸遜とか言う水差し野郎は憤死して詫びろ
39:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:46:49.22 ID:NmLmwCg70.net
>>31
呉の軍師のお家芸「憤死」
32:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:45:59.68 ID:qVKXLQD2d.net
建国した連中が有能で晩年は人材不足を嘆くってまさに戦後日本だよな
だから日本人は蜀が好きなんかな
37:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:46:28.65 ID:qVbhOJJlM.net
>>32
職が好きなのはむしろ中国人やろ
38:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:46:40.66 ID:C5+hFFwJ0.net
>>32
蜀を中心にしたのは中国人だから日本人は後から物語に乗っかっただけで何も関係ないぞ
58:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:48:51.29 ID:qVKXLQD2d.net
>>38
けど日本人は蜀に親近感を感じるからここまで人気になったんでしょ
建国の英雄が戦後日本を経済大国にした日本人に当てはめるとピンとくる
今の日本はその英雄がみんな死んで劉禅が皇帝のころの日本なんだよ
111:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:54:34.13 ID:lq3Y5+Kga.net
>>58
単なる判官贔屓やろ
大正義曹操に対する庶民派な劉備
義経とか大好きやん
67:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:50:30.28 ID:UalU/gBD6.net
>>58
元々蜀びいきの演技を横山三国志として日本で広まっただけやろ
80:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:51:29.13 ID:dwmKWmoEa.net
>>67
これ
なんの正当性もないのに義の人みたいな扱いが広まってホンマ気持ち悪い
33:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:46:04.72 ID:pYXW/Vqlr.net
置いてけぼりの関羽かわいそう
34:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:46:09.10 ID:+Ha8g6F7H.net
呉とかいう火事場泥棒
蜀滅んだ時も攻めてきて敗走するのくっそかっこ悪い
35:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:46:24.24 ID:3LLIATA80.net
あんなに面白いスリキンでもだれるからな
司馬懿でなんとか持ってたけど
41:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:47:07.26 ID:W8jV21LG6.net
蜀漢の正当性を示す為にもまず戦うべきは魏やのにな
42:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:47:14.65 ID:2yAvI/4wa.net
関係ないがドラクエ5はパパス死んだ辺りからだれるよな
44:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:47:16.55 ID:dCAQkx6D0.net
孔明が死んでからがつまらん
45:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:47:21.83 ID:qSEevAOEa.net
諸葛亮と関羽が別行動した時点が終わりの始まりみたいで
寂しくなってくるんや
47:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:47:24.64 ID:mptANz78a.net
一回くらいマグレでもいいから合肥抜けよ孫カスゥ!
50:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:47:46.56 ID:yT1GIhXb0.net
紀霊とかでてくるあたりがすき
maxresdefault
54:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:48:10.70 ID:ihpV+jB3M.net
ゲームでも三国になったあたりではプレイしないよな
劉備が新野にいるときにプレイするよな
127:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:54.56 ID:w6IRAU5wa.net
>>54
ワイ、トウタク・リョフいるころやわ
56:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:48:40.09 ID:DqF2a8xTd.net
呉好きな奴っているのか?ただの既得権サイドだし
84:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:51:52.05 ID:yT1GIhXb0.net
>>56
コーエー三国志は孫堅でノブヤボは毛利でプレイしてるわ
59:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:49:19.33 ID:UalU/gBD6.net
黄権とかいう隠れ有能
61:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:49:40.23 ID:gp+TjbflM.net
呉とかいう風見鶏
62:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:49:40.48 ID:UKU5ZI8W0.net
蜀出来るまでがメイン
63:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:49:43.88 ID:C5+hFFwJ0.net
官渡とかいう天下分け目なのにスルーされる事が多々ある戦い
66:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:50:11.82 ID:PCyAj3OC0.net
>>63
戦犯横山光輝
81:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:51:33.48 ID:riY7lNcy0.net
>>66
横山ってより当時の潮出版社 コミックトムの都合やろ
110:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:54:33.31 ID:PCyAj3OC0.net
>>81
まあそうやけど結果として1番読まれた三国志でガッツリカットはな
65:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:49:59.25 ID:fkXGQkUra.net
関羽が死ななければワンチャンあったんちゃうんか?
反乱起きまくってたんやろ
119:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:30.36 ID:xhfOxvC8a.net
>>65
聞き齧った知識だけどあの辺交通の要所だから取ると取らないじゃかなり違う
90:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:52:47.48 ID:ldYLPVUTa.net
>>65
ない
68:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:50:36.87 ID:/pYlWmIa0.net
蜀行くまではええやろ
関羽が死ぬ辺りから寂しくなる
89:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:52:19.66 ID:lKkpOmnq0.net
>>68
ワイも関羽の死やな
そこから魏も呉も蜀も主要人物がバタバタ死んでいくからの
101:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:53:46.16 ID:C5+hFFwJ0.net
>>89
関羽曹操劉備張飛と初期メンツが一気に死ぬしな
この4人いなくなったらもう別の物語な気がしてくる
69:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:50:39.91 ID:W8jV21LG6.net
結局三国志漫画は蒼天航路が1番おもろいってことや
143:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:56:56.40 ID:1hg484Yqa.net
>>69
惇兄にバブみを感じる
72:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:50:46.87 ID:euq7CwsQ0.net
ゲームのほうなんて三国以前のシナリオでやると劉備なんてすぐ消滅する
73:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:51:08.37 ID:UgJAql1Pd.net
劉備=正義 曹操=悪
76:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:51:24.22 ID:bX+NfNhPd.net
北方三國志の馬超すこ
77:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:51:27.98 ID:dsHA2Rrg0.net
鳳統って有能呼ばわりされてるけど何もしてないよな
94:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:53:01.59 ID:IwqTIv040.net
>>77
酒飲んで裁判してたぞ
254:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:05:01.08 ID:FYYFcmb+D.net
>>77
上策
中策
下策
さぁ選べ
82:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:51:45.47 ID:OMkIBn6kp.net
漢中王→うおおおおおお!!
荊州陥落→ああ・・・
夷陵の戦い→終わった
403:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:15:38.52 ID:ER975oaTM.net
>>82
すっげーわかる
そんで魏とかも曹操世代がくたばって世代交代になるし
88:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:52:17.83 ID:UalU/gBD6.net


これ草
91:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:52:52.26 ID:+owUexZi0.net
関羽とかいう無能
92:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:52:58.23 ID:AK8P84Q/0.net
曹魏が献帝殺してない時点で劉備に大義名分なんてないし
541:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:23:35.21 ID:QeOt7NTdd.net
>>92
殺したと誤報が伝わっちゃったからね
95:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:53:21.22 ID:94RnIbyEa.net
蜀が懐かしいと答えたら謀反の意ありと報告されるからすっとぼけたんやで
有能
93:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:53:01.39 ID:kHg7VPlxd.net
夷陵の戦いって劉備が周辺豪族抱き込んでかなりいいところまで追い詰めた事あんまり知られてないよな
無茶な戦いではあるが劉備なりに勝算あって起こした行軍やで
96:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:53:26.48 ID:t69NZKk70.net
ぶっちゃけ黄巾の乱がピークよな
100:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:53:45.80 ID:kZgoEiY30.net
馬岱って正史だと魏延斬り殺すところくらいしか記述ないんやっけ?
105:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:54:18.82 ID:AK8P84Q/0.net
関羽裏切ったのって古参中の古参で姉か妹が劉備の嫁なんやろ?
それに裏切られるって何したんや
133:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:56:14.10 ID:PCyAj3OC0.net
>>105
もう一回読み直してこい
関羽は劉備を裏切ったことは史実演義どちらもない
140:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:56:52.02 ID:C5+hFFwJ0.net
>>133
糜芳の話だろ
149:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:57:20.14 ID:UalU/gBD6.net
>>133
糜ボウ?のこと言ってるんやないか?
「糜芳」(ビホウ ? ~ ?)とは、徐州の富豪・糜竺の弟で、陶謙の死後に兄と共に劉備に仕えて流浪の二十年に付き従い、


劉備「対呉の最前線の南郡太守が任せられるのはお前だけ」
曹操「お前は見所がある。彭城相(ホウ城相)に任命するから俺のところに来ないか」
孫権「後将軍の賀斉と共に反乱軍の討伐を将軍にお願いしたい」

と三国の英雄達に一定の評価を受けている武将だが、荊州を守っていた際に孫権軍の呂蒙に降伏した事が関羽の死に繋がった事から、他の主だった降将に比べてとにかく人気が無い(特に演義派)。逆に、その人気の無さから目立っているとも言える武将である。https://dic.nicovideo.jp/a/糜芳

181:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:59:51.11 ID:w6IRAU5wa.net
>>133
関羽がやなくて関羽をて言いたい(ビホウのこと)んやろ
108:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:54:29.60 ID:PTfvUJe7M.net
劉備の本拠地荊州にするわけにはいかんの?
148:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:57:08.77 ID:d+S4PbTw0.net
>>108
劉表から譲り受けていれば普通にそうなっていた。
109:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:54:32.18 ID:kZgoEiY30.net
呉とかいう戦争と関係ないところでバタバタ主力が死んでいく国
112:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:54:36.83 ID:EEBsbrGX0.net
黄巾賊あたりで飽きてくる
116:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:12.53 ID:OAr+eR5G0.net
>>112
どこまでが楽しいんや
117:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:22.21 ID:IwqTIv040.net
五斗米道とかいう謎の勢力
五斗米道(ごとべいどう)は、通説では後漢末に張陵(張道陵とも)が、蜀(四川省)の成都近郊の鶴鳴山(あるいは鵠鳴山とも、現在の大邑県)で起こした道教教団。2代目の張衡の死後、蜀では巴郡巫県の人である張脩(張修)の鬼道教団が活発化した、益州牧劉焉の命で、3代目の張魯とともに漢中太守蘇固を攻め滅ぼしたが、後に張魯が張脩を殺害してそれを乗っ取り、漢中で勢力を固めた。

126:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:51.65 ID:kZgoEiY30.net
>>117
でも現代でも残ってるという
134:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:56:19.21 ID:PhZIAJnZ0.net
>>126
マ?
166:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:58:50.03 ID:kZgoEiY30.net
>>134
五斗米道がルーツの正一教っていうのが残ってる
213:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:01:52.13 ID:OAr+eR5G0.net
>>166
共産党的にOKなんかそれ
245:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:04:12.87 ID:kZgoEiY30.net
>>213
後継者の問題でもめて現在も滅茶苦茶になってるけどな
120:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:32.18 ID:PhZIAJnZ0.net
漢中で俺たちの戦いはこれからだ!で終わるべきやったな
123:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:37.78 ID:ldYLPVUTa.net
呉は国そのものの立ち回りや中核人物のしょうもない死に様がね…
144:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:57:01.92 ID:kZgoEiY30.net
>>123
50半ばで70代の爺と喧嘩して放火する皇帝がおるらしい
125:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:42.50 ID:nJkaDQv80.net
劉備が呉を奪い取ったら魏と対等ぐらいになるんか?
136:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:56:30.86 ID:C5+hFFwJ0.net
>>125
ならない
本州九州四国ぐらいの国力の差がある
198:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:00:36.94 ID:2XWQ7BeQd.net
>>125
魏の国力は関東中部近畿を制圧してるようなもん
それ以外全部を取ったところで魏には到底及ばない
128:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:55:56.21 ID:NpcAftZLp.net
中国でも最近は曹操見直されてるからな
劉邦好きで曹操嫌いな意味がわからん
154:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:57:50.01 ID:+owUexZi0.net
>>128
そもそも昔から曹操と魏が一番やろ
162:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:58:24.31 ID:NpcAftZLp.net
>>154
いや違うけど
少し前まで曹操は嫌われてたぞ
176:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:59:30.23 ID:kHg7VPlxd.net
>>154
日本でも中国でも蜀一強やったぞ
日本では蒼天航路、中国では毛沢東の再評価運動でようやく人気出た
187:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:00:06.88 ID:C5+hFFwJ0.net
>>154
毛沢東が曹操評価するまで地の底の人気だぞ
確実に日本人のが曹操好き
515:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:22:36.97 ID:ER975oaTM.net
>>154
分かりやすい例やと
北宋の時代は魏が正統って説が根強かった
南宋の時代になって蜀漢こそ正統って風潮が強まった
545:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:23:45.03 ID:dOA1x05ka.net
>>515
南宋の頃って基本金元に圧迫されてるからナショナリズムと判官贔屓が混ざったんやろか
595:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 18:26:22.56 ID:ER975oaTM.net
>>545
自分達が南に亡命政権打ち立てたりフィードバックする所があったんやないの
あと、南宋が滅びる決定的な原因が襄陽-樊城ラインを破られた事やし
後々の演義の広まった時代とか色々と思う所はあったんやと思うで
130:風吹けば名無し:2019/05/22(水) 17:56:08.87 ID:94RnIbyEa.net
お前らも阿斗ちゃん再評価してーや
カテゴリ:海外 ラベル:中国史 Comment (176)

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この記事へのコメント

  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 12:43

    >お前らも阿斗ちゃん再評価してーや

    陳寿「流石に本人が目の前におるのに悪く書けへんなぁ」
    陳寿「せや、呉臣の口を借りたろ」
    薛珝「劉禅は暗愚ですよー、バカですよー」
    劉禅「ファッ!?」
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 12:58

    なんJ民程度の知識でああだこうだ言われてもな
    劉禅再評価とかもうええわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 15:21

    長坂の逃避行からの諸葛亮参加→赤壁→蜀入り→漢中の流れは
    全盛期ドラゴンボールばりの盛り上がりやろ。

    そこからの樊城→夷陵→劉備死没は物語を畳む為の消化試合感で盛り下がる。
    劉備に合わせて主要人物がバタバタ死ぬところとか
    作者も飽きたんだな感すら漂う
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 15:34

    この時代自体箸休めみたいなもんで本番は永嘉の乱からだからな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 18:42

    皆大好き三国志やね(ニッコリ)
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 19:13

    ※4
    こんだけ時間かけて統一したのにまたすぐ分かれちゃうから仕方ないね
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 19:38

    五丈原から蜀滅亡まで30年くらい何やっとったんやあいつら
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 20:36

    クライマックスは
    全ての子孫が皆殺しになるところだから…
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 21:09

    三国志なんだけど三国志以前の群雄割拠が面白いと思ったりする
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月26日 21:20

    ※9
    ゲームでもそうだけど群雄割拠から一定の勢力築くまでが一番楽しいよな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 05:30

    >>133のような奴って小説読むのに苦労しそうだな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 07:24

    呉の存在感は面白いんだけどなぁ
    そもそもの話として三国鼎立構想は魯粛の発案で、曹操対策を考える際に南北2国での対決を目指した周瑜と、巴蜀における第三勢力との共闘が現実的で旨みも大きいとする魯粛の意見が提示されていた。諸葛亮はそれをパクったうえで呉ではなく劉備陣営の利が大きくなるように改良。荊州南部をかっさらっていったもんだから周瑜は激怒したが、魯粛はそれでも関羽との同盟交渉を先導した。いわゆる三国時代の成立には魯粛およびその案を採用した孫権陣営の意向が大前提になっている

    一方で長江流域の開発に先鞭をつけた(というか死活問題として取り組まねばならなかった)のが孫呉。ここの武将はだいたい南方異民族との戦争でこそ活躍していて、この時代以降から中国大陸南部の漢民族による本格開発が始まった。南北朝時代になんとか南朝側が勢力を維持できたのは孫呉以来の政策の賜物だし、最終的にそれは中国史上初めて南から攻め上がって統一を果たした明王朝の出現、および近現代における長江以南の大発展に繋がっていくことになる
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 07:39

