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【大河ドラマ視聴率】「真田丸」第24話視聴率は17・6% 高嶋氏政、最後の汁かけ飯 ★2
俳優の堺雅人(42)が主演を務めるNHK大河ドラマ「真田丸」(日曜後8・00)の第24話が
19日に放送され、平均視聴率は17・6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったことが203日、
分かった。
大坂編がスタートした第14話は17・1%。第15話は第5話の19・0%以来10週ぶりの
18%超えとなる18・3%を記録。第16話16・9%、第17話17・0%、第18話19・1%、
第19話17・0%、第20話18・7%、第21話16・8%、第22話16・6%、第23話18・9と
推移し、今回も好調をキープした。
初回19・9%と好発進。第2話は20・1%で、NHK大河ドラマの20%超えは2013年
「八重の桜」の初回21・4%以来3年ぶり。
大河ドラマ55作目。戦国時代最後の名将・真田幸村=本名・真田信繁(のぶしげ)の生涯を描く。
ヒットメーカー・三谷幸喜氏(54)が「新選組!」(2004年)以来、2度目の大河脚本。タイトルの
「真田丸」は大坂冬の陣で信繁が築いた最強の砦。同時に、家族の物語として一艘の船に例えた。演出は
木村隆文氏ほか。
第24話は「滅亡」。信繁(堺)は沼田裁定で競り合った本多正信(近藤正臣)、板部岡江雪斎(山西惇)
から頼まれ、北条氏政(高嶋政伸)の説得に向かう。降伏するように説くが、氏政は容易には受け入れない。
やがて、家康(内野聖陽)、上杉景勝(遠藤憲一)、そして昌幸(草刈正雄)が氏政の元をひそかに訪れる。
彼らは東国でしのぎを削った強敵同士として秀吉に許しを請い生き延びることを氏政に勧める…という展開だった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160620-00000080-spnannex-ent
※前スレ 06/20 10:22
http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1466385752/
すわりしままに食うは
伊達もこねてたけど…
物を知らぬ 鄙(田舎)のものとて都人の なぶりて笑う ことの悔しさ
伊達政宗は田舎者として京都で笑われてました
江姫並w
どんどん大坂の伏線というか、信繁への問い返しをやってるが、いくつかはぶっちぎるんだろうな。
あと昌幸ぶっちゃけすぎ、大坂前に死ぬのは絶対心残りだよなw
どうせなら石田堤()で味方が流されるところも描写してやれよ
タッキー主演の時も出てたし。
忍城を開城させた功績をまるごと略奪した昌幸
最低親子だな
NHKは主役をなんでも中心に置くという荒技をやってしまうな
漫画とかそんなもんだよ
へうげものやら蒼天航路やら
とうとう大河は漫画と同列になってしまったのか
全部かけてすげー満悦な顔
○湯づけ
飯に湯をかける、古代から文献に出てくるシンプルな食事
少しは調べてからスレを立てろよ
それとも、わざとボケてみせたのかね?
