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江戸時代に性タブー存在せず 当時の男性は胸に無関心だった
2016/1/27(水)16:00 NEWSポストセブン
日本で初めて美術館で開催された「春画展」が大盛況のなか幕を閉じた。江戸時代の性風俗が、芸術と持て囃される現代、性表現はどこに向かうのか。このたび『性のタブーのない日本』を上梓した作家・橋本治氏に話を聞いた。
* * *
かつての日本人にとって、恋とは「やる」ことだった。つまり、セックスです。『古事記』や『源氏物語』などの古典を読めば明らかですが、江戸時代まで、日本に性のタブーは存在しなかった。
『源氏物語』の中で、光源氏は何度となく夜、女の部屋に忍び込み、合意なしにやっちゃっています。今でいう強姦ですね。この時代の「逢う」「見る」という言葉は、イコール性交渉ですから。にもかかわらず、否定的な書かれ方は一切していない。
平安時代、貴族階級の女は、顔を見せないことを原則にしていたので、男は顔も知らないまま性行為に及ぶわけです。当時、オッパイに触ることは、性行為の中に含まれていません。
その証拠に、春画では、性器は着色してありますが、乳首や乳輪には色がない。関心が低いわけです。もっとシンプルに、穴があったら突っ込め、なんです。
ただし、人妻が他の男性と肉体関係を持つと姦通の罪に問われたように、モラルは存在していました。喜多川歌麿や葛飾北斎などの春画が変名で描かれたり、無署名なのも、浮世絵師の中にイヤらしいことを描いているという羞恥心があったせいでしょうね。
タブーはなかったけど、道徳観は持っていたわけです。今と逆ですね。現代はタブーはあるけど、モラルはほとんど失われてしまった。
相手の顔を見て、恋に落ちて、手紙を書いて、せっかく会えても手も握らない……なんてまどろっこしい恋愛は近代以降、西洋から入ってきた文化です。
(略)
詳細のソース
http://news.nicovideo.jp/watch/nw2008554
結構好き者同士はまぐわっていたようだww
春を売ってた女もいたようだしww
胸が大きかったら着物が似合わない
違う違う。
豊乳と豊尻は「鳩胸、でっちり」と言われて不細工の範疇だったの。
美人の基準って時代によって変わるだろ?
いま思い返すとあれは胸を隠す風習が無かった時分の名残なんだろうか
婦女子が胸をはだけて良い場所(銭湯とか)、
良い場合(授乳時)があったという事であって
何時でもどこでも構わないという習慣ではない。
ちなみに朝鮮民族では子供を産んだ女性にだけ胸を出す服を着る資格があったので
未婚者・不妊者は胸を見せる服は着ることが出来なかった。
つまり、あの特殊な服装は女としての自慢。
>何時でもどこでも構わないという習慣ではない
無論まちがいなくそのとおりでした
あるいは栄養状態の関係で、あんま大きいのがいなかったとか
力仕事してるような写真は普通に残ってる、それほど隠すべきものとも思って無かっただろう
タブーが変態を生み出すのだ
はげどう
日本の隠す文化は変態を大量に生み出す
>裸族に変態性癖が見られないように
その保証はないんだぜ
本多勝一「ニューギニア高地人」を読むと良く解る。
結論から言うと裸族にも「変態」の概念はあります。
ネットでは嫌われている本多だが「カナダ・エスキモー」を始めとしたルポの傑作は多い。
どこでアカに魂売って平気で嘘つけるようになったんやろね
俺の知る限りでは南京大虐殺を捏造し始めた「中国の旅」からのはず。
万博の頃にはまだ世のカアチャンたちはひと前で赤ちゃんにオッパイあげてたし
アノ民族が増殖し始めてから自己防衛的に自粛が始まったんじゃないか?
