雑談

もしも秀吉が明ではなく蝦夷地以北を攻めていたら

1: 人間七七四年 2012/11/14(水) 21:28:57.82 ID:bj9p/ZAP.net

シベリアは日本になっていただろうか
no title

2: 人間七七四年 2012/11/14(水) 21:55:24.77 ID:ukIi7M/A.net

おーーーーナイス好奇心☆
3: 人間七七四年 2012/11/14(水) 22:31:12.03 ID:ngiMIftZ.net

シベリアに行きたがる大名も農民も商人いないだろ
切り取り成功しても赤字
4: 人間七七四年 2012/11/15(木) 00:09:10.32 ID:R8PvHFHK.net

カムチャッカとかはアイヌと同族のクリルだから余裕だな。
シベリアは微妙だけど極東ロシアはほぼ無主状態だからこれも余裕。唐入りを失業対策って側面て考えたら1が五奉行にいれば地図が大分変わってたんじゃねー
5: 人間七七四年 2012/11/15(木) 00:28:06.66 ID:8ZJtl3k3.net

要注意大名はシベリア送りになるのか
6: 人間七七四年 2012/11/15(木) 00:59:36.33 ID:I/plaqZ1.net

シベリアとかあんな不毛の地取ったって意味ねーだろ
二百年後くらいの間宮林蔵に任せとけばいいんだよ
7: 人間七七四年 2012/11/15(木) 02:21:32.23 ID:8u8KgbHY.net

シベリアより外国勢力のない
国後、択捉と島を辿ってアラスカ辺りまで勢力を伸ばせたかも
8: 人間七七四年 2012/11/15(木) 02:32:26.56 ID:R8PvHFHK.net

だから意味は失業対策だって。
屯田兵だって不毛の大地にいったじゃん。
9: 人間七七四年 2012/11/15(木) 07:35:52.88 ID:I/plaqZ1.net

ご当地ロシアだってもて余し気味・流刑地のシベリア流しって死罪と同義じゃん
屯田兵の実情は死んでも構わないような罪人だぞ
10: 人間七七四年 2012/11/15(木) 14:27:32.58 ID:psFWQwfs.net

いっそみんなでオーストラリア大陸めざそう
11: 人間七七四年 2012/11/15(木) 16:11:58.18 ID:nvJ9rtWP.net

いやいや、ここはやはりインダス河、ザグロス山脈、ボスフォラス海峡、ライン河を打通して南蛮国へ。
12: 人間七七四年 2012/11/15(木) 17:31:26.70 ID:lXvY0Pro.net

シベリアの木を数える仕事どころか、シベリアの木になりに行く仕事だな
今もってアレなのにシベリア、アラスカとか鮭やクマでも狩りに行くのか
13: 人間七七四年 2012/11/15(木) 20:28:02.62 ID:bgAwRkvI.net

名護屋城的なものはどこに建てるのかな
14: 人間七七四年 2012/11/15(木) 21:02:16.60 ID:I/plaqZ1.net

宗谷岬から出発するなら今の旭川の位置くらいかな
札幌函館(今の)かも。本州に近いし。
道民だがたまに絵島と渡島の違いが分からなくなる
っていうか今わからない
15: 人間七七四年 2012/11/15(木) 22:28:35.56 ID:TuTvEt+i.net

鮭、にしん、鱈、、昆布、おっとせい、あと石炭
16: 人間七七四年 2012/11/15(木) 23:29:27.62 ID:ZFfMcIXF.net

アリューシャン島伝いでアラスカもありだな
17: 人間七七四年 2012/11/16(金) 00:04:14.03 ID:Sy3n1KIq.net

ロシアじゃラッコの毛皮が超高値で取引されてたらしいよ。
江戸でもけっこう売れたらしいけど。
18: 人間七七四年 2012/11/16(金) 00:31:25.17 ID:OFKTbhQj.net

せいぜいオホーツク海沿岸までだろうね
内陸部とか無理。死ぬ
19: 人間七七四年 2012/11/16(金) 10:41:17.98 ID:Z5tiblIT.net

