
あらすじ勘助は、霧を利用して敵を挟み撃つ啄木鳥(きつつき)の戦法を立てる。だが宇佐美はこれを見抜き、霧が晴れると上杉軍が圧倒的に襲いかかる。老女・おふく(緑魔子)から「明朝、川中島に深い霧が出る」と聞いた勘助(内野聖陽)は、ついに動く時だと判断。全軍を二手に分け、別動隊が背後から上杉軍を襲い、信玄(市川亀治郎)率いる本隊が待ち構えて挟み撃つ―これが勘助の立てた「啄木鳥の戦法」だった。しかし宇佐美(緒形拳)も霧のことを見抜いていた。夜が明け霧が晴れると、上杉軍は武田本隊の目前に迫る。窮地を脱すべく、信繁(嘉島典俊)は上杉本陣に斬り込む。Twitter「明日じゃ!川中島は霧んなか」 おふく婆さんの幻術天気予報で最終決戦が幕を開ける戦は我が人生敵を「上杉」と呼ばずに「越後」と呼ぶのは、武田は長尾家を関東管領として認めてないから啄木鳥か…… 出ました啄木鳥戦法この大河では勘助殿から発案な「啄木鳥戦法」、さてその成否や如何に……大失敗のキツツキ戦法啄木鳥戦法…それは勘助の死亡フラグ…妖怪ババアは誰にでも情報を売るウサミンに内通してたおふくさんの情報、当然の如く宇佐美殿が押さえてないはずがなかった甲州子金よりなめらかな上杉の金のこつぶ金さえ出してくれりゃ、武田だろうが上杉だろうが情報をお教えしますぜ・・・宇佐美定満、あのおばばに川中島の気象予測をバラしちまった。おばば、武田への内通は漏らさなかったが、あの宇佐美だけに抜かりは有るまい。毘沙門天は摩利支天の挟み撃ち策をスルっとお見通しだった。「して武田は」 「おらの知ったこっちゃねぇだよ」 そらそうだ(笑)一民間人にはそんな大事わからんよねついに武田軍はキツツキの戦法を採用する。だが、おふくは上杉家の軍師たる宇佐美とも古い知り合い。 かくて情報の二重売りに…。あのおばばは二重スパイとかじゃなく金で動くのよね。その良し悪し云々より乱世を生き抜くには必要なこと。 あ、ここで大熊殿と飯食ってる武将が音楽担当の千住さんと題字の柿沼さん道鬼、一徳斎、相木市兵衛と最後の晩餐。武田の敵だったのではなく、信虎の敵ということかな? 悪い事はだいたい先代のせいにwなにかフラグっぽい兄弟の場面『甲陽軍鑑』によれば真田幸隆の三男武藤喜兵衛(数え歳15)は第4次川中島合戦が初陣で、足軽大将として参戦したという。当時彼は信玄の奥近習衆だったので本陣の警備を担当したとみられる。四男加津野信昌の動向は不明だが勝頼の近習だったので留守居をしていたと考えられる。 確かこの99条の心得、江戸時代まで語り継がれていったんだっけ。これ、ものすごく大事ですね。「戦の世、終わらないかなぁ」という言葉がてんかたいへー思想ではなく、戦い続けてきた者の実感として紡がれている。このてんきゅー様を見て、次男に信繁と名付ける純粋な心が、パッパにもあったのです。勘助に奥さんいないから不安を察しする役割はしのめと葉月が担当か読まれてる! 完全に策が読まれてる( ゚Д゚)信玄、この濃霧が武田軍だけでなく、上杉方にも有利になると呟くと、道鬼、ハッとなった。勘助、ちと気づくのが遅かったか車懸りの陣!気付いた時にはお互いクロスレンジだからねえ。苦しいときに、頭をよぎったのは、トンボ柄のサニーでした。信繁様が存命なら武田家の運命も変わっていたかな? 記憶の中の合戦描写よりは頑張ってる スカスカなのは最終回だったか? 「この形見の母衣をまとい、長篠の合戦に出陣したという」って、このタイミングで、ネタバレと追い打ちかけなくてもいいじゃん、加賀美エグゼクティブアナ…(当時) orzこの武田一族、家臣団の感動的なまでの結束をみていると、まさかこの20年後に大裏切り祭が始ろうとは思いもよらないよね、、、 柿崎テメェ!テレパシーで会話できる主従尊い。゚(゚´Д`゚)゚。 長篠まで、繋がるんだなー じ?ん。ああああああ、典厩信繁が。・゜・(ノД`)・゜・。諸角さんも…信繁殿が……そして諸角のじいちゃんも……あぁ(`;ω;) いよいよ次でラスト… 泣ける場面だが、35話以来のテレパシー発動(苦笑)を地味にぶち込む恐ろしい大河。馬上で名乗りを上げながら上杉軍の柿崎隊に突撃する信繁はもちろんのこと、諸角役の加藤武さんもすごいと思った。短いカットながらも自ら馬を操り、敵味方入り乱れた激しい戦のシーン。加藤さん、刑事役とかのイメージが強かったから、こういう芝居もされるんだなぁって当時は驚いた。
大河ドラマ「風林火山」Part166
いろんな信玄のドラマをみて知識をえてから影武者をみるとすごく面白い映画であることがよく分かった 信玄の死は今では『病死説』が有力だが、もしかしたら映画のような狙撃説もあるのではないかと思えてきた
本来武将ごとに鉄砲、弓、騎馬等の混成部隊が編成されているのを
鉄砲、弓、騎馬等の種別編成にしたものじゃないかと言われてるんだよな
音楽担当の千住明と、もうひとり誰だっけ?