    どんでん返しみたいなイベントがないから後に行けば行くほど順当な消化試合感あってつまらなくなるな
    黄巾の乱や董卓連合辺りで後の英雄達が集結して各地で交戦してるのは熱いし、その後の曹操が袁家下して孫権が赤壁して劉備が入蜀して勢力築く辺りで盛り上がるのは確かだけどそこがピークかな
    髭が死んだ辺りから怒涛の英傑死亡ラッシュな上に2世武将もイマイチ魅力に欠ける人ばかり
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 08:43

    >>12
    三分の発案は魯粛は劉表の死後、諸葛は生前
    江南の開発も先秦からすでに始まってるぞ
    南方に大きな発展があったのは秦が楚を討ち漢が越を討って併合したとき、あるいは永嘉の乱で北から大量の人民が流入したときで呉が特にやったことといえば百越討伐くらい
    江南の大発展は隋唐からすでに起こっていて南の物資を北に運ぶためにわざわざ大運河作ったほどだ
    昔からあの地帯は「揚一益二」「蘇湖熟すれば天下足る」なんて言われていて何も近現代まで待つ必要はない
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 11:11

    漢滅亡

    三国分離

    晋の統一。すぐ滅亡←何やっとんのや…

    南北分離

    隋の統一。すぐ滅亡←あのさぁ…

    晋と隋の期待外れ感が半端ない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 11:43

    横山版はアニメで官渡の戦いをしたからセーフ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 12:52

    糜芳のやった戦時中に軍資を不手際で燃やすって呉だと終身刑なみの大罪なんだよなあ
    孫権はおなじことやった孫匡に怒り狂ってを宗族から外し姓を奪って終身禁固にしてる
    兄の糜竺は弟を恥じて自らを縄で縛って出頭して劉備に咎められなかったもの怒りのあまり病没したと書かれてる
    季漢輔臣賛では裏切り者で蜀呉で笑いものになったと書かれ虞翻に徹底的に馬鹿にされてる
    ネットでは大概、関羽が悪いことにされるが関羽の統治は恩信が行き届いていたと敵に評される程度には上手く治めていた
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 13:18

    あんまり詳しくないんだが、三国鼎立時代って献帝からの禅譲から始まるのかそれとも献帝が曹操の元にある時からなのか
    一応形としては禅譲までは劉備も孫権も漢の臣だった、でいいのかな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 13:36

    ※12
    ぜんぜん三国志読んでないだろ
    北方誠多務也。因其多務、剿除黄祖、進伐劉表、竟長江所極、據而有之、然後建號帝王
    魯粛の建策は北方が雑務に煩ってる間に黄祖と劉表を討って長江沿岸を奪って帝位につけっていっただけ
    孫権は自分は漢を助けることを願ってるとこの話に耳を貸さなかった

    諸葛亮の対陸中は、劉備が容易く荊州を得れる状況にありその水運南海の地理的利便性を説き
    益州の豊かさと劉璋の闇弱さ張魯による混乱を説き益州士人が不満を持ってることを語り
    孫権や西方異民族と結んで、北方に変事があれば荊州の軍を宛・洛に向かわせ、益州軍を秦川に向かわせる
    地理や当時の情勢を深く分析した上の統一の為の戦略提起であって単に残った土地を奪えなんていってない

    そして劉備の戦略はほぼこれに沿って行われた。劉表没後に荊州を無理に奪うことこそ拒んだものの
    江南四郡を攻め落とし、不満を持ってた益州の内応に乗じて奪い、曹操への反乱が続いて関羽が北上した
    だから陳寿の諸葛亮集でも晋の劉弘の碑文でも諸葛亮が結果的に天下を三分させたと記録されるんであって
    三分の計などいう言葉も後に起こった結果から発した三国志演義の定三分隆中決策からきてるだけ
    魯粛の発案をパクったとかまったく史書に欠片もない頓珍漢な出鱈目、そもそも言ってることは根本的に異なる
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 14:05

    なんでも演義のせいって言ってる奴ってたいてい正史読んでる訳ではなく蒼天あたりを読んだだけなんだよ
    献帝は密敕出して曹操を討たせようとしてる。だから劉備も孫権も漢を助けるという名分で曹操と戦ってた
    演義が改変したんじゃなく直後から曹操は献帝を欺いて天下を得たと批判され蜀漢の正当性もある程度認められてる
    だから演義が成立したんであって前後関係が逆
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 14:13

    >>18
    三国鼎立時代っていうんだから孫権が帝位に登って三人の皇帝が揃った時から始まるんじゃないの?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 15:03

    >>17
    裴松之が言うように孫匡は孫朗の間違いなんだろうか
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 16:12

    お前は人生ずっとダレてるのにな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 16:58

    定軍山の戦いの最終決戦感は好き
    いつも曹操から逃げ回ってた劉備が自分の国を手に入れ強力家臣団を要して曹操を真正面から打ち破るとか胸熱やろ
    メンバーも劉備、諸葛亮、法正、張飛、趙雲、馬超、黄忠、魏延vs曹操、夏侯淵、曹洪、張コウ、徐晃、曹真、曹休と豪華メンツやし
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 17:46

    >>12魯粛の最初の発案は実質天下二分で
    同盟相手を作って曹操に対抗するという天下三分の計は諸葛亮が発案したもの
    魯粛は諸葛亮と出会って諸葛亮案に計画を変更する
    ちゃんと呉が有利になるように計画して動くところが魯粛の凄いところである
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 17:52

    関羽張飛劉備死ぬという鬱展開
    →その後ギャグみたいな南蛮編

    暗い展開で人気下がったからテコ入れしたとか思われそう
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 18:39

    ※20
    あれ先主伝にしか書かれてないし劉協自ら出したかどうかは不明だけどな。
    そもそも劉協を認めない袁紹の圧力が高まる中で、劉協が朝廷の勢力範囲を広げつつある曹操を排する理由が無い。
    計画の中心だった董承は元董卓配下で董卓が立てた劉協の外戚でもあり、同じ董卓配下の諸将との権力争いの為に劉協を利用している。
    船で逃げる際には群がる人々を容赦なく切り捨てるなど残忍な性格で、自分の権力を保持する為には昨日までの仲間を平気で捨てる人物だった。
    その権力争いの末に招き入れたのが新鋭の曹操だったが、曹操が実力を付けて来ると今までと同じように詔勅という名目で、次なる新鋭の劉備を使って暗殺しようと企んだのではなかろうか。
    劉協の外戚という立場であり更に幕府を開いていた当時の事実上のトップの董承なら、偽の詔勅ぐらい幾らでも出せるからな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 19:03

    ※20
    >>なんでも演義のせいって言ってる奴ってたいてい正史読んでる訳ではなく蒼天あたりを読んだだけなんだよ
    蒼天航路は史実を基にして作られた漫画なんだが・・・
    >>演義が改変したんじゃなく直後から曹操は献帝を欺いて天下を得たと批判され蜀漢の正当性もある程度認められてる
    蜀のどこら辺に正当性があるんですかね?
    強かな劉備が自分の「劉」という姓が人々に漢の皇室の末裔と思わせる効果を狙って、「漢の再興」という旗印・大義名分を掲げたに過ぎないのに・・・
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 20:05

    ※27
    後漢書献帝記にも密敕を受けってはっきり書いとるわ
    董承は外祖父で不自然なところは一切ない。残虐さなんて曹操に比べたら可愛いもの。伏皇后も曹操を討とうとして逆に弑され献帝もいつまで生きられるかわからないと発言してる。曹操討伐は彼の意思であり偽造なんて妄想以外なにものでもない

    >> 蒼天航路は史実を基にして作られた漫画なんだが・・・
    これはギャグか?あれに比べたら三国志演義の方がよっぽど史書にもとづいてる。知識も正史と脚注のちがいもわからんゴンタと羅貫中じゃあ雲泥の差。正史基準という宣伝文句を謳っただけの創作満載漫画

    効果もなにも劉備は否定しょうがない漢の末裔だ。否定してるのは史書は読まずに筵売りが末裔なわけないと妄想してる人間だけ。あの時代は蓄財をしないのが美徳であり、父を早くに亡くし貧しかったは全く珍しくない。後漢最高の名家の子が馬磨きや租税の運搬、木こりなどで生計を立ててる。曹操の遺言ですら後宮の女は靴を作って生計を立てろだ。正統な皇位継承者がいるのに即位というのも後漢の成立と全く一緒。祭祀を絶やさないという理屈もあり、劉淵の漢始め複数の国家が蜀の称してる。正当性が全くないなんて無知の戯言だ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 20:27

    いつまでたっても評価されない黄祖とかいう孫呉の宿敵。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 21:57

    ※17
    関羽も処罰するぞと脅すなんて半端な対応せず呂範みたいに問答無用で更迭すれば良かったのに
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 23:54

    赤壁までは文句なしの英雄談
    漢中勝利までも、蜀乗っ取りの汚さはあるけど、最大のライバルであり悪役の曹操を圧倒した物語のハイライト
    そこから驕りによる悲劇と敗北
    後はダラダラとした展開
    けれど、この落差こそ三国志が読み継がれる名作古典たるゆえんだと思う
    語れるからね
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月27日 23:57

    ※29
    >>これはギャグか?あれに比べたら三国志演義の方がよっぽど史書にもとづいてる。知識も正史と脚注のちがいもわからんゴンタと羅貫中じゃあ雲泥の差。正史基準という宣伝文句を謳っただけの創作満載漫画

    なお根拠0
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 00:35

    蒼天航路は史実準拠という看板だけど
    演義も伝説もゴチャ混ぜだしかなり創作多いぞ
    魏の軍師とか曹操ageのために犠牲者になってる奴多いし
    赤壁の戦いとかファンタジー満載だし
    作者自身が史実よりも蒼天航路らしさを重視してるってぶっちゃけてたし
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 01:32

    三国志演義批判する人間は九分九厘演義なんて読んでない。横山か吉川、下手すりゃ無双あたりが演義だと思ってる。演義原文読めば史書を深く読み込み他の時代の逸話まで使って史的に話を作ってるのがわかる。蒼天は人物像は完全に現代受けするように改変し史料選択も事実無根性より娯楽性を重視してる。
    このやりかたは演義と全く一緒だが、また劉備や諸葛亮の矮小化もしてる。武帝紀には名前がないとか、誰だっけと言わせたり、その一方で武帝紀 には名前のない周瑜が活躍し武帝紀で曹操を破った劉備は後方で見てるだけ、これでは単に過去の価値観を嫌ってるだけの史実無視にしかならない。曹操も儒教を嫌悪した設定になってるがこれも単に作者の反感の史実現れ。
    求賢令も世が定まっていないからという前提によって書かれ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 01:41

    上ミスった。
    史実では求賢令も世が定まっていないからという前提によって書かれてるもので曹操は儒教的な徳などにすごくうるさい男、恩信をもって法律違反を見逃すという儒教の徳も重視してる。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 03:13

    いや蒼天航路の作者は劉備好きだろ
    準主役ってぐらいの扱いだし
    能力は全然無いカリスマだけの人間って事になってるけど
    あくまで漫画としてのキャラ付けだしな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 04:18

    >>30
    甘寧逃がしたのが一番デカいわな
    いつまでも賊扱いして認めようとしなかった狭量は能力査定でも大減点喰らってるし
    それを言うなら潘ショウとか馬忠だよな、あの二人関羽直接殺してるのに評価低いからな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 07:25

    劉備が嫌いなんて話誰もしてなくね?
    論点ズレとる
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 10:49

    ゴンタが好きなのは自分が作った劉備の造形だろ
    自身に似てるとか言ってるし、劉備自体は時代の価値観も理解せず、曹操含め多くがやってる妻子棄てを嫌悪して異常な書き換えしたり、曹操の暴虐さには触れず劉備を反曹操なだけの鼠賊とか言わせてる。乱世を拡大させそこで権力を得た曹操に従わないから乱世が長引くとか狂った理屈をぶつけてる。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 12:41

    >>40蒼天劉備の妻子捨ては単に劉邦の真似させたかっただけでしょ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 12:44

    関係ないと言いながらパパスの話題を切り出す奴はどこにでも涌くなw

    三国志は董卓を討伐する辺りが一番面白かった
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 13:48

    ※40
    それ何も間違ってないじゃん
    曹操が残虐とか言ってるけど劉備の方が残虐エピソードあるからな?
    面会を断られたという理由だけで督郵を殺しかけたり、
    長板で民衆を無理矢理連れて行って盾にしたり、
    皇帝即位の際に大勢の家臣が反対したのにそいつらを他の理由にかこつけて処刑したり、
    他にも裏切り・悪政・虐殺などもやってるし、どう考えても劉備よりは曹操の方が人格はまともだし指導者として優れてる
    本スレにも書いてる奴いるけど劉備みたいな血統詐称ヤクザに正当性なんかかけらもないよ
    日本人に君みたいな熱狂的な劉備信者が多いのはやはり判官贔屓だろうね
    中国では曹操=善 劉備=悪 これは当時からもそう思われていて
    「劉備がいる所には常に戦乱が起こる」と言う風に言われていた記録も残っている
    民衆としてはさっさと曹操の天下統一・曹操の治世を望んでいたのに
    劉備が無駄に戦争を起こしまくっていたから忌み嫌われていたんだろうね
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 15:12

    >>43
    あまりにでたらめなことを言っているので横からすまん

    >長板で民衆を無理矢理連れて行って盾にしたり
    これはどこに書かれている?

    >皇帝即位の際に大勢の家臣が反対したのにそいつらを他の理由にかこつけて処刑したり
    その人たちの名前は?

    >裏切り・悪政・虐殺
    具体的には?

    >血統詐称ヤクザに正当性なんかかけらもないよ
    『三国志』先主伝やそれが引く『典略』に漢室の末裔と書かれている件についてどう思う?

    >「劉備がいる所には常に戦乱が起こる」と言う風に言われていた記録も残っている
    何という記録に残されているの?