石炭は当時価値あるんだっけ?
20: 人間七七四年 2012/11/16(金) 11:16:04.08 ID:/V+bX9R6.net

石炭採掘したとして、気候とか輸送経路とか考えると、安定的に供給できる気がしない
21: 人間七七四年 2012/11/16(金) 16:29:35.20 ID:7NHrsZ3p.net

米も育たぬ土地を攻めてどうする
22: 人間七七四年 2012/11/16(金) 18:20:06.67 ID:5jBfyzop.net

近代化はどうなったんだろう
24: 人間七七四年 2012/11/17(土) 01:43:29.39 ID:DXwHGMhE.net

全員凍死だろ
25: 人間七七四年 2012/11/17(土) 06:03:26.44 ID:3dS/m0vM.net

オホーツク沿岸やサハリンとかなら凍死もたぶんしないしロシアがくるのは百年くらいあとだからいけるんじゃね?
でも結局ウラジオストクらへんまで南下して日本海が内海になり大都会富山が誕生する‥
27: 人間七七四年 2012/11/17(土) 13:11:47.99 ID:mflJVV6U.net

ここに出張ってくるのはロシアだけで、それもまだ後の時代だから
樺太がもう少し確たる領土扱いになって、樺太の交換条約はなかったんじゃないか
28: 人間七七四年 2012/11/17(土) 13:57:54.15 ID:HKOWp36g.net

江戸時代後期ですら蝦夷で弘前藩士遭難事件みたいなのも起きてるし、シベリアとか無理なんじゃないかな
松前藩は勘察加や樺太まで領有してるとかホラ吹いてたけど

やっぱ攻めるなら琉球、フィリピンだな

29: 人間七七四年 2012/11/17(土) 19:16:22.94 ID:SX1KJyZp.net

なんで切り取り放題の蝦夷地をほっぽってたの?って思う
京都から遠いから?交易で莫大な利益を産めるのに
津軽海峡くらい軽くこえていけるのに
30: 人間七七四年 2012/11/17(土) 23:13:48.38 ID:g1ht5Gik.net

>>29
交易だけで充分だったからだよ
米も取れん土地切り取ってもうま味無いし、ならアイヌから買い叩いて稼いだ方が、直接支配するより安上がり
31: 人間七七四年 2012/11/18(日) 02:22:02.82 ID:JVH5vDLQ.net

米作れない以上無理
32: 人間七七四年 2012/11/18(日) 02:59:19.10 ID:jLYo2zuU.net

何もない土地に進出して、支配地を広げようという意識は
当時なかったのかもね
朝鮮、あるいは明を攻めたのはそこに国があるからで、
それを服属させるためではないだろうか
33: 人間七七四年 2012/11/18(日) 08:13:42.20 ID:un4XC6ob.net

明に攻め入り沈毒(インド)まで征服するつもりだったので
たかが通り道の朝鮮人程度にあんだけ苦戦するなどボケかかった太閤殿下には
なおさら理解できなかったんだろうさ
34: 人間七七四年 2012/11/18(日) 11:06:44.35 ID:WCHFMqI1.net

>>33
信長の命令で、壮齢の秀吉が直接行ってたら面白かったのにな
40: 人間七七四年 2012/11/21(水) 01:36:29.84 ID:5qnTmti7.net

>>34
82年当時で余命17年だからな・・・
しかも最後の5~6年はもうろくしてたし
実質10年ぐらいしか陣頭に立てない

さらに82年当時で北条上杉はまだ領土保ってるし、
東北は混乱してるし、
実質3年ぐらい働ければいいほうだったんじゃね?

35: 人間七七四年 2012/11/18(日) 20:01:40.16 ID:CGrWROAb.net

石高制だとお米がとれないとこは無価値なのなか
36: 人間七七四年 2012/11/19(月) 05:07:55.95 ID:qxa6a6IU.net

人足や農民がいないと重農主義社会が成り立たないからかな
石高制のせいで米ばっか作ってた印象があるけど違うんだろうなw
37: 人間七七四年 2012/11/19(月) 09:15:37.92 ID:7H4kfpGY.net

北海道で安定して栽培出来るような米の品種が開発されたのはここ数十年でしょ
38: 人間七七四年 2012/11/19(月) 19:38:50.23 ID:9uzjo7w2.net