書道家の人だっけ?
今川に即侵攻すれば良かったのに
愚かな軍師よのう
上杉との和議や織田との縁組みがなるまでは、三国同盟は続けざるを得ないよ。
当時の約定などあってないものだろう
反省したよ 自分は命を惜しみながら何度も人生のチャンスを逃しているのだろうなと ふと
それでまた帰国してもよかったばなのだが武田はきっと『意表をついて』挟み撃ちにしてこの川中島の戦いに決着をつけてしまおうとかんがえたのかもしれない でも上杉はそれを待っていたんだね
第4次川中島の戦いは勘助が死んだ状態では終わらず
最後、越後勢は追われて
謙信は単騎越後に逃げ帰ったのじゃなかったかな?
そういう意味では逃げ足が速いよね
・車懸かりは兵科別の編成
・馬の追撃は、縦一列
寂しいですな・・・。
兄上の心づくしを観た時は「何壮大なフラグを」と思ったが、まさかそれを更に息子に譲るとか…!
くベ、別に泣いてなんか、いないんだからね!目に浮かんでるのは、あ…汗なんだから!!
越後軍に突撃する時に部下に信玄から譲り受けた母衣を託す場面は泣きそうになったね
ああいうエピソードは感動するわ
信繁の死は宿敵であった謙信も悼んだという話だ。
その後、義信の謀反から廃嫡、そして自害に追い込むなど武田家中は乱れて行くけど、
信繁が健在であったならうまく取り成したかも知れない。
万が一、信玄本人が戦死していたら、桶狭間の後の今川領のような状況が武田領で起こったかな?
義元が死んだことも大きいけど、幹部連中を大量に失ったことがもっと大きい
今川に限らず当主討ち死にで弱体化する主要因はこっち
信玄討死ともなれば、重臣もかなり討たれていると考えられるけど、
真田幸隆、高坂弾正、駒井政武が健在ならば義信を盛り立てて再興出来ると思う。
豊臣における秀長みたいなものかな
正にそんな存在かと。
スレチになるが、秀長が健在なら朝鮮出兵を諌めただろうし、秀次も切腹なんてことにはならなかっただろう。
そして秀吉の死後も秀長、秀次が秀頼を補佐して居れば家康の台頭もなく、江戸時代も無かったかも知れない。
末期の秀長と秀吉の仲悪くなってたから朝鮮出兵も秀次切腹も止められんし下手したら秀長も粛清あるぞ
とてもじゃないが信玄を支える為あの家訓残した信繁と比べられんわ
信繁役って重要ポジなのに
なぜか役者不足なのばかり使うんだ
物語序盤で「こいつのほうが跡継ぎにふさわしい」と視聴者に思われてはマズいから
わざと、ちょっと小物で兄思いの謙虚な俳優さんを選んでいるのでは
平蔵は生きてヒサのもとに帰って欲しい
同じ信繁でも、真田のほうは好き勝手に生きて家康に反抗し、兄に迷惑をかけたが
いのま安倍政権は森友問題で危機におちいっているようにみえる
安倍政権が崩壊したら きっと 石破茂の秘書が「石破センセイ 運がひらけましたぞ!」と叫ぶのだろうか
で、速攻で追い落とされ、「おのれ、おのれ、おのれ~」
他もかなり違うけどどっちの勘助が本当なんですか?
山本勘助
生年不詳 没年不詳 出生地不詳 埋葬地不詳
職名不詳 妻子も不詳
「甲陽軍鑑」「甲斐國史」等々の記述は裏付けも難しく立証できていない
各地に残る伝承も伝承の域を出ないと疑問視されているものが多い
ただし戦後になってから発掘されている古文書複数に登場する
「山本菅介」なる人物が該当されるのではないかとの意見が多く
武田信玄の時代の武田家中に「ヤマモトカンスケ」という名の将が
存在したことは確実なのではと言われている
すごくかいつまむとこんな感じ
ヒゲ面の親父連中が「お屋形様」って呼んでくれる武将カフェとか出来ないものか
飲食店で隣に座った人たちが
この辺りに「もののふバー」ができたと話していて
歴史好きがターゲットの店かと調べたら
ももクロのファンが集うところでものすごくガッカリしたことがある