    個人的な好き嫌いはいいとして叩くための虚言や印象操作はムカツクわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 15:30

    ※43
    さすがに妄想がひど過ぎ、三国志を読む気がないなら史実なんて語ろうとするなよ。聞きかじりばっかり
    魏略の注釈に劉備が棒打ちにした理由が書いてある。まず郡内の官吏が首になるのではないかという噂がながれ劉備は自身もそれに含まれてることを心配した。郡の査察官である督郵に面会に行ったら詐病で面会を拒否されたから棒打ちにしたというもの。職務怠慢に怒って棒打ちにしたんであって、当時の人間は非礼であったという理由で簡単に斬ってるのに、劉備なんて自制してる方だよ。曹操だって呂伯奢事件はじめ不審な人斬りの逸話はある。孫堅だって侮辱的な扱いをしていた上司を斬ってる。

    民衆を盾なんて妄想もいいところ。正史にはっきり劉備を慕った民衆とかいてある。曹操が徐州で大虐殺を起こし、袁紹の捕虜8万人を生き埋めにしたりするから民衆は曹操が来るのを恐れてたの。あの時代に民衆が盾なんかになるわけがない。劉備も部下から見捨てて先に進まないと追いつかれると諫言されてるのに従わなかった。だから長坂で追いつかれたんだよ、見捨ててりゃそれこそ何の問題もなかった。

    皇帝即位時の処刑なんて誰が書いたか分からない劉備に批判的な零陵先賢伝という地方史にしかないよ。張裕なんかは劉備の死や漢の滅亡を予言と称して公言してたんだから斬られて当たり前、皇帝即位に批判的な者がかこつけて斬ったんだと主張してるだけで、劉巴や費詩など即位に反対した人間も処刑などされてない。裏切りなんてどう考えても無茶な理屈で裏切ったことにしてるだけ、悪政の記録も虐殺の記録もない。曹操には粛清の記録も虐殺の記録も複数あるけどね。楊修、孔融、崔琰ら多くの無実と思われていたものも才能を惜しまれていたものも粛清してる。血統詐称ヤクザとか言ってる時点で史書をかけらも読んでないのバレバレ。正史の劉備の評もまったく読んでないし統治についても理解してない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 15:50

    曹操は優れた人間だけど残虐な人間であったのは間違いなく当時から何度も批判されてる西晋の陸機、後趙の石勒など曹操批判を行った人間は数え切れない。乱世のまっただたなかで劉備のいるところに戦乱が起こるなんて誰が言うんだろうか?常に乱世を拡大させて大戦を起こしたのは曹操の方、また献帝も曹操を討とうとしてる。民衆が望んでいたなんてこともない。あったら劉備も孫権も国なんて保ててるわけがないし戦乱を避けて中原から民衆が南方に逃亡してたことは三国志中に繰り返し記録されてる。

    中国では早くから蜀漢の正統論は成立してる。曹操悪人のイメージも直後から、能力と人格はまったく別物。むしろ中国人が日本人は曹操を勘違いしてるって言うくらい日本人は曹操が好きなんだよ。それは日本で広まった三国演義が反朱子学を掲げた李卓吾の版本だから、彼の版本には劉備や孔明批判が随所にちりばめられてる。中国ではこの版本は広まらず日本ほど演義劉備の偽善的造詣に反感をもってないの。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 15:59

    関羽「捕虜大漁や♪しっかし兵糧足りんなぁ。せや!犬の領地から強奪したろ!」
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 17:40

    蜀視点だと、諸葛亮が死んだ後はダイジェストでいいだろ的な扱いになる
    下手すると、三国志なのに三国成立する前の赤壁の戦いENDの可能性も
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 18:39

    >>43劉備が悪政と虐殺なんてやった記述は正史には無いぞ
    曹操は明らかに虐殺した事が書かれてるが
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 22:29

    劉備の入蜀はともかく、劉備もしくは孔明が死んだ後の三国演義はラオウが死んだ後の北斗の拳みたいなもんだから
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 23:06

    ※44
    一つずつ質問に答えていこうか

    >>これはどこに書かれている?
    「長板」じゃなくて「長坂」だったね 訂正する
    書かれてはいないが、常識的に考えてそうだろ
    曹操は普通に善政を敷いていたので、民衆としては別に曹操から逃げる理由はない
    なのに劉備みたいなヤクザを慕って十万人もの人がついてくると思うか?

    >>その人たちの名前は?
    張裕、雍茂
    ちなみに処刑はされてないけど費詩は左遷されてる

    >>具体的には?
    虐殺は俺の勘違いだった 申し訳ない
    裏切りは多すぎて書ききれないんだが、曹操・公孫瓚・劉璋など、劉備は数多くの裏切りを行っていて、
    その回数は呂布より多い
    実際、呂布が死ぬ間際でも「こいつが一番信用ならん」と言ってる
    それで劉備は焦って呂布を殺すよう曹操に進言するが、その直後に曹操を裏切ってるからね
    悪政に関しては劉備というより諸葛亮の責任かな
    当時の蜀は国力が圧倒的な魏に無理矢理対抗するべく
    七人に一人が官吏・兵士と言う北朝鮮も真っ青のハイパー軍事国家で、
    税も魏とは比べ物にならないくらい重く、そのせいで蜀の民達は疲弊していた
    このような諸葛亮の統治に対して不満を民衆が不満を持っていた
    だから劉備だけの責任ではないだろうが、諸葛亮を任命したのは劉備なんだから、
    彼にも責任があると考えるのが妥当じゃないかな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 23:07

    ※44
    >>『三国志』先主伝やそれが引く『典略』に漢室の末裔と書かれている件についてどう思う?

    これは血統の話に限らず蜀関連の話題全てに言えることだが、
    正史三国志を著した陳寿は元々蜀の出身でだから、事あるごとに蜀を贔屓してるんだよね
    その証拠として魏呉の人物と比べてやたらと丁寧な言葉遣いをしている
    研究が進んだ今は劉備は皇帝の血筋ではなかったという説が有力なんだけど、
    陳寿は正史を書いたときに「劉備は漢の高祖に連なる」という風に捏造した
    そうやって主君の行為を正当化したんだよ

    >>何という記録に残されているの?

    裴潜伝の劉備評だよ
    正史の劉備は演義のような仁君ではなく、単なる自分の我侭で戦争を引き起こすような奴
    国を大陸を混乱させた野心家のクズ野郎という評価が妥当だろう
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 23:08

    ※45
    曹操の呂伯奢殺害、徐州大虐殺は後世の創作だと指摘されてるね
    曹操は
    ・蜀漢正当論
    ・司馬氏の魏の簒奪を正当化するため
    この二つの理由で残虐非道なイメージが植えつけられている

    それと劉備が張裕、雍茂を処刑したのを正当化するなら曹操の楊修、孔融、崔琰を処刑したことも同様に擁護できるよね?
    楊修は指示なく勝手に退却準備なんてしたんだから処刑されても文句言えないんじゃないか?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月28日 23:08

    ※46
    曹操に対する批判は、彼が凄すぎたからだろうね
    曹操を評価する際、秦の始皇帝や漢の劉邦と並べる人もいるくらいだから
    三国志と言う枠組みを超えて中華史の中でも最高クラスの名君
    それ故に理解できる人を選ぶんだよ
    本スレにも書かれてるけど、だからこそそこまで優秀でもない庶民派の劉備が評価されてたんだよ
    中国では毛沢東の再評価により人気が急上昇したけど、やはり判官贔屓の日本人に曹操を理解するのは無理だった
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 00:06

    >>53
    徐州の虐殺が後世の創作とかとごのデマだよ
    ちゃんとソース出せよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 00:06

    >>54中華統一できてない曹操が最高クラスとか笑わせんな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 00:29

    ※51
    本当に君はあまりにもひど過ぎる歴史を語る資格がない。根拠もなくきっとこうなはずばっかり
    長坂は完全に妄想だし、現実に荊州人の多くは劉備に帰服したとあり、実際に劉備の部下は荊州人が主体。張裕は漢が滅ぶ前にその滅亡と劉備の死を予言して処刑されたのにどうして皇帝即位に反対して処刑されたことになるのか。はっきり正史には張裕の死の後に魏が立ったと言明されてる。君が言ってるのはネットのデタラメ、雍茂なんかは誰が書いたかわからない零陵先賢伝にしか名前がない、別件で処刑されており、かこつけたというのは劉備の即位に批判的なそうに違いないという私見、現に費詩も劉巴も処刑などされてない。また費詩の言論は左遷されて当然だとはっきり後世の史家習鑿歯、裴松之 にも言われている。

    曹操は劉備の主君じゃない劉備の主君は献帝、その命令で曹操と戦ったのに何で裏切りだ。
    公孫瓚をいつ劉備が裏切ったのか。そもそも公孫瓚の部下でもなくもともと青州の県令で彼から青州の平原相に推薦され、徐州に派遣された先で豫州刺史になったんだ。だから正史には青州刺史の田楷の元を離れたとあるだけ、公孫瓚と戦ったりもしていない。推薦された人間の元を離れることが裏切りなら、あの時代の全員が裏切り者だわ。劉璋に関しては最初から内応ありの侵攻だ。だまし討ちではあるがなぜ裏切りなのか。戦乱の世で騙まし討ちなんてそれこそ曹操も孫策も袁紹もやってる。だいたいにして劉璋はもともと赤壁で曹操に加担して兵を送って劉備と戦ってる、部下に騙されたにしろ守ってもらおうなんて考えるのがおかしい間柄。呂布は三度も劉備を裏切っており呂布の発言なんぞ命惜しさ責任転嫁に過ぎない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 00:43

    曹操の統治ってどうやったん?
    河北は曹操の支配地になった後も袁紹の統治を懐かしむ人が多かったらしいやん。
    南陽や淮南は袁術の圧政で荒廃したって言われてるけど、本当は曹操の圧政で荒廃したんやないかと推測。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 00:46

    七人に一人が官吏・兵士これは完全に君の妄想、そもそも滅亡時の崩壊戸籍が元であり、実人口は大きく異なる。戸籍崩壊前の人口は700万人超、そもそも益州に十万人の兵がいるのは、他の時代を見ても他の州と比べてもまったくおかしくない。公孫述はじめより狭い領域でもっと多くの兵を率いてる。魏呉の戸籍比の兵員数も蜀と比率は大差ない。諸葛亮の統治は民衆から大きく人気があり廟が立てられ神格化されるほど、魏の袁準からその統治は国は富めど朝廷は華やがずとかかれてる。呉の張儼もその統治を大きくたたえてる。陳寿の書にも税が魏より重い、劉備や諸葛亮の統治で民衆が疲弊していたなど一言もかかれてない。

    陳寿が旧主に丁寧な言葉遣いをするのなんて当たり前、呉の人間が書いた論文、史書も同じように旧主を敬ってる。そして仕えていた晋や禅譲した魏にはもっと丁寧な言葉をつかってる。もちろん曹操も、なのに言葉遣いが丁寧だから贔屓してるなんて妄想以外の何者でもない、むしろ呉の正史を写した呉書の方が美辞麗句が多いと言われるぐらいで、蜀書なんて一番簡素な記述方をとってる。晋の高官の先祖である魏将を憚って敗戦を濁して書いてるとこの方がずっと多い。そして魏の歴史家魚豢も劉備は漢の末裔とはっきり書いている。研究が進んだ今ではなんて妄想もいいところだ、一体誰がそんな研究をしてるのか、一次資料以外に否定する資料があるわけでもないのに、むしろ状況証拠からなら東北大の山田勝芳先生が劉備の幼年期の逸話から宗室に連なる家であった証明になると主張している。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 01:03

    裴潜伝の劉備評は卿以備才略何如?」潛曰「使居中國、能亂人而不能爲治也。若乘閒守險、足以爲一方主。
    才略をどう見ると聞かれて中原にいれば人は乱せても上手く治めることはできない、もし隙に乗じて険阻を守れば一地方の主になるには足りる才と述べただけ。劉備がいる所には常に戦乱が起こる?小学生レベルの漢文も読めてない。能力の話をしており、人格の話なんぞ一言もしてない。戦乱を起こすなんてどこに書いてるんだ。しかも曹操が中原を治めて反乱が続出してるのに劉備が中原にいれば国は治まるだろうなんて本人の前で言えるわけないだろ。中原の主としては不足、地方領主としては十分、ただこれだけの評だ。

    曹操の呂伯奢殺害、徐州大虐殺どちらも蜀漢正統論なんかが起こる前の史書に記録されている。だいたい陳寿の参考文献のうちのひとつ魏書の成立は藩国晋の成立より前だ。呂伯奢殺害、徐州大虐殺がその二つの影響を受けたなんて妄想以外の何物でもない。魏臣の子孫にも曹操のこれらの行いは批判されており、後漢書が虐殺を過大に書いたのではないかという説はあるが確定でもなく虐殺自体の否定なんて誰も主張していないし、できるはずもない。それ以上に信憑性のある資料なんてないんだから、きっとしたはずだと妄想するのがせいぜい。
    >>楊修は指示なく勝手に退却準備、こんなの君が三国志演義と区別すらついてない証拠、その理由で処刑されたのは演義だけ、むしろ史書では単に楊修の賢察ぶりを示す逸話、彼の処刑経緯は史書では明らかにされおらず単に袁術縁者だったからとも言われる。父の楊彪もそれだけの理由で投獄され処刑されかかってる。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 01:12

    曹操がそんな最高クラスの人間だったら誰でも理解できるだろ。曹操の中国での評判なんて現代でも日本ほどよくない。毛沢東が評価しようがそれは変わってない。中国の偉大な君主のランキングなんて中国人もしょっちゅうやってる。上にくるのは李世民や康熙帝、光武帝、始皇帝など、曹操は上位十人にだって入りようがないよ。君はソースも貼れない。具体的な話は間違い、ネットのデマばかり。三国志原文もまったく読んでない。学者の論文や学術書も読んでない。きっとこうなはずという妄想だけだ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 01:42

    ※53
    持論が矛盾しすぎ。陳寿は蜀に丁寧な表現を用いたから贔屓してるとか言ってるのに、魏の臣下の末裔たちが魏武、曹公などと徹底して敬意を示してるのに残虐なイメージを植え付けたはずってじゃあ君は誰の書も信用できないののにどうやって真実を知ったんだ?晋代にはすでに乱世の英雄、治世の姦賊という評価を受けていた記録があるんだが
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 02:04

    >>52
    言いたいことを代わりに言ってくれた方がいるので私からは一つ
    『典略』は魏の魚豢の著作だって知っておいてくれ
    劉備が臨邑侯の末裔かはさておき魏の史家が皇族に連なると記しているぞ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 18:25

    ※56
    実質統一したようなもんだろ
    呉も蜀も魏に比べたらずっと人口が少ない僻地
    本スレにもあるが呉=九州 蜀=四国 魏=それ以外全部 くらいの人口差がある
    実際司馬炎が統一した後で「呉蜀よりも北の異民族の方が厄介だった」と言ってる
    そもそも北と南では言葉が通じるかどうか分からないレベルで文化の差があり、
    「国」と呼べるかも微妙な土人集団
    攻め込んで支配したとしても殆ど旨みがない
    当時の魏の人も中原支配した時点でもう既に天下統一したと思ってたらしく、
    「呉?蜀?なにそれ?」みたいな事を言ってる
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 18:26

    ※57
    >>長坂は完全に妄想だし、現実に荊州人の多くは劉備に帰服したとあり、実際に劉備の部下は荊州人が主体
    何の反論にもなってないんだよなぁ それは※52にも書いたけど陳寿が劉備を正当化するために捏造したんでしょ
    劉備軍みたいなアウトロー集団にそんなたくさんの荊州人がついてくると思ってんの?

    >>君が言ってるのはネットのデタラメ、雍茂なんかは誰が書いたかわからない零陵先賢伝にしか名前がない
    「零陵先賢伝に書かれている事は嘘」という理屈が意味不明なんだが・・・
    それなのに督郵の件については魏略の記述を信じるんでしょ?
    君が劉備が大好きで曹操が大嫌いという事が分かったけど、
    劉備に都合良い資料は本当で、都合悪い資料は嘘なんてのが通用すると思うか?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 18:27

    ※57
    >>曹操は劉備の主君じゃない劉備の主君は献帝、その命令で曹操と戦ったのに何で裏切りだ
    その劉備も主君である献帝が存命中に皇帝即位という簒奪に近い行為をした(誤報って事でごまかしたけど)
    劉備が皇帝の血筋だろうかそんなの関係ない、最後まで漢の臣下を貫き通した曹操とは雲泥の差

    >>戦乱の世で騙まし討ちなんてそれこそ曹操も孫策も袁紹もやってる
    曹操は騙まし討ちなんてやってないだろ 嘘をつくな

    >>呂布は三度も劉備を裏切っており呂布の発言なんぞ命惜しさ責任転嫁に過ぎない
    これこそ無根拠じゃん 何かの資料に書かれている訳でもない個人の感想に過ぎない
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 18:27

    ※58
    ええ・・・ どんな歪んだ性格してたらそんな物の見方になるんだ
    君の頭では「袁紹の統治を懐かしんだ=曹操の統治が酷かった」って事になるのか?
    君は歴史云々の前にその歪み過ぎた性格を何とかした方が良い
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 18:28

    ※59
    俺の妄想じゃないよ
    そちらが専門家を例に挙げてるみたいだからこちらも挙げるよ
    劉備と諸葛亮 カネ勘定の『三国志』 柿沼 陽平
    この本は演義によって植えつけられた三国志のイメージを覆すような事が書かれてる
    例えば
    ・劉備は競馬好き、学歴詐称で、親不孝なボンボン。
    ・劉備はヒゲがないことがコンプレックスだった。
    ・諸葛亮は軍略をたてるのが苦手。
    ・関羽・張飛は劉備にカネでスカウトされた。 など
    その中に蜀は七人に一人が官吏・兵士の極端な軍国主義という事が明記されてる
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 18:28

    ※60
    >>才略をどう見ると聞かれて中原にいれば人は乱せても上手く治めることはできない、もし隙に乗じて険阻を守れば一地方の主になるには足りる才と述べただけ
    ほぼ同義じゃねえか
    要するにあいつがいると戦渦が齎される、曹操の治世を邪魔する事しかできない
    だから早く潰した方が良いって事だろ?