台湾に入植したりパプアニューギニアに入植すれば良かったのに
39: 人間七七四年 2012/11/19(月) 20:12:55.71 ID:tDbmY3PK.net

小氷期真っ只中のシベリアor千島列島に突っ込んでもねぇ…。
台湾領有は割と現実的だったかもしれない。でもそれだと産業革命後に西欧勢力が押し寄せてきて植民地化して今ごろ沖縄も日本領じゃなかったかも。
小氷期(しょうひょうき、英:Little Ice Age, LIA)とは、ほぼ14世紀半ばから19世紀半ばにかけて続いた寒冷な期間のことである。小氷河時代、ミニ氷河期ともいう。この気候の寒冷化により、「中世の温暖期」として知られる温和な時代は終止符を打たれた。
41: 人間七七四年 2012/11/21(水) 11:51:07.35 ID:SuDFzcSC.net

全国規模の大事業でも失敗してるのに一武将ほかでどうにかなるわけがない
第一補給はどっからすんの
43: 人間七七四年 2012/12/01(土) 21:50:27.72 ID:ydpWveOX.net

上で米が云々って言ってるけど貨幣経済に替えちまえばいんじゃね?
信長は貨幣の大事さ分かってたし維新の時にできたんだからできないってことはないだろ
44: 人間七七四年 2012/12/10(月) 19:34:12.01 ID:RfdmZQrl.net

ハワイに行って楽しく過ごそうぜ
45: 人間七七四年 2012/12/12(水) 18:17:28.34 ID:Y+VBVcXl.net

マリアナからパラオ、トラック、マーシャル、ギルバート、マキン、タワラぐらいまでなら
制圧できたかもしれん
そしたら広大な西太平洋が日本領になっていた
46: 人間七七四年 2012/12/12(水) 18:38:18.81 ID:uy/u31bH.net

戦国時代から近代まで維持するのも難しそうだな
47: 人間七七四年 2012/12/12(水) 23:35:36.93 ID:+U2kTy3/.net

せいぜいフィリピンまでじゃね
48: 人間七七四年 2012/12/13(木) 20:29:43.47 ID:DN/Qokue.net

重商主義の秀吉が南進よりも蝦夷地以北を目指す事はIFでも
考えられない。
49: 人間七七四年 2012/12/14(金) 02:36:10.18 ID:DCuFy69y.net

蝦夷地だけでお腹いっぱいだな
追放先としてなら有りかもしれんが
50: 人間七七四年 2012/12/14(金) 17:37:04.35 ID:Kfm/rF4b.net

北海道って行政単位は一個だけどそこらの県よりはるかにデカいからな
同じくらいの大きさの九州だけで9県あんのになんで道だけひとまとめにされてんだよ
51: 人間七七四年 2012/12/14(金) 19:29:48.40 ID:B8ZAF558.net

でかい釣り針だぜ
53: 人間七七四年 2012/12/21(金) 20:26:40.14 ID:XejAruNT.net

そのままアラスカまでいって新大陸が日本の領土になってた
54: 人間七七四年 2013/01/08(火) 19:18:20.18 ID:EWzOIM/T.net

カムチャッカ半島にも、日本人が沿岸に少々住んでいたが、ロシア人は
たったの40人の兵で南下しつつ
カムチャッカ全土を占領したぞ。
秀吉が北進をかけていたら、蝦夷どころかベーリングまで占領できるわ。たぶん。
no title
55: 人間七七四年 2013/01/08(火) 21:11:47.05 ID:uS8g2tLY.net

してどうすんだよ
56: 人間七七四年 2013/01/08(火) 22:33:29.14 ID:EWzOIM/T.net

土地占領だね。沖ノ鳥島みたいに、岩礁みたいなちっぽけな島でも
日本政府としては手放すつもりはないのと同じく、
日本最北端の酷寒の土地でも、あるならば、たやすくは放棄しないさ。

