
高木渉きたー!
きたー!
昌幸渋い、信幸結構いいじゃん
ん?待て、こう=信幸の妻ってどゆこと?
一昨年の黒田長政の例:最初は蜂須賀小六の娘と結婚していたが
家康と接近するため・・・と同じとかだと嫌だな。
長政は史実だけど。
妻じゃなくて妾だね
てか、梅がきりの幼なじみになってんだが
死別じゃなくて官兵衛の時の長政と一緒で
家康から小松をもらった時に側室に格下げしただけ
といっても一緒に住んでたし
この時代には別におかしいことじゃない
そりゃそうだが、それが原因で黒田と蜂須賀はズーっと仲悪かったし当時の人から見てもあまり気分の良いものでも無いんじゃね?
長政の時は最初の奥さんがちょっとかわいそうだったよね
史実ではどんなだったか知らないけど
真田丸ではどんな感じになるんだろう
西村きたー
加藤清正に新井浩文!
小早川秀秋に浅利陽介
キタ――(゚∀゚)――!!
おい、また浅利陽介が秀秋かよw
どんだけ配慮してたんだw
2年ぶり2回目www
つか藤岡忠勝濃いいww
皆渋いね!鼻血出そう
服部半蔵の人も芸人枠なの?存じ上げない人だ
服部半蔵は忍びというくくり方で良いのだろうか?
いつもの芸人枠でしょ
ヒストリアでは忍者を配下にもつ武将という紹介のされかただったけど
だよね『忍者ハットリくん』と謳いつつも
親から忍びにはなるなと言われていたって説明があった
普通に家臣の方がいい気がするよね
官兵衛のかと思ったら真田丸か
浅利君の小早川感の定着
ああ、もうワクワクしてきた
安定の三谷枠
配役だけ見ると当たって当然な布陣やで
ここに大阪浪人五人衆が加わると、贅沢やね
リリーフランキー、ああ間違いないな、これは
北条氏照は出ないのか残念会
隠れた人気観光地だからやった方が東京の視聴率が上がるのに
忍城攻めに行くのでは?
忍城攻めから小田原攻めに行くんだろうね?
八王子城に行った時に真田昌幸も城攻めに加わったと看板に書いてあったような記憶があるけど
史実かどうかは分からないし
元亀2年(1571年)に主君・北条氏康が病に倒れたとき、鶴岡八幡宮にて病平癒の祈願を行なった。
天正元年(1573年)、北条氏の盟友・武田信玄が死去したとき、氏政の命で病気見舞いの使者として
甲斐国に赴いたが、このとき、武田信玄の弟・信廉が影武者となっていることを見抜けなかったとされる。
後に、北条氏が武田氏と同盟決裂すると、勢いに乗る織田信長と北条氏は同盟を結ぶが、この使者として赴いた。
天正10年(1582年)の織田信長の死で信濃国をめぐって徳川家康と北条氏直が対立したときは、その和睦交渉に
奔走し、家康の娘・督姫を氏直の正室に迎えることで和睦を取りまとめた。
以後、太田氏房の補佐として岩槻城に拠る。
天正17年(1589年)、北条氏と豊臣秀吉との間で対立が深まると、
北条氏規とともにその関係修復に尽力した。このとき、秀吉は江雪斎の才能を気に入り、自ら茶を点てて与えた
といわれている。
なるほど!さすが真田の戦法はしびれるね
[ 2015年12月14日 13:54 ] 芸能
NHK大河ドラマ「真田丸」(来年1月10日スタート、日曜後8・00)の初回完成試写会が14日、
東京・渋谷の同局で行われ、主演を務める俳優の堺雅人(42)が出席。
自身が演じる主人公・真田幸村が言ったとされる言葉を引用しながら
「やるからには皆さんに楽しんでいただきたいのですが、あまり損得ばかり考えると、縮こまった、つまらないドラマになってしまうと思います」
と視聴率は気にしない意向を示した。
この日明らかになった今年の「花燃ゆ」全50話の平均視聴率は、
大河歴代ワーストタイとなる12・0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だった。
制作統括の屋敷陽太郎チーフ・プロデューサーも「1人でも多くの方に見ていただきたい」
としながら「数値目標を設定すると現場が“濁る”。よりおもしろいものを作り、
記憶に残るドラマにしたい」と視聴率にはとらわれない方針を口にした。
現在放送中の『下町ロケット』(ともにTBS)のテーマ音楽も手がける服部隆之氏を起用。
ヴァイオリニストの三浦文彰によるソロパートが際立ったテーマ音楽でドラマを盛り上げる。
(2015年12月14日14時35分)
引用元: ・
http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/nhkdrama/1449239206/
Twitterより時代考証の丸島和洋氏を中心に興味深いTweetを紹介
なお、昌幸は「昌幸」「真田殿」「安房守」以外で呼ばれることがあります。それ以外の人でも、ここぞという時には官途呼びをしています。どういうさじ加減でやっているのか、楽しんで頂ければと思います。呼び方にも、意味を籠めています。
— 丸島和洋 (@kazumaru_cf) 2015, 12月 13
官途名で読んでほしい気持ちも分かるけど、やはり今はもう厳しいだろうねぇ。第一、戦国の世ではあいつがあの官途名を名乗ってるから対抗してこっちも名乗ったるわみたいなの多いし。安房守って言った時にそれが真田昌幸なのか北条氏邦なのか、どっちだって問題になってしまう
— うりみん@縮小中 (@y_urimyn) 2015, 12月 13
鋭い。なので、北条関係者には昌幸を「安房守」とは呼ばせないようにしています。 https://t.co/MhmRgKElY0
— 丸島和洋 (@kazumaru_cf) 2015, 12月 13
ちなみに、「治部少輔」は「じぶしょうゆう」ではなく「じぶのしょう」と読みます。「刑部少輔」も「ぎょうぶのしょう」。
— 丸島和洋 (@kazumaru_cf) 2015, 12月 13
家臣が主君をどう呼ぶかも、厳密に峻別しています。なんとなれば、織田信長と武田勝頼と徳川家康ではそれぞれ呼び名が異なります。詳しい人は、ピントくると思いますが。
— 丸島和洋 (@kazumaru_cf) 2015, 12月 13
ただ、「真田太平記」のときとは違って、信幸を「豆州」と呼ぶことはもう無理だろう、と踏んでいます。「伊豆守」=「豆州」っていうのはつながらないだろうな、と。
— 丸島和洋 (@kazumaru_cf) 2015, 12月 13
なお、NHKに最初に来た苦情は「「真田信幸」は漢字が間違っている、なんで「信之」じゃないんだ」でした。ちなみに、複数。
— 丸島和洋 (@kazumaru_cf) 2015, 12月 11