    楊修はともかく、
    孔融 曹操の施政に対して屁理屈言いまくった
    崔琰 曹操に対する上奏文を批評した
    どちらも無実とは言えないが? 
    それなら劉備だって劉封を処刑したことがあるじゃないか
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 18:28

    ※61
    君だってソース貼ってないじゃん
    その「中国の偉大な君主のランキング」とやらを貼ってくれませんかね?
    光武帝・始皇帝はともかく、李世民・康熙帝に曹操が劣るとは思えないんだが
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 20:28

    なんかこういうこと言っちゃいけないんだろうけど、
    なんで他国の英雄でこんな熱く殺伐と話し合ってしまうのか…
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 21:17

    >>68その本自体がソースに書かれてない事をさも史実のように書いたり、著者に都合の良いように史料を切り貼りしてて評判良くないんだよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 21:19

    >>64その土人国家に負けて統一できなかった曹操ってどんだけ無能なの?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 21:25

    ※70
    ttps://kknews.cc/history/6ajbzp.html
    ttp://lishi.zhuixue.net/huati/shidahuangdi.html
    ttp://www.sohu.com/a/229025124_100129517
    いくらでも出せるがね
    李世民・康熙帝を曹操が上回るなんて言ったら中国人鼻で笑うか呆れて言葉も出ないだろうなあ
    この二人は中華史上の名君なら必ず上がる中国屈指の名君だが、まあ三国志の知識がアレなのに他時代の知識なんてあてにもしてないが、逆に曹操がこの二人にどこの部分で勝ってるの?
    ttp://news.yondemill.jp/sangokushi/
    例えばこんな本もあるけど、君は自分と違う見解の研究者の本は信じないんだろ。別にこの人が正しいとは思わないけど
    曹操 [演義] 悪の美学を貫く後漢末のアンチヒーロー
       [史実] “袁紹の部下”で、袁紹の真似ばかりだった?
    劉備 [演義] 周りが助けてくれる“仁徳の人”
       [史実] 一線級の軍才で蜀漢を築いた英雄
    諸葛亮[演義] ほぼマジシャン状態の天才軍師
       [史実] 司令官としても十分優秀、劉備後の蜀漢を独裁で支える
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 21:36

    柿沼あたりの三国志新書読んで歴史の真実を垣間見た気になってしまったんだろうなぁと
    一回色眼鏡無しで正史読んでこい
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月29日 22:55

    ※66
    楊奉がどんな末路をたどったか董昭伝を読んでみろ。自ら曹操を鎮東将軍に推薦して誼を結んだら騙され献帝を連れ去られ、困窮し曹操から奇襲を受けて逃亡した。
    武帝紀にも関中諸侯が人質を送るから自分たちの領土を保障してくれといったときも騙して許した、しそれに期待してた韓遂を騙して仲たがいさせ奇襲を仕掛けてる。
    孫子が兵は詭道なり、騙し合いだといってるのに、それに注釈をつけた曹操が騙まし討ちをしなかったと思ってるのか
    君は曹操を馬鹿にしてるのか?優れた謀略家と評された曹操が騙し撃ちしないなんてあるわけないだろ
    劉邦、張良だって項羽と講和を結んで騙まし討ちして天下を取った、そんなの乱世で当たり前だわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 00:18

    ※65
    >>劉備軍みたいなアウトロー集団にそんなたくさんの荊州人がついてくると思ってんの?
    ちょっとは三国志読めよ。アウトロー集団?
    魏の王沈魏書 備外禦寇難、內豐財施、士之下者、必與同席而坐、同簋而食、無所簡擇。衆多歸焉。
              備歸紹、紹父子傾心敬重。
              表病篤、託國於備、顧謂曰「我兒不才、而諸將並零落、我死之後、卿便攝荊州。」
    魏の傅子    徵士傅幹曰「劉備寬仁有度、能得人死力。」
              傅子曰:初,劉備來降,太祖以客禮待之,使為豫州牧。嘉言於太祖曰:「備有雄才而甚得眾心」
    魏の人間まで陳寿に合わせて改変したのか?どっちも陳寿の書より先に編纂されてるが
    曹操が劉備を高く評価していることも魏系の資料魏氏春秋、山陽公載記にも同様に記載されてる。
    自分と同類だ。人傑だ。とかね、劉備が人心を得ていたことなんてどっからどう見ても歴史的事実
    曹操はじめ群雄たちから深く敬意を寄せられ、劉備が曹操に背いたときも徐州でも豫州でも呼応するものが多かったと記録されてる。これが陳寿の捏造なら、他の歴史家が陳寿の書は誤りばかりと批判するわ。優れた史書なんて評判を受けるわけないだろ。
  • 58 2019年05月30日 01:14

    ※67
    「曹操の統治ってどうだったの?」という質問に対する回答が「お前の性格歪んでる」ってのは変だと思わない?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 01:26

    ※64
    >>呉=九州 蜀=四国 魏=それ以外全部 くらいの人口差がある?
    君が上げた本の著者ですら魏と蜀の国力差は4から5倍と言ってるんだがいったいどういう根拠でその数字が出てくる?それとも日本人なのに四国九州とそれ以外の差すら知らないのか?
    崩壊戸籍人口440万、230万、94万だが?崩壊前の戸籍だとだいたい3000万、1000万、700万くらいだぞ
    この部分は君が挙げた本がまさに正しいんだけど、それすら曲げてなに言ってるんだ?

    司馬炎がそれを言ったのは統一後ではなく蜀は滅び呉なんて国政乱して自壊した最末期だろうが、どれだけ適当なんだよ自壊した国家より強力な異民族のほうが危険ってだけの話。それ以前に蜀呉に何度撃退され、蜀に敗れて亡国の危機と慌て、呉の攻められては建国以来、これほど困難な戦はなかったと述懐してるのに適当知識を披露するなよ

    曹操だって劉備を滅ぼすまで帝位につくべきではないと言われてるし、秦がが統一をはたしてから荊益揚含めて中華なんだが、だから後世に魏は正統王朝とするには不完全だと後世に度々指摘されてるんだが、実質統一したようなもんだったら蜀漢正統論なんて生まれもしなかったよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 03:19

    曹操を持ち上げて、蜀呉の国力を毀損すればするほど
    圧倒的国力差で撃退した二国の武将たちが凄いとなるだけだよなあ
    むしろ数十年かけて何度も大軍を動員して四国、九州降せず功臣討ち取られるってどんだけ曹操ら魏の面子は無能なん?
    秀吉なら三年で一度目の外征で降すけど、それでも島津も長宗我部もそんな過少評価されんぞ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 03:26

    ※67
    間違いなく曹操の統治より袁紹の統治の方がよかったってことだろ
    何度曹操が反乱起こされたか数えてこい
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 03:27

    ※66
    劉備の即位は後漢の成立過程とまったく一緒、より漢室に近い正統後継者も禅譲を受けたものも他に存在してもそれを許容せず統一前に更始帝、光武帝は帝位についた。漢の祭祀を絶やさないという理屈があるんだからその通りに成立した後漢の皇帝である献帝だってそれを非難する理屈は作れない。まして後世に無知で難癖付けることしかできない君がどうして非難できるんだ?
    曹操は自分の部下たちが平然と帝位につく議論を行っていて、自分に天命があるなら周の文王であろうと言ったともされてるんだが、漢の臣下のつもりなんてあったと思ってるのか?

    零陵先賢伝には備以他事殺茂としかないんだが?処刑された理由は他事でその詳細すら書いてない。劉備に会ったことも居合わせたわけでもない人間がどうして処刑の理由がわかるんだ?んで曹操に都合の悪い書、劉備をたたえてる書、しかも零陵先賢伝なんかよりはるかに史料価値が高いものを捏造呼ばわりしてる君は自分を省みるということができないのか?他書と整合性が取れてない、あやふやな記載の史料価値が高くない書物を疑うのは当たり前。君は根拠もなく曹操に批判的だからという理由で一級史料の三国志や後漢書を否定してるけどね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 03:38

    ※68
    学術書でもない文芸春秋から出てる扇動的な新書一冊読んで、それを信じ込んじゃったわけだ。別の本も読んで比べてみなよ。ちゃんとした学術書を

    犬馬→ドッグレース→競馬みたいなもんと訳したんだろうが中国人は喜歡評馬論犬とその部分を訳す、張作耀さんの劉備傳などもそうだ。狩猟に使う犬、馬を評論するのを好んだ。そういう文だ。 ドッグレースは賽狗という、歴史も浅く、犬馬がドッグレースだったなんて中国人は毛ほども思ってない。まして競馬なんて文章から一言も伺えない。

    学歴詐称は根拠ないし、盧植を師事した事実はその本でも認めてる。だいたい劉備は著名な学者陳紀、鄭玄の教えを受けていたことが華陽国志に記載されている。官吏になるのは遅かったから親不孝とはいえるかもしれないが、それに輪をかけた親不孝者が曹操だろうが、放蕩息子で自分の戦役に巻き込まれて親を死なせてるんだから。軍略を立てるのが苦手なんて零陵先賢伝の劉巴への謙遜をそのまま書いてるだけ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 03:41

    統治内容も民衆が苦しんだはずという何度も繰り返す推測だらけ、7人に1人が明らかな間違いなのは指摘してるし、魏呉と兵員比率は変わらない計算してみろ。蜀軍の兵士は戸籍に乗らない異民族が多くを占めていたことも書かれてる。しかも著者は諸葛亮の政治手腕は評価している。都合のいいところだけ抜き出すな。関羽は吾極知曹公待我厚。然、吾受劉將軍厚恩、誓以共死、不可背之。とあって曹操から贈られた恩賞に全部封をしてともに死のうと誓った劉備の元に返ったんだけど、蜀攻略後に手厚い恩賞を与えたから金で雇われてたなんて論理として成立してない。この作者は赤兎はポニーだとか誤解を招く表現をわざと使ってる戦国時代の作家研究者がやって批判されてることを丸まる踏襲してるなど明らかに興味を引ければ誤解されても構わないというスタンスで衝撃の残る言葉を選んでるだけ。だいたいあんた実際にその本を読んでるのか?書評から抜き出してるだけのようにしか見えないが

    ※69
    >>ほぼ同義じゃねえか
    文盲すぎる。主人として中原で民を治める能力はないから執権すれば人は乱を起こすだろう。こういう文を妄想で捻じ曲げるなそして実際に統治して乱が頻発したのは曹操だ

    批判したら処刑されて当然なのか?二人とも無罪だと思われてて何人もが助命嘆願したんだが、崔琰は上奏文を批評内容を讒言されてそれを信じた曹操に殺されたんだが、三国志を本当に読んだことあるのか?息子の曹丕さんもこの二人の才能を深く惜しんでるだが。
    劉封なんて味方の援軍拒否、味方の軍を奪って裏切らせ領土を奪われる、これで処刑されたんだがこの二人と一緒か?こんなんな刑死なら曹操はもっと出てくるだろ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 12:51

    劉封はとっとと魏に走ればよかったのに
    やっぱ孟達はぐう聖
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 17:03

    ※66
    >>呂布は三度も劉備を裏切っており呂布の発言なんぞ命惜しさ責任転嫁に過ぎない
    >>これこそ無根拠じゃん 何かの資料に書かれている訳でもない個人の感想に過ぎない
    実際に献帝春秋や後漢書で呂布は劉備に命乞いの口利きを頼んでるんだけど、劉備が至極全うな丁原と董卓がどうなったか語ると怒って劉備が一番信用できないとののしって処刑された。これが命惜しさの発言じゃなくてなんなんだ。
    後漢書や三国志の呂布評と劉備の評価を比較して裏切りを繰り返し利益だけが眼中にあったと語られた呂布と度量が大きく強い意志を持ち、おおらかな心をもって礼儀正しく人に接し、人物を良く見極めて、ふさわしい待遇を与えた。と語られた劉備、劉備は呂布より信用ならない男なんて無根拠以外の何者でもない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 18:53

    柿沼某の著書のレビューを見てると宮城谷三国志に対するダメ出し思い出した
    00年代までなら称賛されたけど直接正史を読む人間が増えた今となっては古臭い反動的過大過小評価で成り立ってるしょうもない本だな
    渡邉センセもそうだが別に正史に書いてある訳じゃない、考察という名の妄想でしかないものでも学者先生が言うと信じる奴が増えるってだけの話
    それでもある種の新機軸を提示した渡邉センセと違い目新しさすらない訳だ
    そんなもんを根拠にここ最近5ちゃんや三国志まとめ記事で暴れてるみたいだけど無名過ぎてステマを疑うレベルw
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 23:35

    ※42
    あのパパス発言のせいで三国志スレで「関係ないけどパパスが~」って言う奴がしょっちゅう出てくるんだよな
    同様にドラクエスレでも急に三国志の話始める奴もいるし
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月30日 23:38

    ※47
    これホンマ無能
    関羽って内政はそこそこ上手かったのかもしれないけど
    外交のセンスが壊滅的よな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 00:15

    たまに勘違いしてる人いるけど
    劉備が皇帝の血筋であることは蒼天航路ですら否定してないからな?
    曹操SUGEEEEEE!!!はともかく、劉備がクズとかそんな描写ないし、
    ヤクザ云々もぶっちゃけ鬼嚢がどうこう言ってた初期の方くらいなもんだし
    こういうのは蒼天が元じゃなくて三戦板かどっかのネット民が適当な事言ったからだろ、多分
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 07:04

    劉備が意思を持って裏切ったのは徐州謀叛くらい
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 11:22

    ※89
    あれ明らかにやったの関羽じゃないぞ。湘関ってのは零陵郡と長沙郡の境にある。漢水の北岸樊城にいる関羽がここの米を当てにするのはありえない。南郡や上庸郡よりはるかに遠く陸路なら二度も荷物の積み下ろしをしないといけない。水路なら呉領を通らないと運べない。こんなことやるぐらいなら普通に南郡から輸送する。

    そもそも呂蒙伝には、奪ったなどとは書かれておらず、呉領かどうかも定かじゃない。原文は擅取湘關米。擅は独り占めする。独擅場の擅、国境湘水を分ける湘関の米を独り占めしたとある。恐らく劉備孫権間で国境沿いの備蓄食料について紛争があったのを零陵太守郝普もしくはより現場の県令辺りが実力行使で運び出したんだろう。
    領土が移ったときに以前からあった米の備蓄をどうするか は絶対紛争が避けられない問題、戦国時代でも有名な話に上杉が会津に移されたとき越後の年貢を全部輸送して堀家と紛争を起こしたことが知られてる。同様の話は黒田細川などにも存在する。