ちなみに、小笠原諸島は、武将の小笠原氏が見つけたということになって命名されている。

57: 人間七七四年 2013/01/08(火) 22:39:29.40 ID:1tO8LqgK.net

蝦夷逝きなんて罰ゲームでしか無いわ、反乱起きるで
58: 人間七七四年 2013/01/08(火) 22:56:05.68 ID:EWzOIM/T.net

水戸黄門だって、蝦夷まで漫遊してるよ。快風丸という舟でね。
59: 人間七七四年 2013/01/08(火) 23:47:01.13 ID:uS8g2tLY.net

だから農耕もできない土地を当時保有しとくメリットはなんだよ
60: 人間七七四年 2013/01/09(水) 01:04:46.91 ID:aZzbwdSM.net

流刑地
61: 人間七七四年 2013/01/09(水) 05:02:41.55 ID:4V7PEd4r.net

ID:EWzOIM/Tみたいな馬鹿も受け入れる戦国板住人
62: 人間七七四年 2013/01/09(水) 07:24:00.38 ID:GG+zSJOR.net

光圀本人は蝦夷まで行っていないが、
快風丸云々は本当。
快風丸(かいふうまる)は、江戸時代の貞享年間に、蝦夷地探検を目的に水戸徳川家で建造された船である。江戸時代の三大船舶のひとつに数えられる。
63: 人間七七四年 2013/01/09(水) 21:36:09.35 ID:YfM6583z.net

先の副将軍がもっとも遠出したのは鎌倉
津軽や薩摩どころか出羽・岐阜越後にすら行ってない
ちなみに越後では丹後のちりめん問屋の隠居を称する
64: 人間七七四年 2013/01/09(水) 22:31:34.82 ID:GG+zSJOR.net

先の副将軍は、戦国時代が終わったばかりの時代の人であって(1628年~1701年)、
いろいろぶっとんでて、殺人を何人もやったほど。水戸から蝦夷の石狩まで送り出した舟は、
物品を土産に帰ってきた。
秀吉は、奥州の北の果てまで占領するため大軍を派遣したし(九戸政実の乱は、青森と岩手の境あたり)
蝦夷の土地から挨拶にきた酋長を歓迎している。
また朝鮮出兵で加藤清正の軍勢は満州まで到達したが、緯度からいえば、日本では蝦夷の南部と
同じぐらいだ。そのくらい北方まで到達している。
当時は意外と、北の果てについても探る動きがあったといえよう。
65: 人間七七四年 2013/01/10(木) 06:18:32.98 ID:XIwM19Eb.net

キチガイが居ますね…
67: 人間七七四年 2013/01/11(金) 21:40:27.34 ID:gxfZXtfn.net

こんなとこキチガイしかいないだろ
68: 人間七七四年 2013/01/12(土) 14:16:10.58 ID:Hud66Jnl.net

そもそも2chにくるやつはどこかしらおかしい
69: 人間七七四年 2013/01/16(水) 08:44:20.92 ID:gPlvwtB5.net

ジャガイモを持ち込めば充分食料生産は可能だし、ジャガイモを持って蝦夷地に進出していたら、1700年代にはアメリカ大陸にまで勢力を広げ、フランス、イギリスと戦争してたかもね
71: 人間七七四年 2013/01/18(金) 07:42:28.96 ID:G7x6bIEv.net

ジャガイモって秀吉時代ないだろ
つうか簡単に言ってくれんね、北海道開拓がどんだけ国費と労力使ったと思ってんだ?
秀吉の時代にとってもぶっちゃけ不良債権
ジャガイモが伝来したとしても、米は取れない、まともな洋式農法も確立されてないじゃ
やっぱり維持するだけでも金食う不良債権にしかならねえよ
ジャガイモ(馬鈴薯、英: potato、学名:Solanum tuberosum L.)は、ナス科ナス属の植物。地下茎を食品として利用する。
ジャガイモは地下の茎の部分(塊茎)を食用にする。加熱調理して食べられるほかに、デンプン原料としても利用される。比較的保存がきく食材であるが、暗くても温度の高いところに保存すると発芽しやすいため、涼しい場所での保管が望ましい。芽や緑化した塊茎には毒性成分ポテトグリコアルカロイド(ソラニンなど)が多く含まれ中毒の元になる。
日本には、1600年ごろにオランダ船によりジャカルタ港より運ばれた。日本では当時は観賞用として栽培されたという。
72: 人間七七四年 2013/01/18(金) 10:05:04.93 ID:HXyX4k9X.net