「乳バンド」存在しなかっと当時は
伸び放題だったし
昔の婆さんは、邪魔になると肩に掛けてた
それでいて垂れているおっぱいを恥ずかしがらずにさらされても……
垂れてなくて、恥ずかしがってて、それでいて今よりは隙があって
ちらって見えちゃう。見えちゃっても恥ずかしそうにこっちを見るだけ。
とかだったら江戸時代に戻りたい。
勘違いだぞ。
杉浦日向子のマンガを読んでみろ。
あの人は江戸時代と吉原の専門的な研究者だったから読めば解かる。
長屋のご隠居に、2,3回くらいは普通だが7回は多過ぎじゃ、って説教される
女の話が何かに載ってた
男女比率が極端だったからね。
まったくもったいない事をする
戻りカツオも食べなかった
逆にバナナなんて見たこともなかったんだろうな
江戸では脂っこいもの全般がいまいち人気がなかった
多分冷蔵庫ないから、基本的には生ぬるい状態の脂っこいものが気持ち悪かったんじゃなかろうか
傷みやすいし
あとバナナはもちろん一般的じゃなかったが、戦国時代に持ち込まれた時は一応織田信長は食ったみたいだから、学者とかには存在は知られてたかも知れん
http://www.yk.rim.or.jp/~tendo/f970303.shtml
松尾芭蕉の芭蕉ってバナナのことです
吉本ばななはこれをモジったペンネームです
主に観賞用として用いられる。花序は夏から秋にかけて形成される。実がなることはあまりないがバナナ状になり、一見食べられそうにも見えるが、種子が大きく多く実も綿のようで、タンニン分を多く含む種株もあるため、その多くは食用には不適である(ただし追熟させればバナナ同様食用になりうる実をつける)。琉球諸島では、昔から葉鞘の繊維で芭蕉布を織り、衣料などに利用していた。沖縄県では現在もバショウの繊維を利用した工芸品が作られている。

そりゃそうだけど、普通の芭蕉っていわゆるバナナ!って感じの身はならなくない?
沖縄とかの芭蕉詳しくないから間違ってたらすまん
う~ん、ギリギリの説明だなあ。
初めて日本に入ってきた時のトマトが観賞用だったように芭蕉も観葉植物だった。
実は生るけど小さくて旨くない。
生ぬるい脂は気持ち悪い
そうか、行灯の油を舐めるのは妖怪だよな
あれは庶民が高級な油を使えずに魚(鰯とか)の油を使っていたから。
それで猫が舐める。
で、その影が障子に大写しになって「化け猫」の伝説の一部となった。
平成のチョイ前に成仏した田舎の婆ちゃんは畑じゃあ上半身裸だったな
ばあさんだからじゃなくて娘のころから普通だったって
ただ江戸時代の江戸って武家がたくさんいたから、武家階級は胸ってより肌そのものを出すのははしたないって感じだったんじゃなかろうか
銭湯も一時期以外は大体混浴だったし、庶民はあんまり気にしてなかったと思うが
何度も出してる、で風呂屋の方は脱衣所に衝立立てて左右で男女に分けましたって感じ
逆に雑誌に載ってる若いアイドルの水着姿って
改めて良いなと最近つくづく。
そんなこと言ったら晒し首が普通だった時代もあるわけで
カナダなんかの寒い地域だと
子供が脂身食べたがらないから食べるまでデザートお預けだの
寒いから脂身食べるのはとても重要だそうだけど
脂身を人参やピーマンに置き換えるとまんま日本なんだが
毛唐が言うハンバーグやステーキの美味さ基準の
「ジューシー」って肉汁というより脂そのものだよなあ
アブラてのは肉付きに「旨い」と書くからなあ
鮪
猫またぎはトロ説もある
鮪は古名がシビで死日ともとれるから、鎌倉時代にはすでに武士には避けられていた
鰹は勝つ男で人気があったもよう
江戸時代は鮪は赤身を漬けで食べてたから、全く食べられてなかった訳でもなかったらしい
トロが傷みを早めてたんだとは思います
ヅケが発明されてから、食されるようになったとかなんとか…
それまでは、「生産地」でこそ食べられる
珍味だったのだろうとは思います
「目黒のさんま」とか、奇天烈な噺もありますしね
珍味…なるほど
脂身は傷みやすいからなあ
例外的にトロを使うねぎま鍋も冬のものだったみたいだし
そういえば脂乗ってるせいか、さんまも江戸時代後期まではあまり食べられてなかったし…もったいない
食べ物の周りを
柔らかいところは、格好の標的
一流の板場が食あたりを恐れて脂を徹底的に落としたから
築地でその日揚がった新鮮な秋刀魚なのに
目黒の百姓が一山ナンボで買ったのより不味くなったんだった
地下に潜って貧乏な幕末の志士たちには安い重宝な肴だった
こいつらが後年、明治の元勲だのに出世しても
やはり食ったからトロは高級になった
共通項が狭められるから
息苦しくなるんだよな(意味深)
引用元: ・
http://uni.open2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1453896021/