    呉領の米を奪ったなら略取と書かれるし、関羽が戦闘の為に捕虜に与える食料に困窮して米を奪ったというのは現実的に輸送が困難な距離でありありえない。よくある国境紛争を名目にして呉が侵攻の理由に使ったというのが事実だろう。実際に呂蒙伝でもより前の記述で以前から呂蒙は関羽攻めの策略を謀議しているんだから
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 11:39

    ※91
    あれを裏切りと言っていいのか疑問だがなあ
    ある種、仕掛けたのは曹操、元々袁紹の傘下にあり、地盤を固めた曹操が袁紹の影響下から抜け出そうと独立行動をとったのが発端。董昭伝に袁紹についてた太守を曹操側に引き入れたり、袁紹が任命されていた冀州牧を董昭に与えたりしたことが記録されてる。
    袁紹と誼を通じてた劉備からしたら献帝の敕命もあって曹操につく理由はないだろう
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 15:57

    >>93
    事情はどうあれ曹操側の徐州刺史を殺して割拠したわけだし裏切りであるのに変わりはないでしょ
    まぁあのまま曹操に付きっぱなしってのも劉備らしくないわけだし劉備の 劉備たる所以だし謀叛は必然だと思う
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 16:11

    >>87宮城谷三国志は所詮小説でしか無いから
    まああんなもんでも良いと思うわ
    メジャーな正史準拠の三国志小説が少ないしそういう意味でも価値あると思う
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 17:17

    ※94
    現実として反董卓で蜂起した面々は曹操も含めて正史でも義兵って語られてるからなあ
    もちろん彼らも董卓側の官吏多数を殺してる。しかもこっちは勅許の偽造もしてるし
    反董卓が義兵で曹操への蜂起が勅許があっても謀反と書かれるのは単に陳寿が魏を正統として扱ってるから
    魏から晋の禅譲を正当化するためにそう書いてるんであって別に後世の人間がそれに従う理由もないだろ
    まあ曹操が董卓に背いたのも含めて権力者に対して蜂起したのを全部裏切りと呼ぶならそうかもしれんが
    曹操が董卓を裏切ったとか袁紹を裏切ったとか主張してる人間はみたことないなあ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 18:55

    >>96
    そうだね
    史書を史書のまま読んではいけないということやね
    勉強になったわ
    曹操を「最も成功した董卓」って評してる人みたことあるけどそのとおりかもね
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年05月31日 23:37

    正史正史ってなあw
    中国の正史は「正史」として認定されただけであって
    中身が事実かというとw
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月01日 16:47

    ※92
    そっちじゃなくて孫権を犬呼ばわりした事が問題なんじゃないの?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月01日 16:59

    そもそも劉備や関羽は孫権が曹操と結んでいることに気づいてたんだろうか
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月01日 17:27

    ※99
    犬呼ばわりって正史にはなくてかなり後に書かれた蜀記っていう蜀呉とは無縁の王隠が書いた書にしかないし
    しかも明らかな創作が多くて裴松之はじめ多くの史家に批判されてる。
    正史では孫権との縁談を断って怒らせたのは事実だけど、主君劉備と孫権の縁談が劉禅拉致未遂という最悪の形で終わった後に、劉備の結婚適齢期の娘を差し置いて関羽に直接縁談の申し出って引き抜き工作と思われてもしょうがない。そもそも関羽に独断でそんなことする権限があるはずもないし
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月01日 18:30

    >>101
    この頃の劉備に娘がいたかは不明だし
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月02日 22:30

    ※83
     まず新書は学術書に基づいてるだろ。まさか読んでないのか?専門書のほうは科研費取得したやつだぞ、つまり学術書中の学術書として、皆に認められて刊行されてるんだよ、学振のサイト見ろよ笑 しかもそれぞれの論文はそれぞれの学術雑誌に掲載されたものだし、蜀漢のやつはそもそも『史学月刊』、つまり中国最高峰の査読学術雑誌のひとつだぞ。業界では周知だと思ったんだがなぁ。
      「犬馬→ドッグレース→競馬みたいなもんと訳したんだろうが中国人は……」って、誰だよその中国人(笑) 原文には「狗馬」とあって、『史記』平準書はじめ、中国古典籍では基本的に競馬などの賭け事の意味が多いんだよ。臺灣データベースは当然検索済みなんだよね? だったらレースだってわかるじゃねーか。むしろそうじゃない解釈をしている研究者っているの?
     学歴詐称は根拠ないっていうけど、盧植と劉備はどう計算しても半年も面会してないだろ。中国人研究者でさえそれを認めてるだろ。みんなさ。だから柿沼は「現在ならば学歴詐称の疑いをもたれるところかもしれない」といっている。しかも「学歴詐称だ」とまでは断言してないだろ笑 国語力だいじょーぶか。だいたい『華陽国志』に鄭玄らとちょくちょく面会していたとあるけど、それは新書も触れてるし、なにより劉備はいのちがけで孔融を救っていて、孔融と鄭玄の関係で会ってるんだろ?盧植とやつらは元々関係あるし、だから新書でも劉備が盧植門下に入ったこと自体は否定してねーじゃん。ただ「劉備=盧植愛弟子説」を批判してるだけで。でもこういうと、「劉備=盧植愛弟子説」は演義によるんであって、そんなのが俗説なのはみんな知っているって知ったか批判する奴が必ず登場するんだが、※83こそまさにそういう暗黙の了解があるからこの反批判してるんだろ笑
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月02日 22:48

    ※84
    新書に挙げられている史料だけでも論拠は少なくないだろ。出師表の「益州疲弊」はどうすんだ。あと、7人に1人が官吏と兵士なのは、これこそ柿沼さんの大発見として中国学界では周知だろ。 走馬楼呉簡や魏石碑の計算だと孫呉や曹魏の民対兵士数がそれほどひどくないのに対して、蜀漢はそのことが明記されてるし、なにより蜀漢は漢代の兵制を受け継いでいて、漢代の兵制は出土文字史料の研究成果で実態が判明してる。廣瀬薫雄・宮宅潔・楊振紅の研究でそれが徐々に確定し、それをふまえると7人に1人も理解出来るってー話。これこそ漢代出土史料を読んでないとわかんない話でしょ。
    ほかにもさぁ。。諸葛亮伝注引蜀記「時に諸葛亮を語る者は多くが、彼が辺境に割拠し、蜀民を疲労させ、力小さく謀大にして……」、後出師表(相当数の蜀漢の将軍が死にまくっていると明記。偽作説もあるが根拠なし)、『三国志』諸葛亮伝付『傅子』「諸葛亮は連年征伐をくりかえしたが成果なく、国内をひどい状態におちいらせ、民は税金にくるしんだ」、『北堂書鈔』巻68臧榮緒『晉書』「(蜀漢が平定されたとき)人びとは餓えており、土地は荒れていた」等々。こういう例は挙げたらきりないじゃん。で、「これらはバイアスがかかっているから間違いだ」というのがデフォの批判なんだろうけど、これがおかしいんだよ。じゃぁなんで陳寿『三国志』は信じられると断言できるんだよ笑 陳寿だって蜀漢出身で、かつ西晋に仕えた人物なんだから、バイアスないほうがおかしいだろ。あと新書では「蜀攻略後に手厚い恩賞を与えたから金で雇われてた」ともいってない。きみほんとーに漢代兵制に理解してる笑? 「更」って知ってる?あと赤兎馬ポニー説はべつに柿沼オリジナルじゃないじゃん笑 しかもこれも漢代木簡研究による成果だし、誤解でもなんでもない。まずは大学いって論文よもーよwww
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 00:04

    ※87
    渡邉さんの説が問題なのは、谷川・川勝説の咀嚼がうまくいってない点にあるんであって、「別に正史に書いてある訳じゃない、考察という名の妄想でしかないもの」ではない。しかもそれを新機軸という愚かしさ。むしろ渡邉さんはここ30年間以上の業界に君臨し、ぼくらが目に触れているものはすべて基本的に彼の手を経ているから、新機軸もなにもねーよ。それを新機軸という時点で、二重三重にまちがってる。しかも「学者先生」の学説を「別に正史に書いてある訳じゃない、考察という名の妄想でしかないもの」と一刀両断するのは恥の上塗り。そもそも正史だけが歴史書だと思っている見方のほうがおかしいから。正史はべつに正しい歴史ではないから。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 00:32

    ※103
    『史記』平準書には原文「世家子弟富人或鬬雞走狗馬,「「弋獵」」博戲この前文に分諸苑養「狗」「馬」禽獸とある
    原文読んだことあるのか?狗や馬を養って、世家子弟富人は闘鶏や犬、馬を走らせ狩猟、博戲をして民衆を乱した。
    この狗馬がドックレースの固有名詞なら養狗馬禽獸の文章がおかしくなるんだろうが。犬と馬で狩猟してただけだ
    この文読んでなんで競馬などの賭け事の意味が多いになるの?読んでないの丸わかりだろ。そして曹操と孫権の趣味も狩猟だ
    誇大広告の学歴詐称を事実のように貼り付けてたのに急に愛弟子説がどうとか一言もいってなかったことを言い出してるし
    まず劉備は若年時に洛陽にいた牽招と刎頚の交わりを結んだことが記録されている。
    公孫瓚伝に盧植學於緱氏山中,とあり緱氏山は洛陽の郊外にある。そして先主伝には劉備は公孫瓚に兄事したとある。
    その本に書いてある涿郡に盧植が半年しかいなかった。だから半年しか弟子入りしていないという根拠が単に間違ってる。
    劉備は15で盧植に初めて師事したんだろうが、その後、洛陽に出向いてる。盧植は廬江太守と涿郡にいた以外は洛陽にいたのだから。だからその本は実態としてもまるであってない。貨幣経済が専門の人間が史料を雑に読んだ末の勘違い、専門家なら間違わないと思ってるのか?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 01:45

    ※104
    論理一貫させろよw諸葛亮の外征で民衆が苦しんだと主張したいのに、外征前の出師の表や諸葛亮没後数十年後の滅亡後の晋書の記述持ち出してなに言ってるんだ?陳寿がはっきり蜀の滅亡時は諸葛亮の時代は優れており、滅亡前は乱政を極めてたことを指摘してるだろうが。
    乱世でどの国も戸籍がまったく機能しなくなる時代なんだから疲弊してるって書くに決まってるだろ。魏や呉にも民が疲弊した、飢えた、逃亡した。腐るほど記録があるわ。漢末の混乱から戦争続きなんだから中華全土で疲弊してる。諸葛亮、劉備が疲弊させたと主張してるんじゃなかったのか?
    呉の兵員数は兵二十三萬、男女口二百三十萬、兵員数は10%、九十四萬、帶甲將士十萬二千、蜀は10.85%小数点以下の誤差しかない。そして蜀の兵は譙周伝等にあるように戸籍に乗らない南方異民族から給兵されていた。魏は総兵員は記録されてないが戸籍440万で、ひとつの戦役で最大32万人も動員してる。明らかに総兵数戸籍割合は蜀呉を大きく上回る。蜀漢は官吏は呉より多いくらいだが、官吏の給与は半銭半穀、蜀は金銀鉄の産地であり中原が鉄不足に悩まされた一方、まったく悩まされてない国、当然交易等の収入もある。また後宮の規模なんかは呉は比べきれないぐらい蜀より大規模。蜀だけ出土資料がないから蜀だけ対崩壊戸籍でめちゃくちゃ言ってるだけだろうが。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 02:00

    ※104
    諸葛亮伝に傅子なんて引用されてないのになに言ってるんだか。原文読まないからいつまでも繰り返し恥をさらし続けるんだろうな。傅子は諸葛亮は誠に当代の異才であり、国を治めるのに分別があり、軍を御するのに法があり、功を積み興業をなし、その機を得ることに余力を残さずついやした。と賛美して書いてる。
    その蜀記の記録を信用していいのか?それを信じるということは、郭沖がその評価に反論し管仲、晏嬰に例えてその統治を賞賛し、論者は惑わされていると言い、、司馬駿は郭沖の言葉を善しとしたという記録なんだが?その箇所の記録は諸葛亮を大きく称えてるものだぞ?裴松之はこの記録自体が創作されたものだろうと言ってるけどな。君は知識がないからそうやって曹操を誉めようとして貶め、諸葛亮を貶そうとしてかえって褒めてる。
    傅子に引用されたと勘違いしてる文章は黙記だろうけど、或人曰くから始まり、兵は凶器であり蜀は弱国なのだから、守っていればよかった諸葛亮は匡佐之才があったのだから、と一般論で軍を起こすべきじゃなかった。軍役は民を苦しめただけといってる文章。その批判ですら諸葛亮を称えてる。そして答えて曰くと呉の大鴻臚張儼が諸葛亮は司馬懿に勝っており、勝機が十分にあったこと、統治の卓越性を刻々と語り同じく管仲、晏嬰に例えた書だ。両書は弱国の遠征批判を一般論で語ったら、優れた論者に徹底的に反論されましたよというやられ役の部分だけ切り取ってる。どちらも手放しで諸葛亮の統治を称える目的で書かれており、当て馬役は事実など語ってない。そして一般論ではなく袁子は具体的に彼の統治で田は開かれは倉廩充ちだが朝廷は華やがずと大絶賛だ。両書も陳寿も袁子も諸葛亮の統治は大絶賛、民衆は諸葛亮を神格化し数百年後もその統治を懐かしんだこれが史書に記載された事実なんだが。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 02:25

    ※104
    もう病気だろ。たかが日本の三流私大准教授の論文しかも反論がすぐ出てくるようなものが中国学会で大発見扱いされた?じゃあ中国の学者で誰が引用してほめてるんだ?周知ならすぐ言えるよな?
    日本でだって三国時代の戸籍人口と実人口が大きく違うことは加藤徹先生が著書ではっきり指摘してるが。
    そもそも三国志にだって邑有萬戶者、著籍不盈數百、万人住んでる邑でも戸籍に載ってるのは数百人に満たないってはっきり引用されてるんだが、いったいなにをもって乱世で戸籍が間違いなく記録され正しいなんて思い込んでるだか

    赤兎に関しては興味を引ければ誤解されても構わないというスタンスで衝撃の残る言葉を選んでるって言ってるんだが意味わかるか?品種改良がされてない時代の馬なんて9割がたポニーだ。まずポニーの意味を分かって言ってるのか?この著者も戦国の馬をポニーだとか言ってる人間も、誰もが思いつくシェランドポニーなんかの小馬を想像させ、小さな馬に乗ってたんだと誤解させようとしてる、当時の馬として大きいか小さいかなんかを論じることなくね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 02:58

    ※104
    お前明らかに論文なんて読んでないだろ。それどころか三国志や有名書籍すら読んでないじゃん。
    後出師の表の偽作説が根拠なしとか無知全開やん。 高島俊男先生始め日本の著名なあの時代の研究家も偽作説とってる
    諸葛亮集に載ってない趙雲の没年齢が間違ってる。蜀人が一人も引用してない。などいくつも根拠はあるし
    しかも後出師の表で将軍が死んでるのって此皆數十年之內所糾合四方之精銳、非一州之所有、亡くなった彼らは数十年のうちに集めた四方の精鋭と語っており趙雲もそうだが単なる老年ゆえの病死だろ。若復數年、則損三分之二也。だから後数年もすればさらに三分の二が失われるだろうと言ってる。なにわけの分からんこと言ってるんだ?この文章で諸葛亮のなにを批判できるんだよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 10:00