地図上の面積広いほうが強そうでいいじゃん
73: 人間七七四年 2013/01/18(金) 19:23:06.02 ID:AlGqbNMf.net

だから不毛の地とったって維持費が大変だって繰り返しいわれてるだろ
74: 人間七七四年 2013/01/18(金) 21:48:50.88 ID:rmIhezpe.net

秀吉の時代にジャガイモは伝来してたし、蝦夷地を開拓すれば漁業による大幅な収入増加も見込める
76: 人間七七四年 2013/01/20(日) 13:36:33.06 ID:p9CniC3Q.net

>>74
戦国~江戸中期にかけては本土に未開の地が多かったし
わざわざ蝦夷地まで開拓する必要性がなかった。
蝦夷地の開拓が構想されるようになるのは
本土をほぼ開拓しつくした江戸後期から。
75: 人間七七四年 2013/01/19(土) 03:15:42.81 ID:cjH4zZbV.net

本当に当時の技術で相応のリターンが見込めるなら、本格進出を試みる北奥州諸将がもっと沢山いると思うけど
77: 人間七七四年 2013/01/20(日) 15:21:48.53 ID:DA4kYSxr.net

蝦夷地で漁業が盛んだったのは記録にもあり、加工業もそれなりに発達していたけど
それで大多数の人口を養うのは無理。養えるならとっくにアイヌが蝦夷地の主になってる
78: 人間七七四年 2013/01/21(月) 21:31:02.01 ID:ZTNct1/C.net

米は無理でも小麦なら十分育ちそうなものだけどな。
本州は降水量が多くて小麦の生産には向かないところが多いから
意外と特産品として栄えたかもしれんのに
79: 人間七七四年 2013/01/21(月) 21:53:37.60 ID:+iUJ+wZV.net

アイヌの船と日本人の船じゃ出来が違うし、日本人が蝦夷地で漁に乗り出せば相当な収穫が期待出来たでしょ
それに加えて農産物を栽培すれば、開拓に見合うだけの生産量は見込める
80: 人間七七四年 2013/01/21(月) 23:32:26.45 ID:kA5MHHX2.net

ないない
81: 人間七七四年 2013/01/22(火) 03:19:35.01 ID:Us5WZ9CP.net

リスクの方がでかいから小規模交易に留まってた

リターンの方がでかいなら、当時として現地の状況を一番把握していた安東蠣崎らが手を出すはず

82: 人間七七四年 2013/01/22(火) 08:40:11.91 ID:SH3YFuBe.net

当時の蠣崎氏やアイヌにジャガイモとその栽培法を与えてやれば開拓しまくってたと思うよ
87: 人間七七四年 2013/01/22(火) 20:09:14.36 ID:jgl/S3aY.net

>>82
松前藩自体が農業を禁止してたみたいだから無意味。
83: 人間七七四年 2013/01/22(火) 13:59:32.67 ID:M+/nhcgg.net

膨大な金と人つぎ込んで開拓しても、出来上がるのは寒冷地で生産性が低い土地だよ
冷害に怯えなきゃならない土地で農業するよりは、普通に内地の温暖な土地に予算投じて拓いた方が良いでしょ、この当時なら
そこまでして蝦夷地を拓かなきゃならない意義が思い浮かばないんだが
84: 人間七七四年 2013/01/22(火) 17:33:27.09 ID:/+kcOICg.net

当時の技術じゃ開拓が難しい
身近に未開発な土地がまだある
そもそも投資に見合った利益が出ない

これで結論じゃダメなの?
なんか妙に拘ってる人いるけど

85: 人間七七四年 2013/01/22(火) 17:35:03.37 ID:jnnjZPjh.net

面積広いほうがいいじゃん
86: 人間七七四年 2013/01/22(火) 17:53:50.69 ID:Us5WZ9CP.net

ただの馬鹿か
88: 人間七七四年 2013/01/22(火) 22:42:59.18 ID:PaTYlgBy.net

だって本州の開発が終わったのが江戸中期ごろっていうんだから
戦国期に未開の蝦夷地にまで手を出す意味がない
自国の農地ですら空いてるのに
89: 人間七七四年 2013/01/22(火) 23:07:46.02 ID:yxeugdUJ.net