イケメンのそこそこ有名どころもってきたらもってきたで、
どうせ「三谷とNHKは腐女子に媚びやがって!!!」と言うに決まってるんだよな
調子いいわw
政宗は井伊直孝や直江兼継に強く物申されちゃうんだから
当時は意外と扱いが軽かったのかもね。
氏政の有名な逸話として2度汁かけの逸話がある。
食事の際に氏政が汁を一度、飯にかけたが、汁が少なかったのでもう一度
汁をかけ足した。これを見た父の氏康が
「毎日食事をしておきながら、飯にかける汁の量も量れんとは。
北条家もわしの代で終わりか」と嘆息したという逸話。
で最後の汁かけ飯は汁を足す必要もなく、1度にかけて食べた。
切腹の作法として湯漬けを出すんだよ
湯漬けに香のもの3切れに逆さ箸等
香のもの3切れは身体が切れるを意味する
切腹が広まったのも秀吉が毛利攻めのさい、毛利方の武将が切腹するにあたって余りにも見事な態度であり武士の鑑とたたえたからだしね
昨日の放送では、自分で汁かけてたよ。
湯漬けは、かけた状態で出されるよな。
うむ、昨日は汁かけ1回でしたな
死ぬ間際になってやっと自得したみたいだ
「わしの国盗りもこれにて仕舞じゃ」って意味でザバッとかけたものと見てた
良い顔やったね。
親父を思い出したのかもね。
?@nhkpb_text
「氏政の汁かけ飯」レシピ(1人前)。ご飯に入れるアラ汁は、たいのアラとねぎを煮出し、汁をこす。たいの切り身(刺身用)を加え、
酒・塩各少々で味を調える。仕上げにみつばとゆずの皮を加える。「NHK大河ドラマ・ストーリー真田丸 後編」より
https://twitter.com/nhkpb_text/status/741817631242485760?ref_src=twsrc%5Etfw
これは美味い
鯛茶漬けだなー
時間おけば雑炊だし
味噌汁かけるのとわけが違う
信繁はただの使い走で氏政とも会ってもいない
黒田官兵衛が北条降伏の立役者
代々つづく千家の茶道家から不満来るぞ
どんな風に終わらせるか見もの
リベンジポルノジジジイを配役してる時点ですでに激怒してると思うが、
利休なんて普通に悪人だろ
本能寺黒幕説とかも普通にあるのに
このドラマ、滅びゆく者死にゆく者に冷たくないところがあるからなあ
利休にもフォローというか彼の言い分みたいなものも描かれるのかねえ
ただの茶聖でなく俗で死の商人でもある裏の顔を描いてみせたのは良かったけど
余裕ないよ宮城県民
今井宗久じゃないかw
拡大解釈すれば裏で糸を引いていたのが利休って解釈も余地があるしw
今井宗久は秀吉命、だったので北条と商いやるとしたら息子の宗薫じゃないかな。
ああ、そっちだ
勘違いした、すまん
ずっーと間違えて覚えていた
引用元【大河ドラマ視聴率】「真田丸」第24話視聴率は17・6% 高嶋氏政、最後の汁かけ飯 ★2http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1466395162
小山田と北条の関係は歴史が古いです。武田信虎(信玄父)と油川信恵(信虎の叔父)が争ったお家騒動において、小山田は油川に味方しますが、信虎に大敗、油川信恵どころか小山田弥太郎も討ち死にしました。その際、茂誠の祖父ないし曽祖父である小山田平三が北条早雲のもとに亡命しています。
小山田が武田信虎に下った後、信玄が北条氏康との和睦・同盟に乗り出した際、取次に小山田信有を起用したばかりか、小山田の本拠谷村で折衝を行ったのは、こうした歴史的背景によるものです。その結果、小山田氏は取次役領として、北条氏から所領を与えられています。
武田氏滅亡に際し、小山田弾正有誠という人物が、北条に亡命しており、これが茂誠(彼の仮名は平三)の父親にあたります。北条は壬午の乱で小山田領を制圧しますが、おそらくそれにも有誠・茂誠父子は関与しているでしょう。
小山田平三茂誠に、真田昌幸が扶持を与えたのが小田原合戦後。茂誠を小田原で再登場させたのは、こうした経緯を踏まえてのものです。ただ、茂誠の嫡男之知は武田滅亡時に赤子で、身を隠したという伝承があり、村松殿との結婚は武田時代としました。
北条氏政への降伏勧告は諸大名がばらばらに行っており、韮山開城後は、実弟氏規の関与もあったとみられます。特に家康は、氏直が娘婿ですから、かなり懸命に説得したようです。