    ※106
    『史記』平準書は「世家子弟富人或鬬雞走狗馬,弋獵博戲」は「「世家子弟富人或鬬雞走狗馬」と「弋獵博戲」で切れるから、闘鶏をし、狗や馬を走らせ、狩り(鳥と獣)をして博奕をする、という意味であって、直列に読んだらまずいよね。むしろこれを狩猟だと断言できる論拠がほしーわ。狩りなら「走狗馬」の部分がそもそもいらないでしょう。だいたい曹操も孫権も自分の苑囿あるし、若い劉備はないじゃん。「牽招と刎頚の交わりを結んだこと」は新書に書いてあるじゃん。盧植は「故九江太守」時に劉備が入学したとされているが、一年か二年で廬江太守になっていて、廬江に出鎮してる。だから洛陽にはおらん。ジョウ文勝らの説だろ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 10:00

    ※107
    傅子じゃなく袁子だな。 ただし「どちらも手放しで諸葛亮の統治を称える目的で書かれており、当て馬役は事実など語ってない」といっているが、その論拠自体がないじゃん笑 だれもタイムマシンもってねーんだから。賛美された文章が多いのは当然で、諸葛亮集編纂時からそういう文脈じゃん。逆にきみは「或人曰」の価値を完全に否定しているけど、それって結局史料操作じゃん。そういっている人も当時いたってことでしょうよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 10:00

    ※109
    「外征前の出師の表や諸葛亮没後数十年後の滅亡後の晋書の記述持ち出してなに言ってるんだ」にはワロタ。陳寿も諸葛亮没後数十年して史料を書いてるんだが。陳寿が諸葛亮を過度に賛美する傾向があるのは狩野さんが大昔にとっくに指摘していることだろ。なんどもいうけど、「或人曰」の形で諸葛批判が当初からあることを全否定してどーすんのよ。全否定しないで、こーいう意見もあったんだなぁ、なんだろー、って方向に思考が向かないもんかね。ちなみに孫呉の兵数は非常勤兵士が入るんだよ。曹魏もだが。走馬楼呉簡研究は当然読んでるんだよな?蜀漢とはちげーだろ笑 しかも孫呉も曹魏も兵数十倍にして報告するのがふつーだけど、蜀漢はどう計算しても実数になるんだよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 10:06

    ※109
     え。。。CNKIみてないわけ?引用されてんじゃん、中国人たちの論文にどれも肯定的に笑 きみ研究者じゃなかったのか。ごめんな。ちなみに戸籍と実人口が違うのは常識中の常識。加藤先生ってワロタ。べつに内藤湖南以来の定説じゃん、そんなの。戸籍上のことだろーとなんだろーと、当時の政府はその戸籍の統計をもとに動いてるんだから、それが問題なわけよ。しかも南蛮が戸籍に入ってないのは当然で、したがって民10萬、兵士一〇萬の「戸籍史料」自体に南蛮は入らねーんだよ、だいじょうぶか笑

     ポニーは定義上は馬高130cm以下の馬だぞ。うちは実家が牧場だwww だいたい赤兎馬の記載だって、みんなそれを「固有名詞」だと思ってたけど、木簡でそうじゃないとわかっただけだろ?その指摘がなんでだめなんだ?ぼくは面白いと思いましたがねぇ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 10:15

    ※110
    後出師の表偽作説はさぁ、どれも「無の証明」になってるんだよ。趙雲の死亡年なんて、陳寿の説明と後出師表の2史料しかないんだから、そもそも比較してどっちが正しいかなんて明言できないだろ?これもCNKIでやまほど論文がひっかかるじゃん。で、表はこのまま出陣しないとぢり貧だからやりますってのが趣旨だろ?大義の名のもとの無理強いじゃん、
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 10:18

    ※114
    「民10萬、兵士一〇萬」は民90萬、兵10萬のミスな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 11:16

    >>106
    養狗馬禽獸の主語とは違うやん。それはともかく、スレは入蜀後の劉備や。ワイは入蜀後からゲームやるのが好きなんや。むしろ姜維からや!
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 14:02

    ※111
    狗馬は前文から狗、馬、禽獣と並べて養うとあるんだから明らかに狩猟用の狗と馬だとわかるよね、禽獣を狩猟目的以外で飼う人間なんていないんだから。養うとあるんだからどう読んでも狗馬という競技を指す単語だとはならない。走狗と書かれたときも、狩猟用の犬を指す。博戲は古代の棋によるゲームの一種、狩猟に前文にある養ってた犬、馬を使ってたとは想定できても競馬などの賭け事の意味と読み取れる根拠がない。明らかに君が間違ってる。
    劉備だって士人階級の人間だし劉元起は劉備を息子と同様の扱いをしていたんだから、狩猟用の犬や馬を与えられてたって何の不思議もない
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 14:44

    ※114
    南蛮とか言ってる時点でね、三国志演義と区別ついてないんだろうな。異民族の通称として蛮夷という呼称は蜀書にもたびたび出てくるけど、部族としての蛮族は主に荊州の南方に住んでおり、史書三国志で南蛮を討伐したなんて書かれるのは呉。蜀西南方の部族を指して南蛮なんて呼ばない。君が引用してる柿沼先生も蜀の南方にいる異民族は西南夷と学術的に正しい名称で論文書いてるのに、その威を借りる狐が、そんな呼称を使うのか。
    彼らは羌、滇、雟、夜郎、冉といった部族で張嶷伝に見られるように王として冊封されてるから彼らの部族自体は当然戸籍には含まれていない。
    だが華陽国志に記録されるように青羌、萬の士卒を南中から移し、於是便組成了共五部とあるようにそこから供給された兵士は蜀の戸籍に記録されてる将士として正規兵に組み込まれてる。後出師の表にもあるように彼らは北伐にも従軍してる。なんで入らないと思ってるんだ。恥ずかしい奴
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 14:53

    >>118
    狗馬禽獣と、走狗馬の問題の箇所は、場所と主語が違う。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 15:33

    ※120
    いや一緒、当時の状況説明があって、それを具体的な上表の忠言の中で行ってる主語が世家子弟富人
    ttps://gushi.tw/dog-in-han-dynasty/
    漢代的豪富子弟喜愛蒐集名貴的馬與獵犬,以供運動玩耍。漢武帝的時候,就有一個叫所忠的人跟皇帝告狀,說「世家子弟富人或鬬雞走狗馬,弋獵博戲」,可見鬥雞、帶著獵犬騎馬驅馳、射獵、玩六博,是當時有錢人愛好的娛樂活動。
    このようにはっきり、猟犬と騎馬のことと解釈されてる。漢代の発掘された石碑にも犬を走らせて獲物を駆り立て騎射で狩りをしてる図が描かれてる。
    この部分の狗馬は狩猟に関して述べてる。少なくとも狗馬=競馬の図式で繋げるのは間違い
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 17:16

    >>121
    漢代の宮殿区には走狗観という場所があって、明らかに犬のための場所だよ。狩場ではない。呂氏春秋でも田猟、馳骋、弋射,走狗が並列に記されていて、田猟が狩猟である以上、走狗はべつに解釈しないと。漢代の石碑をここで引くのも間違い。たしかに、狭い意味の現代的な競馬ではないが、広い意味では馬とか犬の良さを競ってるんでしょう?平準書でも馬と猟犬とあって、べつに馬まで狩用だとは書いてない。むしろその直前に、馬や犬を競って集めていると書いてあるから、そーゆー競い合いなんだろ。ところで姜維を評価する人はいないのか??
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 18:30

    ※122
    走狗は狩猟用の犬のことだよ、史記にだって狡兎死して走狗烹らるとあるでしょうよ
    その走狗観がなんで狩場になるのさ。諸苑で育てられてる狗を用いて野外に狩に出向くんだから。その苑の一つでしょ
    呂氏春秋の田獵、馳騁、弋射、走狗と狩猟関係ばっかり並んでるしょうよ。弋射も鳥を射ること、まさしく狩猟の一
    弋射は弓で、走狗は犬でそれぞれ狩猟をしてるだけの話、田獵も打獵といって狩猟の一形態
    横光とかでも描写されてる配下が茂みをばさばさ叩いて、驚いて飛び出してきた獲物を狩るもの
    この走狗馬は帶著獵犬騎馬驅馳って書いてるでしょ。無理やり競い合いやから広い意味の競馬ってそんな無茶な
    人物を競って取り合ったという文章があったらそれは競技をしてることにならないだろう
    個人的に姜維は一番好きな武将だけど、本スレでもここでも誰も語ってないのに急に姜維の話をするのもおかしいだろ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 18:40

    ※114
    さすがに笑うわ
    家が農場なのにポニーの定義を知らないのね。ポニーは肩までの高さが147cm以下の馬の総称
    130cmって実家の農場ではそうなの?脳内農場経営も大変だね。行政への申請が変わってくる場合もあるのに間違った定義で馬飼ってるわけだ。
    品種改良以前の在来馬で最も大きいアラビア馬ですら平均150cmで、それ以下のモンゴル馬も日本馬もヨーロッパの馬も平均的な大きさなものはみんな定義上はポニーになる。そして戦国武将の名馬はたびたびポニーサイズを超える馬が登場する。軍用馬なんて特別大きいものを選別するに決まってるんだから。赤兎ふくめ当時の馬の平均がポニーサイズだったからポニーにだったんだろうというのは、日本人の平均身長は170cmだから190cmの人間はいたはずない。だからバスケ選手も170cmだったに違いないって言ってるようなもの。

    >>みんなそれを「固有名詞」だと思ってた
    あなただけですよ。芸文類聚に赤兔者 王者德茂則見 赤兎は祥瑞だと語られている。昔から中国人は赤兎は稀に見つかる名馬のひとつだと知ってる。だいたい発掘調査でわかったのは兔頭、兔肩という特徴をもった兔という名馬の育て方についてです
    。いったい何を木簡でわかって何が面白いと思ったんでしょうね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 19:05

    ※114
    学会に所属してる限り全く引用されない論文なんかあるわけないだろ、引用されたことがある=正しいわけでもない。しかもどの部分が引用されてるのかにも触れてないし
    CNKIに挙がってる多くは出席してる学術研究会の総論、や日本の研究者の研究動向、共同研究者による研究の要約とかが多くあがってる。のけど、これらがどうして正しさを証明することになるのか。>>7人に1人が官吏と兵士なのは、これこそ柿沼さんの大発見として中国学界では周知。いったいどこにこれを証明する論文があるの?そんなに大発見ならそれを直接貼れよ。著名な権威研究者が絶賛してるとか、群を抜いて引用件数が多いとかそんな論文ではないけど?だいたい三国志に引用されてる戸籍と兵員、官吏の割合を出しただけで大発見って、中国人を馬鹿にしてるよね。

    >>当時の政府はその戸籍の統計をもとに動いてるんだから、それが問題なわけよ
    だから戸籍あたりの兵員比は呉と一緒。魏よりは明らかに少ない。多いのは官吏であって、それが軍国主義につながる理由も謎。蜀は三公などに上った人数が圧倒的に少なく高級官吏はむしろ魏呉よりずっと少ないくらい。単純に官吏の数で負担を図ることもできない、漢の制度だと三公の秩は最下級の官吏の100倍以上にもなるんだから。下級官吏が多かった=負担が大きかったともならない。現代の公務員数だって国によって数倍の開きが出る。日本とスウェーデンの人口当たりの公務員割合は4倍にもなる。公務員給与は日本が大きく高い。
    >>兵数十倍にして報告するのがふつー、これは魏が敵を破ったときの報告書の話だろうが。どこの文献に自軍兵士を十倍になんてあるんだよ。そんなことありえるわけないだろうが。聞きかじりの適当だらけ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 19:11

    >>123
    君の解釈だと、たとえば春秋繁露の博戯闘鶏走狗弄馬はどーなるの? 弄なんて鑑賞する以外の意味がないじゃない?その前に並んでいる博戯も闘鶏もゲームだけど?芸文類聚はどれも本物のウサギについてであって、馬についてじゃないだろ。
    姜維の話ふったっていーじゃんwwww ムキになるなよ なんで好きなものを好きと言って怒られなきゃいけないんだ どーせ文脈もへったくれもねぇだろ、スレなんてwwww
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 20:12

    ※126
    中国人馬鹿にしてるよねあんた。ウサギのことって…
    逸態之赤兔 駿足之「驪駒」って芸文類聚に書いてるけどウサギのことかよ
    わけのわからん風にムキになってるのそっちじゃん。
    四庫全書とかも博戲鬥雞,走狗弄馬って読点打ってるでしょ、明らかに前二つと後ろ二つは別物
    弄が鑑賞する以外意味がないって、漢字字典引きなよ。
    弄馬とは馬を操る馬術のこと、もしくは単に馬を愛でること、どっちも競技とはまったく別
    走狗を漢字字典で引いたって1獵犬。2謂縱狗行獵。3比喻受人豢養的幫凶。4自稱謙詞。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 20:47

    >>127
    いきなり前と違う部から引用しても意味ないだろ、、、芸文類聚の使い方わかってんの笑笑?君が引用した最初の文はウサギ。赤兎馬が固有名詞でなかった論拠にはならない。だいたい君がいってる出土資料とやらは馬王堆かなんかだろ?その時点でアウトwwww 調べなー というか、君は赤兎馬が固有名詞でないのは常識というけど、その論拠はどこ?出典教えてよ。あらゆる本みても新書以前にそれ指摘した論文、著作ないけど。呂布以外が赤兎馬にのってたとする先行研究もないよね?それにさらに聞きたいんだが、走狗弄馬のたった四文字からそれが狩関係しかありえないって断定できる根拠はそもそもなに?批判ばっかでわけわからん。狗レースって表現はもともと新書が初めてでもないだろwwww 高島さんやらなんやらが踏襲してる表現だろ?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 20:58

    >>125
    これ、反論してる人がいってるのは、あくまでも君が「誰が引いてるか言えよ」っていったからだろ笑笑 ゴールポスト動かすなよ。だいたい院生レベルならみんな知ってる中国経済史研究とかに掲載されてる査読論文なんだから、それを評価されてないって、君なにさまだよwwww だいたい中国査読論文だから中国人が評価してんだろ?まあ評価が人それぞれなのは認めるがな。
    兵員比も、そうばろう?には結局なんて書いてあるん?むしろ教えてほしい。青州黄巾降伏時の30万がじっさいは3万だったのは、宮崎市定とかいってるよな これは自軍に組み込んだときの証拠だな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 21:17

    ※128
    あんたがいきなりウサギのことだろって言いだしたから明らかに馬のことだとわかるように別のも引いたんだろうが
    あんたが赤兔者 王者德茂則見を勝手にウサギに違いないと妄想しだしたんだろ?その根拠を示さないといけないのはあんた
    だいたい日本語不自由すぎ、そんなんだから他人の威を借りてるのに理解もできず適当なことばっかり吹いてるんだよ
    そんな頭で論文読めるわけもないし中国語なんてもっと読めないだろ
    >>赤兎馬が固有名詞でなかった論拠にはならない。勝手にきみが赤兔はウサギのことだとか言ってるだけ、これを証明しろ
    >>みんなそれを「固有名詞」だと思ってた。←アンタの妄想、アンタがこれを主張してるんであってあんたがこれを証明しろ
    >>君は赤兎馬が固有名詞でないのは常識いうけど←誰が言った?
    赤兎は珍しい馬の一種として知られていたことは赤兔 駿足之「驪駒」から明らかだろうが、俺はあんたの妄想に対して反証を提示したのに
    批判ばっかでわけわからん?そりゃ反論できなくなって喚いてるだけだからな
    走狗も狗馬もレースというのが間違いだとはっきりいってるし中国人もそう判断してるだろ
    何で自分の信じた専門家が絶対正しいと思ってるんだよ。専門家同士でいってることが食い違うなんて当たり前
    専門家が名指しで批判することだってまったく珍しくもないのに
    このコメ欄だけでも逆のこといってる専門家の論が張られてるだろうが
    それをどっちが正しいか考える頭もないなら、反論されて発狂する前に引っ込んでろ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 21:35