要するに、当時でも蝦夷地開拓はやろうと思えば可能で、
もし、秀吉が北方に国土を広げよう、北方経由でヨーロッパやアメリカ大陸に進出しよう等と考えた場合、シベリアや北米にまで国土を広げられた可能性は充分あるわけだ
92: 人間七七四年 2013/01/24(木) 22:10:44.34 ID:jYDkRlDi.net

>>89
松前藩が他藩並みに麦畑などの開墾をやってたら
樺太・千島交換条約も日本側が優位に立っていたかもな
95: 人間七七四年 2013/01/25(金) 06:40:58.11 ID:lIvF+uwH.net

秀吉の時代に蝦夷地を手に入れる価値はあんまりないとは思うけど、仮に手に入れたとして
例えば拠点拠点を押さえてアイヌやニヴフから貿易の上前はねて経営、とかはダメ?
開拓はそれこそ50年100年単位で細々と進めてくとか
96: 人間七七四年 2013/01/26(土) 21:21:40.95 ID:fcuo7NWW.net

>>95
海賊大名だって経営が成り立つんだから
それも可能じゃないかな
でも国家事業でやる類の物では無さそう
改易大名が再起を期してとかなら
97: 人間七七四年 2013/01/27(日) 21:30:37.89 ID:z8IcJoAA.net

青森県に拠点を置いてた浪岡北畠氏はアイヌ人との交易で
手に入れた昆布を朝廷に献上して高い官位を得ていたしねえ。
ただ当時の日本はゴールドラッシュだったから
秀吉が蝦夷地に興味を持つのは無理がありそう。
102: 人間七七四年 2013/01/30(水) 21:54:49.58 ID:hBU/sqSm.net

朝鮮よりは遥かに楽に征服出来るし、武士の雇用対策にもなる
103: 人間七七四年 2013/01/30(水) 22:00:24.45 ID:OP0+JgTe.net

蝦夷送りになるくらいなら反乱起こして死んだほうがマシやな
104: 人間七七四年 2013/01/30(水) 22:35:34.14 ID:trhr63b5.net

というか江戸中期までは基本的に何処の藩も人手不足だろ。
駆落ちって言葉が頻繁に出てくるのも太平の世になって
人手不足が深刻化してからだし。
105: 人間七七四年 2013/01/30(水) 23:33:38.48 ID:8dyoKeZg.net

宇喜多秀家が八丈島ではなくシベリア送りになってた
107: 人間七七四年 2013/03/01(金) 10:26:54.82 ID:JGd0A2PH.net

農業なら中世アイヌも普通にやれてたから、その時代でも充分可能やぞ。無理くり開拓しなくても出来るとこから開拓してけばある程度は人口養えるとおも
まあ近世初期に火山が連続して噴火したせいでどうせおじゃんになるんだがな
108: 人間七七四年 2013/03/01(金) 10:33:10.89 ID:DGw9Q4Fl.net

イワン雷帝は1584年没か
信長軍と雷帝親衛隊がシベリアでぶつかってたら、とか考えるとワクワクしちゃう
イヴァン4世(Иван IV Васильевич / Ivan IV Vasil'evich、1530年8月25日-1584年3月18日 / グレゴリオ暦3月28日)は、モスクワ大公(在位1533年 - 1547年)、モスクワ・ロシアの初代ツァーリ(在位1547年 - 1574年、1576年 - 1584年)。イヴァン雷帝(Иван Грозный / Ivan Groznyi)という異称でも知られる。当時の表記はヨアン4世またはイオアン4世(Иоан IV / Ioan IV)。ヴァシーリー3世の長男、母はエレナ・グリンスカヤ。
きわめて残虐・苛烈な性格であったためロシア史上最大の暴君と言われる。「雷帝」という渾名は、彼の強力さと、冷酷さを共に表すものである。ただし、ロシア語の渾名「グローズヌイ」(Гро?зный)は「峻厳な、恐怖を与える、脅すような」といった意味の形容詞で、この単語自体に「雷」という意味はない。元となった名詞に「雷雨」ないし「ひどく厳格な人」という意味の「グロザー」(Гроза?)があり、この単語との連関から畏怖を込めて「雷帝」と和訳された。英語ではIvan the Terribleと呼ばれる。
110: 人間七七四年 2013/03/02(土) 13:11:51.24 ID:4TWycCFq.net