それを最終的に取りまとめたひとりが黒田官兵衛なのですが(氏政が氏直を呼び出す前にこの交渉が行われています)、ドラマで描いたとおり、官兵衛が約束した条件は秀吉に無視されてしまいました。なのでここだけ官兵衛を出すと、正直後味が悪いというのが個人的な考えです。(この件、終わり)
さて、降伏を申し出た北条氏直ですが、相手の陣中に「走り入った」とありますので、剃髪し、墨染の衣をまとって敵陣に赴くという降伏の作法を描いてもらいました。ただ、セットの都合で、陣所から寺に身柄を移された、という設定の場面にしています。
氏直が最後歩いていたのは、高野山高室院です。翌年、家康の嘆願により1万石の大名に復帰するのですが、30で急逝してしまいました。疱瘡だったと思いますが、心労も祟ったのでしょう。後は、氏規の嫡男氏盛がつぎ、河内狭山藩として幕末まで存続します。
氏政を説得するシーンと、あとまあ伊達政宗まわりの話しはもちろんフィクションです。こういう場合、こちらに相談があるのは、「政宗と信繁が宇都宮に一緒にいた可能性はあるか」という感じで、まああるでしょうね、という形になると、後は脚本家の領分です。
忍城攻め。水攻めを命じたのは秀吉で、なおかつ責任者は実は三成ではありません。浅野長政です。浅野長政が鉢形に転戦となったため、一時的に三成が代理として引き受けますが、最終的には浅野の指揮に戻っていたはずです。
千利休ですが、今回の描写は完全にフィクションです。これについては、次回とセットになりますので、先の話はお話ししません。まず、魚の絵が描かれていました。これは利休の実家の屋号が「とと屋」つまり「魚屋」であるための創作です。
最初は「とと」という文字を意匠化しようとしたのですが、伏線となる扇子に書くには無粋にすぎ、どうしようかと思っていたところ、助監督がデザインを考えてくれました。デザイナー通してないんですが、みんな一目見てこれだ、と。
なお「とと屋」がなんで魚屋なの?と聞かれ、「とと子ちゃんの実家は魚屋じゃないですか」という説明が喉まで出かかったのは内緒だ。
今回、打ち合わせで議論したのは、戦場における兵糧などの入手方法でした。もちろんこの時代になると大名側が用意するのですが、当然不足は出る。そこで、戦場に商人が従い、敵味方関係なく取引をすることがあるという話をしました。半手商売といいます。半手とは、双方に納めるというニュアンス。
僕はこの大河ドラマでは、戦国社会を描いてもらいたいというのがありまして、まあどこかで使ってもらえればというアイデアをいくつか出しています。今回、商人として登場しているのは利休だけですので、利休に戦国の商人の活動、ここでは半手商売をしてもらってはどうか、となったわけです。
つまり千利休がやっていたことではないが、戦国の商人の間では幅広く行われていたことを、利休に代表してもらおうという形です。敵方への売却ではありませんが、羽柴秀長が国許から送られてきた兵糧を諸大名に配分する際、貸付という形をとったという逸話があり、戦場での商売は当たり前の事でした。
もちろん、次回に繋げられる話だから、ということもあります。あくまで、利休にそういう役回りを引き受けてもらったフィクションであるということを、ご了解ください。
重大なことを忘れてました。今回、ついに秀吉に「天下一統」という台詞を喋らせることに(時代考証としては)成功しました。一般には「天下統一」が馴染みがあると思いますが、「統一」という言葉は江戸後期が初見で、秀吉の時代には使われていないのです。当時は、「天下一統」といいました。
後醍醐天皇の建武の新政を「公家一統」と呼ぶのと同じ言葉です。
あとお気付きの方も多いと思いますが、氏政最後の食事は生涯最初の一気に汁かけ飯、です。なお、僕は会議で「「どうだろう、切腹の前に食事をしては、見苦しくはならないだろうか」と山南さんが言ってましたが…」とコメントしております。
江戸。北条の支城がおかれ、武蔵支配の拠点のひとつですから、「噂以上のススキの原」というのはドラマの流れ上、家康が不機嫌に言っているだけです。実際には、秀吉は家康を東国の押さえと考えており、その本拠に相応しい場所として選んだようです。小田原だと、南すぎるんですよね。
半手商売補足。許されるのはあくまで一般の商人であって、利休のような人間がやったら当然まずいわけです。大坂の陣後、信之は宮下藤右衛門尉という家老を、信繁に弾薬類を横流しした疑いで処刑しています。