    ※129
    >>中国学会で大発見扱いされた?じゃあ中国の学者で誰が引用してほめてるんだ?周知ならすぐ言えるよな?
    こう書いてるんだけど?7人に1人がうんぬんが大発見扱い部分を誰が引用してほめてるんだ?それを言えよと言ってるんだけど?
    ゴールポスト動かしてるのアンタだろ?単純にCNKI見たら柿沼先生の論文が引用されてると言えばそれで反論できたと思ってるんだから
    査読論文を経ていたら正しいと認定されてると思ってるのか査読ってなんだとおもってるんだよ。
    小保方さんのSTAP細胞だって査読経てるんだけど?
    新説なんて意欲的に発表されるけどその後発表された論文否定されるなんていくらでもあるんだが。
    青州黄巾なんてまさに戦果だろうが、これだけの兵を降伏させたという事跡なんだから。
    それは王淵伝の記述だろうが「破賊、文書舊以一爲十」いい加減三国志本文を読めよ。
    どこに呉や魏が自軍を十倍にして記録してたなんて書いてるんだ?
    あまりにも日本語不自由すぎるわ、そりゃ三国志本文なんか読めんわな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 21:55

    >>130
    まあまあ怒るなよ、君側に論拠がないのはわかってしまったんだしさw 君が新書に噛み付いているから、完全否定する論拠が知りたいだけなんだよ。今の今までスレ見てもないんだけどさ 辞書だって用例分析から語義を導きだすんだから、それを絶対視する方がおかしいよね?つまり、そーゆう解釈もあるかもね、でいいんじゃないの?なんで喧嘩腰なのよ笑笑 赤兎者王者云々は類聚の兎部だからウサギに決まってんだろwwww ここは認めるんだよな、スルーはするなよw? で、「木簡をみて何がわかったんでしょうね?」と批判してるけど、きみはその木簡が何かわかって批判してるんだよね笑笑?これも逃げないでね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 22:08

    ※132
    だからあんたはいったい木簡から何がわかったんだって聞いてるんだけど?本当に日本語不自由すぎない?
    >>論拠がないのはわかってしまった←反論できなくなって勝利宣言?僕の引用した新書は絶対正しいってね
    赤兔が固有の馬ではなく珍しい名馬として昔から知られてたのは逸態之赤兔 駿足之驪駒で明らかにしたよね?
    怒ってるんじゃないよ、呆れてるの、間違いばっかり書いて訂正されまくってそれから逃げてるのアンタでしょ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 22:17

    >>131
    木簡からなにがわかったかは韓華の論文読めよwwww あとウサギは逃げるなってwwww
    加えて赤兎の君の論拠。あれも梁のだよな?君は上で、晋書の記載に疑義を呈してるが、赤兎馬の時代より高い遠い史料ひいてなにいってんの?という自省は生まれないの? ていうか、君がディスってるのはそもそも新書なんだろ?赤兎馬にかんする86ページの記載のどこがおかしいのかぼくは知りたいのよ。そうだ。君自身は査読出したことあるんだよね? すごいねえ、3人とか4人の匿名専門家の合意を得られたんだあ。ふつー経験者なら、歴史学の査読論文をふつーの雑誌と区別できるもんだと思ったけどな。まあいいや、もう。ちなみに青州黄巾は宮崎さんの解釈なんだが、君は反対なんだな。それはよくわかったよ。宮崎さんの日本語がクソだと君はいうんだな。すごいなあ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 22:33

    ※134
    >>諸葛亮没後数十年後の滅亡後の晋書の記述持ち出してなに言ってるんだ
    ひょっとしてこれのこと?諸葛亮の統治を批判してるのに、諸葛亮が没後数十年たったころの記録を引いてなんで諸葛亮の統治を批判できると思ってるんだ?こう言ってるんだけど。政治を乱したのはであることは劉禅と黄皓であることは晋書にも三国志にも記録されてるよね。これでなんで諸葛亮の統治批判にこの晋書の記述が使えると思ってるんだといってるんだけど
    諸葛亮が外征をする前に益州は疲弊してると言ったら。諸葛亮の外征で民が疲弊した論拠になると思ってたり
    日本語が理解できてると思えないんだけど。
    なんで梁の云々なんて話に何の?赤兎が固有の馬ではなく珍しい名馬として知られていた根拠として張ってるのに
    そしてそれを否定できず逃げてるのあんたでしょ
    あのね、誰が宮崎さんを否定した?
    >>孫呉も曹魏も兵数十倍にして報告するのがふつーこれの根拠を示せって言ってるんだけど
    宮崎さんの指摘は王淵伝の記述を知ってれば矛盾なく受け取れるよね、敵を降伏させたときの戦果を10倍にしたんだから
    魏や呉の兵力は十倍にされており戸籍比でも蜀より比率が少なかったといいたいんだろ?宮崎さんがそんなこといつ言った?
    自分が批判されてるのに気づかず、日本語理解もできず、他人を批判してるとか矛先ずらすなよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 22:43

    ※134
    歴史学の査読論文がNature、Scienceより厳しいと?
    歴史学者でも大きく批判する明らかな珍説だっていくらでも査読通ってるだろうが
    お前が査読を何だと思ってるんだよ。
    もともと赤兎馬がポニーうんぬんの議論だったのに君がずらしたんだけどね
    戦国時代の新書等でも当時の馬はポニー論は同じように学者からも何度も批判されてるんだけど、それを今度は三国時代に流用したかと批判したんだけどね
    無知な人を驚かせようと誤解上等で書くんだから
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 22:56

    ※112
    袁子にそんなことかいてないだろ
    107が言ってるようにそれは黙記だ。どれも諸葛亮讚美の史書、支持率100%なんているわけないのに或人が正しいって著者が反論してるのにな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 23:49

    いろいろ進んでいるみたいだが。。
    ※136
    純粋に質問なんだが、「戦国時代の新書等でも当時の馬はポニー論は同じように学者からも何度も批判されてる」の新書はなんというものなのか教えてくれ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月03日 23:59

    ※138
    武士の日本史 岩波新書 ポニー論批判をしてる
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 01:01

    ポニー(pony)とは、肩までの高さが147cm以下の馬の総称
    戦国時代の高楯黒は147cm、、三国黒147㎝、鬼鹿毛は148cm、白石鹿毛 154cm、大河原毛が155cm、平将門の求黒が160cm、豊臣秀頼の太平楽は160cmそれよりデカいとされたのが加藤清正の帝釈栗毛
    江戸時代の古今要覧稿には体高五尺152cmの馬を大馬としたとある
    記録に残るだけでも日本にもポニーではない馬はいっぱいいました。武勇の人は競って馬を選別してます。
    時代的にサラブレッドなんて存在しないためポニーがしょぼいわけでもない、人間も同じく小さかったわけだし
    日本の馬は中型馬で平均的なサイズ、蒙古馬も同じくらい。けしてしょぼい馬ではない
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 01:30

    ※139
    おお、なるほど。ありがとう。戦国時代って日本のほうだったのか。新書が引く韓華の論文をみると、懸泉地漢簡に馬高140cm台の「赤兎」馬が複数出現している。これは漢代辺境木簡の馬小屋の記載だったといわれている。それなら、赤兎馬はサラブレッドというよりもポニーに近く、そのなかでは名馬だったということ、という解釈は動かないということだね、結局。これは日本のいわゆる名馬といわれているものと同じだ、ということだな。よくわかった、ありがとう。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 01:53

    ※141
    あの時代サラブレッドなんて存在しないがな、ポニーなんて分類もない
    馬高140cm以上なら当時の馬として十分の大きさだし、日本の戦国時代と同程度の馬だから当然にポニーでない馬もいただろう
    日本にだって152cmを超える馬が大馬としていくらでもいたんだから
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 08:48

    >>142
    韓華論文で引かれてる史料には150cm以下の赤兎馬がいるからそーいっただけ。ポニーか否かは馬高基準だから、そういう分類があったかないかではなく、そーゆー大きさの馬でも赤兎馬って呼ばれてて、しかも馬小屋にいっぱいいたんだよねって意味。新書本文もおれも、後世の名馬赤兎馬伝説がどれもとてつもない赤兎馬を想定してるが、じっさいは赤毛のウサギ顔のモウコウマの一種で、大きさはポニーに近いものも赤兎馬とよばれたっていうだけで、ポニーだとは明言してない。正史にも呂布の赤兎馬の大きさにかんする記載はないから、この推測は推測としてありえてよいんだよね?だったら結局めぐりめぐって、新書86ページの何が悪いと君はいいたかったんだろう。この解釈が絶対に成立しないという明記された論拠があれば、純粋に教えてほしい。それとも日本史新書と似たこといってて、そっちから安易にアイデアを借りたっぽいのがけしらかんということ?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 12:57

    >>143
    どれだけ文盲だよ
    ポニーという分類もサラブレッドという品種も品種改良によって馬が巨大化して以降に生まれたもの
    18世紀に誕生し、19世紀にやっと160cmを超えたぐらいの
    呂布の赤兎馬はポニーなみに小さかった、はっきりこうやって誤解されるように書いてるだろ
    当時としては大型の馬なのに、一般人はポニーの定義さえ知らずなんとなく小型の馬としか認識されない
    牧場によくいる100cm程度のシェランドポニーと混同する人もいるし
    実家が牧場経営者だなんて言いながら>>ポニーは定義上は馬高130cm以下の馬なんて言う人もいるぐらいなんだから
    この人に言わせりゃ呂布の赤兎はポニーなみ小さい、130cm以下だったなんて結論になる。ただでさえ読み飛ばしまくったり、適当なことを触れ回ってる人なんだから。
    赤兎は当時の馬として大きなものだったという結果から、逆に受け取られるポニーなみに小さかったなんて煽りを書き
    さらに大きさが記録にも残っていない呂布の赤兎を持ち出すんだから史学者として批判されるのは当然だろう
    >>推測は推測としてありえてよい
    未来の史学者が日本人のこの時代の平均身長は170cmだから、アスリートとして傑出した人も同じくらいの身長だっただろうなんて推測を立てたら馬鹿にされるだろうよ、2m超える人間だって普通にいるんだから
    名馬として評された呂布の赤兎はポニーだったなんて推測が雑すぎて、専門家を名乗って歴史学者がやるような推察か
    日本史で「戦国時代の大誤解」という新書の鈴木眞哉やNHKも同じような誤解を撒き散らし大きく批判を受けたんだよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 16:03

    >>144
    ん?また気に触るようなことをいったか?なら謝るよ?ポニーだった、は出版社の帯のことかな?彼自身はポニーを144cm以下としてるね。ブリタニカの定義かなんかなんだろうな。130cm以下と書いたのはぼくのミスだね、すなおに謝るよ。130cm以上〜以下の部分が抜け落ちてるんだからぼくのミスだな。でもなんどもきくんだが、結局新書本文の86ページは事実と離れているという決定的な論拠はないんだよね?君にいわせれば誤解を招きかねない過激な表現ということで。ちなみに推測が雑というけど、ぼくは赤兎と明記された漢簡の存在を知らなかったし、みんなもそうだったろうし、そんなこと韓華
    論文を紹介してくれた先行研究もないし、へーそーなんだー、じゃだめなの?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 16:08

    >>135
    もう少し正確にいおう。赤兎といえば呂布、てーのがふつうの理解だった。でも漢代簡みたら、赤兎馬はやまほどいて、名馬の一般名詞だった。つまり呂布以外にも赤兎馬に乗ってるやつがいた。漢簡によれば、その大きさは140cmくらいである。その大きさは現在で言えば、ポニーだ。ただしポニーはすごく小さい馬を想像しやすいから、表現としては過激すぎる。こう言う理解でよろしい?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 16:20

    >>145
    ああ、そうだ、純粋に興味本位なんだが、結局呂布の乗っていた赤兎馬が大きかったと言う証拠はどこにあるの?勉強のために知りたい。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 16:35

    >>147
    もうすこし正確にいう努力をするよ。君は呂布の赤兎馬の大きさに関する記録は当時ないと言ってるわけか。で、勝手に想像すんなといいたいわけ?漢簡に赤兎馬がいっぱい出てきて、ああ、呂布だけが赤兎馬に乗ってたわけじゃないんだなあ、とか、赤兎馬はとうじいっぱいいて、ふつうの赤兎馬は147cm以下でちっちゃいなあ、とか、呂布の赤兎馬はせいぜいその中で大きかったってことなんだろうなぁ、という驚きは僕の個人的な愚考に過ぎなくて、とにかく君は呂布の赤兎馬自体には関連記載がないんだから余計なことは書くなということか?何度も言ってるけどもう喧嘩売ってるわけでは無いのよ、純粋に君のロジックが知りたいわけ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 16:44

    >>145
    あまりにも議論が複雑すぎて、あれっと思ってたけど、130cmはオレじゃなくない笑笑?いった覚えないんだが??
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 17:04

    ※145
    ブリタニカの定義ってブリタニカが何かわかってるの?百科事典のことだけど
    百科事典が定義なんて決めるわけないでしょう。そしてブリタニカにもはっきり
    less than 14.2 hands (147 cm, or 58 inches)とかかれてる。 これは全世界共通
    彼がなぜ144cmと書いたのは馬に詳しければ簡単にわかる
    彼は14.2ハンドを14ハンド、プラス、0.2ハンドと認識した。これだと144cmになってしまう、これは誤り
    なぜならハンドという単位は小数点以下では用いられないから
    14.2ハンドという記述は、14ハンド、プラス、2インチを指す
    14ハンド(142.24cm)+2インチ(5.04cm)=147.28cm以下が正しいポニーの体長になる
    彼は単位系というものもポニーというものも実態をよくわかってないんだよ。そういう知識で書いてるの
    君は決定的な誤りを連呼してるけど、これはまさしく決定的な誤り
    あとポニーに130cm以上なんて条件もないから、人が読む場で嘘を隠すために適当な発言をするのを止めなさい
    100cm程度のシェランドポニーだってポニーなんだから

    呂布以外にも赤兎馬に乗って人間がいたのは上のコメ欄でも
    水滸伝の関勝、呂方が別々の赤兎に乗ったり祝融夫人が赤兎に乗ったという物語があるんだから一般名詞だったのは明らかで、特定の騎馬の大きさを当時の平均から推定することは不可能、それは誤解を生むだけ、そもそもポニーの定義も理解できていない。
    謝ってくれなくてもいいし、怒ってもない、ただただあなたは浅はかで理解力もなさすぎる。頼むから変な誤解を広めないでくれ
    学者として決定的に誤りだと確定しなければ誤解を招く表現を使っても批判するなというのが学問を語るのにあるまじき態度なんだよ。一昔前にはやった聖徳太子はいなかったとかみたいなもんだ。あなたみたいな人はすぐ影響を受けてしまう。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 18:53

    >>150
    ほうほう。オーストラリアのポニーは14バンドなのか。へー、君のように14.2と考える人もいればそうでない国もあるんだなあ。ぼくがブリタニカといったから、一生懸命調べてくれたんだねえ。ウマの専門家の本はどうなってるかなあ、ウマ駆ける古代アジアもみてみよう。あと呂布が一般名詞だというのが昔から常識だという指摘もありがとう、すごいねえ、渡邉義浩さんの概説書はおろか、満田剛さんとか、高島俊男さんとか、
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 18:56