>>108
真冬の八甲田山を損害0で制覇するレベルは必要だろそれ
111: 人間七七四年 2013/03/02(土) 15:37:50.43 ID:cko9eDc4.net

北海道の開拓って明治に西洋の農業技術を導入してやっとだからなぁ
戦国期に開拓は厳しそうだな
蝦夷の昆布や干し鮭はメジャーな貿易品だったけど。
武将がヒグマと格闘するエピソードが出来たかも知れんがw
112: 人間七七四年 2013/03/03(日) 02:39:56.61 ID:I5qZX+gw.net

加藤清正の虎退治ならぬ熊退治か
114: 人間七七四年 2013/05/15(水) 00:26:57.23 ID:c5Pj1CDO.net

理由があるとしたら貿易独占ぐらいのもんか
118: 人間七七四年 2013/06/02(日) 11:42:55.58 ID:/cy+m4gf.net

明治以前はコメが経済の基盤。
コメの採れない蝦夷地に行きたがる武将はいない。
コメの年貢が得られないから。
119: 人間七七四年 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:ncuvZMCu.net

>>118
俵物とかって江戸からだっけ?
俵物(たわらもの)とは、江戸時代に対清(中国)貿易向けに輸出された煎海鼠(いりなまこ/いりこ)・乾鮑(干鮑(ほしあわび))・鱶鰭(ふかひれ)の海産物(乾物)のこと。俵に詰められて輸出された事から、この名がある。また、この3品目のことを特に「俵物三品(たわらものさんひん)」とも呼称した。
いずれも中華料理の高級食材であり、清国国内での需要が高く日本産の輸入が増大していた。一方、日本国内では生糸や漢方薬などを入手するために金・銀・銅の流出が深刻な問題になっていた。
そこで正徳の治の一環として海舶互市新例が出されると、金銀銅に代わって俵物の輸出による貿易決済が奨励されるようになる。
120: 人間七七四年 2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:Ykm5M4bT.net

蝦夷の方が落とすのは簡単。。。
123: 人間七七四年 2013/09/23(月) 09:00:30.86 ID:eYJpiQH0.net

蝦夷地を占領維持するつもりなら、少なくとも最初は確実にコメを本土から移入しないといけないだろうから
(史実の松前藩のように)本土で飢饉になったら連鎖的に移入が止まってさらに悲惨なことになりそう
127: 人間七七四年 2013/10/30(水) 01:35:09.73 ID:dB/o2vbR.net

>>123
寒冷期の蝦夷で稲育つかな
むしろ俵物と米を物々交換したほうがいいんじゃない?
130: 人間七七四年 2015/01/19(月) 02:29:43.57 ID:jmoyw4ff.net

>>127
蝦夷米が軌道にのるなんてたかだか30年くらいだしなぁ
俺たちが生まれたちょっと前の近代技術をもってしても不毛の地だったわけで
当時の人に開発して農業酪農大国にしろと言っても無理だろw
現代ですら町でも農園でも牧羊地でも公園でもなく
道路以外ガードレールも信号もなにもないなんでもない土地がたくさんあるからな
128: 人間七七四年 2013/11/01(金) 08:15:47.56 ID:4Vwz3opD.net

秀吉がトチ狂ったにしろ江戸期の浪人対策にしろ
そこそこの大人口が自給できるビジョンが浮かばない
132: 人間七七四年 2015/05/25(月) 03:16:19.90 ID:wxuWqx0t.net

戦国時代は今より10度くらい平均で寒かったらしい
旭川とか住めないだろ

引用元: もしも秀吉が明ではなく蝦夷地以北を攻めていたら

-雑談