    >>151
    みーんな間違いを犯していたんだなあ。それを君は論文とか文章にはしてこなかったわけだ、さすがだね。韓華さんもびっくりだね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 19:21

    で、再度聞くんだけど、結局ポニーのサイズは国によって、尺度機関によって違うらしいんだが、そうすると新書86ページのなにが違うんだろう?ずーっと真摯に尋ねてるつもりなんだが。赤兎馬がまえから一般名詞なのは常識だから、書いても意味ないのかな、君にとって。すごいねえ、たぶんマニアの頭にしかないよ、そういう発想は。きみは専門家なら論文書いて勝負はしないの?こんなところで時間を潰さないで、とっとと論文を書いて教授になって、自分が本かけばいいのになあ。稼ぎもいいだろうしなあ。ひまもありそうだしなあ。まあ僕には君みたいな独創性はないから無理だがなあ。あ、そうだ。芸文類聚の王者なんたらはウサギだよね?、、、て、まあいいや。さいごは気分良く終わりたいじゃない。分かり合えなくてもさ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 19:46

    ※151
    それAustralian Ponyという固有種の定義だろ
    The Australian Pony stands between 11 to 14 hands (44 to 56 inches, 112 to 142 cm)
    バンドってあんたね。hands、ハンドだよ、手を基準に作られた単位。必死に調べてるのはわかるけど
    国際馬術連盟がポニー競技もやってて148cmまでの馬をポニーとしてるんだから
    国際馬術連盟加盟国は全部一緒、オーストラリアももちろん加盟国
    あんたは煽ってるつもりかもしれないけど、専門家が間違うことなんて当たり前
    あんただって自分の意見に沿わない専門家は間違ってると思ってるんだろ?
    あんたの恥ずかしい発言も誰かが訂正しないと信じる人だっているかもしれないんだぞ?
    とりあえず反論ありきでものを書くなよ。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 20:20

    >>154
    オーストラリアンポニーっていいなおさなくてもわかるよ笑 ポニーの一種なんだからさ。おー、そうか、オクスフォードの辞書では15hands or 14.2 handsになってるよ、へー。人によって言ってることが違うね。14.2でも14でも15でも、広義のポニーだなあ、辞書的には。別に国際馬術連盟だとは一言も誰も言ってないからさ、まあ怒んないでよ。でね、芸文類聚は? 反論ありきではないよ、きみが渡邉さんとか柿沼さんに反論したいみたいだから、きみの考えも絶対じゃないよね、っていいたかったのよ。ぼくは反論なんてしてないよ、自説がないからね、たんに暇つぶししてただけだよ、
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 20:44

    ※155
    オーストラリアンポニーはポニー全般を指すんじゃないよ、オーストラリアに住む種類の名前
    シェランドポニーだって100cm程度のシェランドに住むポニーだろうが
    あのね広義のポニーなんて言い出したらポニーの原義は子馬
    広義なんて言い出したらそれこそポニーなんて言葉を使うのは誤解を招く表現だわ
    そもそも競馬や馬術のために大型馬とそれ以外を区別するため一定以下の分類を作ってポニーと読んでるんだから
    それが国際馬術連盟によって決まってる定義が147cm以下148cm未満なのに
    だれがそれ以外もあるって言い出してなにがしたいんだ?一般に使われてないのに、それを広義の意味で柿沼先生が使ったと思ってるのか?ハンドとセンチの表記も明らかに柿沼先生は間違ってるんだろうが
    自説がないって頭おかしいだろ。じゃあこんなところに書き込むなよ
    暇つぶしで外に向けて適当をばら撒くなよ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 21:29

    >>156
    おれは柿沼さんじゃないんだから、それはきみが直接いえばいいじゃないw 同格以上の研究者なんだろ?べつに僕自身は彼がどう誤解されようとしったこっちゃないしw 業界人じゃないからな。掲示板てそーゆー場じゃんw なに書いたってカネになんねーし、匿名なんだから暇つぶしでしかないだろwwww ただ知りたいだけ、信憑性の高い解釈を。でさ、きみがいうように147cm以下と修正したらさ、つまりそのアメリカやらオーストラリアの牧場では本来独自の基準が多いはずの基準を国際云々の基準にあわせて馬高の3cmをキミがいうように修正したらさ、結局86ページの主旨はどう影響を受けるの?作者のイイタイコトは間違いとなるの?ならないよねえ?てか、芸文まだあ?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 23:21

    わたしはいい加減では困る。以下、整理する。なお以後逃げさせてもらう。仕事の合間にすることではないから。申し訳ないがな。まず129で「青州黄巾降伏時の30万がじっさいは3万だったのは、宮崎市定とかいってるよな これは自軍に組み込んだときの証拠だな」とあるのに対して、131は「青州黄巾なんてまさに戦果だろうが、これだけの兵を降伏させたという事跡なんだから。それは王淵伝の記述だろうが「破賊、文書舊以一爲十」いい加減三国志本文を読めよ。どこに呉や魏が自軍を十倍にして記録してたなんて書いてるんだ?」とのべるが、129の文章は宮崎「読史箚記」にある。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 23:21

    130に「勝手にきみが赤兔はウサギのことだとか言ってるだけ、これを証明しろ」とあるが、132に「赤兎者王者云々は類聚の兎部だからウサギに決まってんだろ」とあり、その通り。『藝文類聚』兔部は確かにウサギの例しかない。130に「みんなそれを「固有名詞」だと思ってた。←アンタの妄想、アンタがこれを主張してるんであってあんたがこれを証明しろ」とあり、さらに「君は赤兎馬が固有名詞でないのは常識いうけど←誰が言った?」とあるが、この論理は矛盾している。なぜなら前半部分から「みんなが固有名詞だと思っているわけではない」という結論が導かれるが、それは後半部分と矛盾せざるをえないから。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 23:21

    しかも『博物志』では曹操の流影と呂布の赤兎が対比され、赤兎は固有名詞と解さざるを得ない。こうした例は枚挙に遑がない。逆に、後世にはたしかに水滸伝などに赤兎馬に跨がる人物が登場し、赤兎馬が一見固有名詞ではなくなったようにみえるが、これもじつは論理が逆。名馬赤兎馬伝説成立以後の説話だから。さらに130に「赤兎は珍しい馬の一種として知られていたことは赤兔 駿足之「驪駒」から明らかだろうが、俺はあんたの妄想に対して反証を提示したのに」とするが、これは南朝梁の詩歌「七誘」で、三国時代の事例ではなく、しかも原文は「逸態之赤兔 駿足之驪駒 龍文重於漢厩 魚目貴於西都」で、赤兔が驪駒だといっているのではなく、たんなる対句表現。少なくとも本文から赤兎=驪駒の結論は導出し得ない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月04日 23:22

    加えて横山、蒼天航路、さらにはキングダムに至るまで、人びとが騎乗している馬はすべて巨大。世間ではそれを「常識」とみており、少なくとも文春は世間を相手にしているのであって、オタクだけを相手にしてるわけではないのだから、当時のモウコウマ(しかも赤兎と名をもつ130-140cm前後の馬が漢簡に大量登場した事実をふまえて)を「ポニー「なみ」に小さかった」(帯び)、「ポニーに近い」(86頁)といっても何らの問題もない。「なみ」や「近い」はポニーと同一ではないことを逆証しており、たんなる比喩であることは明白。加えて柿沼さんは86頁には「そのなかで名馬であった」といっており、なんら言語矛盾はない。またポニー自体の大きさはなるほど一般に147cmとする以上、その点を問題視するのはわからなくもない。上記の指摘にそって川又さんの書をよむと、16頁にポニーを「体高14.2ハンド(144センチメートル)」としており、批判者がのべる「ミス」をしたことになる。これはウマ専門家としては致命傷ということになるのかもしれないが、柿沼さんのばあい、「ハンド」という言葉はどこにも使用しておらず、147cm以下だか144cmだかは論旨になんら影響がなく、156に「ハンドとセンチの表記も明らかに柿沼先生は間違ってる」とあるのはたんなる邪推。くわえてそれが147cmの誤りであったとしても、文章の要旨には支障がでない。むしろポニーは「狭義」においても上限にさまざまな見解が並存しており、国際基準はあるにせよ、じつは欧米県などでは多様さがみとめられており、4h rulebook等々で、異なる。以上証明おわり。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月05日 01:00

    次に劉備が「喜狗馬」であった点。新書等の先行研究が「犬や馬のレースを好んだ」などと訳すのに対して、本スレ批判者は、そうではなく狩猟に関係するものだと強弁している。だが結論からいえば、私はどちらとも理論上解釈可能で、むしろドッグレースとの解釈が正しいと考える。まず狗も馬も狩りに使用される例があることは間違いない。ただし「喜狗馬」の三字を問題視するならば、それと狩りを必ずつねに結びつけねばならない論拠はその中にない。むしろ、たとえば『漢書』爰おう伝の「鬪鶏走狗」を小竹訳などは「闘鷄・競狗」と訳す。むろん一部の研究者がそういっているからというのを理由に、走狗=競狗とするわけにはいかないので、ほかに用例をみてみると、『史記』貨殖列伝に「博戲馳逐,鬬雞走狗,作色相矜,必爭勝者,重失負也」とあり、「博奕・競馬にふけり、鬪犬・闘鷄に熱中し、色を成して誇りあい、必勝を競うのは、負けたくないからである」という意味にしか解釈できない。後半に勝敗が書いてあるのだから、「馳逐」も「走狗」も、いずれも闘鷄とならぶ競争でしかなく、したがって『三国志』の「狗馬」もそう解釈して何ら問題はなく、むしろそこに狩りと関連付ける用語がなんら介在していないのであるから、競争事でしかありえない。貨殖列伝をベースに考えれば、じつは闘鷄や博奕と並ぶ全用例の馳逐・走狗が同様の意味にも解釈できなくはなく、むしろ狩りに結びつけるほうが異常である。以上、証明おわり。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月05日 01:35

    最後に。柿沼さんの新書をめぐっては、贊成派と反対派がいろいろやっているようだが、両方とも基本的におかしいところが多々ある。おれはいま、これまでさんざんいろいろくっちゃべっていた奴の代わりに入力している。今日いまそいつが横にいて、おなじ『三国志』仲間として酒をのんでいたが、経緯を聞いてここに前掲5段に渡って代わりに私見を提示した次第。おれ自身は批判者に思うところはないし、基本的に掲示板をみないので、これも聞き流してもらって結構。あくまで勢いで。上述したように仕事があるので。ただしこういう見解もあるとは言っておきたい。あと人口解釈の問題だけれども、もともと蜀漢統計や孫呉統計に関しては、学界ではそのままには信じられてこなかった。越智重明氏の研究による影響が大きい。中国では余鵬飛氏の影響がある。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月05日 01:36

    また戸籍と実数が違うとかの指摘も大昔からある。それを走馬楼呉簡を用いて再批判したのが柿沼さんの中国語論文の意義である。走馬楼呉簡研究者の谷口さんが引用しているし、なにより柿沼さんの人口分析は廣瀬薫雄氏らの分析をそのまま受け継いでおり、むしろ現在の主流の解釈に沿っている。蜀漢の人口の特異性はひとえに兵数と吏数の多さだが、これは漢代と比べれば歴然。三国間でも蜀漢が突出しており、それは蜀漢が「更」を無視した動員をしているから。「更」が何かは廣瀬氏の書をみればよい。また「更」を無視している点と、細かい詳細は、柿沼さんの汲古の本をみればよい。査読雑誌は批判者君がいうようにむろん無謬とは限らぬわけだが、なんども査読を通過しているということは、すでに何十人もの匿名査読者がOKを出したということだ。歴史学では史料をみれば追証明が容易で、さすがに追証明をしていない小保方と同一視はひどいだろう。おれはかつて史学雑誌に論文を掲載したおり、事前にこっぴどくやられた経験があるし、それは君もわかるだろう。なお蛇足だが、おれは柿沼さんの新書には上述の点とは無関係に、いくつかミスがあると考えるが、べつに主要論点に問題はないと思っている。ちなみに柿沼さんとは学会でお会いしたことがあるが、劉備と諸葛亮loveだといってたぞ。あまりに意味不明な風評被害がひどいので、代弁しておくがな。直接聞いてみればいいよ、いまは知らんがな。ということで、おれは去る。すまんな、おれにも間違いがあるかもな。ではな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月05日 02:47

    結局は人の名前を出すだけで自分では核心に触れられないんだな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月05日 02:48

    理路整然と説明できない理由は言う側が理解していないからだろうね。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月05日 02:52

    書かなくてもいいことや、聞かれてもいないことを書いてテメエは説明した気になってるんだから相手はアホらしくてやっとられんわな
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月05日 07:19

    >>164
    え、劉備派なの?とりまこの説明でぼくはカタルシスを得られたからいーやw ついでに純粋な質問なんだが、鄧艾について最近野中敬さんが論文を書いてるけど、雲州説はあれでいーの?
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月07日 10:05

    ※168
    佚文の研究としては面白いとおもうな。まぁ姜維と雲州を結びつけるのは、遠距離すぎるようにもみえるが。。じっさいに沓中もいまいち場所がわかってないでしょう。中国歴史地図集とかでは場所が特定されているようだが、根拠がよーわからん。そういった例が多くて、進軍ルートもよくわからんよな。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月07日 19:52

    そら、曹操が河南中央と河北、江北の一部を抑えて天下は決したし。
    弱小地方政権ができても、外から攻撃したところで魏は揺るぎもしなかったからな。
    特に蜀は法正、伊籍、麋竺と文官の要を早くに失い、要がいないから中央から統治もできなかったので
    有能文官の許靖とか王商を中央にとどめ置けず、中央が無能ぞろいになって国家態勢も作れなかったからな。
    結局グダグダやって滅亡だから、面白くないのも無理はない。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月09日 02:21

    証明っていったいなんだろう
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月09日 07:01

    ※170
    こいつはいったい何を言ってるんだろう
    天下は決してないから、天下三分って記録がいっぱいあって
    曹操は関羽の北進に遷都を考えるぐらい慌てて、蜀呉の進攻のたびに朝野恐懼とか幾於危亡とかしょっちゅう出てくるのに
    麋竺はあくまで交友として遇されたとあり、統治に関与した記録などない。仮に関与していたとしたら劉備の即位後だから国家体制を決めた百官の設立には携わってる。
    伊籍は事跡のほとんどが不明、没年も記録されてないし早くに失ったかすらわからない。季漢輔臣賛にも記録されないぐらいなのになぜ要だ
    許靖は劉備の長史を勤め最終的に司徒になって執政に参与してるし、王商なんて劉備が入蜀する前の211年に没してるのに
    どうせ正史基準とか謡ってるあの小説でも読んだんだろうけど
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年06月22日 21:46

    ※27
    >>船で逃げる際には群がる人々を容赦なく切り捨てるなど残忍な性格で
    まったく同じことを許褚が曹操の目の前でやってるんだが…
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年07月20日 22:08

    >>1
    劉禅は三國無双だと能ある鷹は爪を隠す的な感じに描かれてるらしいじゃん。
    個人的には劉備が井戸だかに投げ込んだときに頭を打ったのではないかと思ってるが…。
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年08月03日 05:05

    コメ欄すこ
    無知なワイには勉強になるわ
  • 鳥無き里の名無しさん 2019年09月22日 17:35

    漢中までやな。魏の名将夏侯淵討ち取った!!漢中取って天下取るんやろなぁ。
    換羽死亡→張飛死亡→劉備死亡「ファッ!!」