雑談

もしもコロンブスが日本に到達していたら

1: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 13:48:19.20 0.net

>『東方見聞録』にある黄金の国・ジパングに惹かれていたコロンブスは
>ここに西廻りでアジアに向かう計画に現実性を見出した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/クリストファー・コロンブス

最初はジパングを目指していたコロンブスが、距離の見積もり足りねーよとか
食料足りねーよとか様々な問題を乗り越えて日本に到達していたら、
歴史はどう変わっていたのだろう?

no title

3: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 16:27:32.62 0.net

佐渡や石見の占領を目論むコロンブス。
日本人は凶暴だからボコボコにされていた。
4: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 16:34:03.73 0.net

海賊や女真族とかの異民族が沿岸地域を荒らし回ることは定期的にあったし、
外国の侵略も元寇という前例があったし、
コロンブスが掠奪や奴隷連行しようとしても
過去の侵略者の二の舞でフルボッコにされるのがオチかね
5: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 16:40:45.39 0.net

鉄砲が「種子島」でなく「伊豆大島」「三原山」「八丈島」になってた可能性
6: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 18:14:18.83 0.net

現実世界では、伴天連追放令を出す統一政権の出来上がりがギリギリ間に合った。
しかし15世紀末の段階でキリスト教を伝道された場合は、キリシタン大名が現実世界以上に湧いて出て、
日本がカトリック教国となるのは不可避であったと言える。
7: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 18:22:32.36 0.net

昭和でも遠藤周作とか幼児洗礼でキリスト教とになったものの
日本人的な汎神論とキリスト教徒の価値観の差に随分学んで
仏教への深い関心も生涯持ち続けていたし、
伴天連追放令がなくても、一部の大名がキリシタン大名になっても
多くの大名、日本人がそうそう受け入れるとは思えないなあ
遠藤 周作(えんどう しゅうさく、1923年(大正12年)3月27日 - 1996年(平成8年)9月29日)は、日本の小説家。随筆や文芸評論や戯曲も手がけた。キリスト教は遠藤文学の最大のテーマであり、神学者ではなく、神学教育は受けていないにも関わらず、また、必ずしも正統とは言い難い思想もあるにも関わらず、日本のキリスト教分野を代表する人物とされている。小説以外の形式でも、「私のイエス」「私にとって神とは」などを発表しており、キリスト教関係者の間でもしばしば賛否両論含めた論評の対象になる。
8: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 18:34:01.91 0.net

フルボッコにしてやるというはどんな中二でも考えることだが、
実際問題としてコンキスタドールはまず、現地人の勢力を味方につけることから始める。
その流れでは日本人が日本人と戦うことになる事必定で、その勝敗の行方は全く不透明。
コンキスタドール(Conquistador)とは、スペイン語で「征服者」を意味するが、とくに15世紀から17世紀にかけてのスペインのアメリカ大陸征服者、探検家を指す。
20: 世界@名無史さん 2014/09/11(木) 16:16:27.03 0.net

>>8
勝敗は不透明どころか、完敗は確定なんじゃね?

1.スペインの大船を相手にしては海戦で日本側の小舟に勝ち目がない。
2.スペインは大砲と鉄砲という未知の強力兵器を所持している。
3.スペインはキリスト教というナウいマインドコントロール技術を所持してる。
4.スペインは大きな利益を生む交易品をごっそり携えてくる。

互いに争う戦国大名がこれを見れば、我こそはと競ってスペインとの同盟を望むだろう。
奴らは外敵だからこの際一致団結して戦おうと考えた民族は存在しなかったし、
日本人が何かこの点で特別な条件を持っていたわけでもない。

21: 世界@名無史さん 2014/09/11(木) 21:42:54.35 0.net

>>20
実際にはそうはならなかった
これは史実で明らか
37: 世界@名無史さん 2014/09/13(土) 04:28:26.36 0.net

>>20
戦国時代にだってそれは大して変わらないはずだが、
実際技術を取り入れてコピーしたり貿易を目論むことはあっても
そんな風にはならなかったんだから、少し前でもならないんじゃね?

特に鉄砲や大砲などの火器については、
火薬を使用した兵器なら既に元寇で使用されているし、
応仁の乱の時点で既に「飛砲、火槍」があり、
火器自体は唐か琉球から伝わり知られていたともいわれるし、
戦国時代にポルトガル船が大友の依頼で毛利に大砲を数十発放った時も、
驚かれたのは最初だけで被害は大してなかったりしてるし、
火薬も火薬を使用する兵器も知っていた日本人にとっては、
そこまで未知の兵器ではなかったと思うそ

強力だとしても、自分たちにも理解できるし作れる代物だと判断できるのは
少しは早い時代においても同じだっただろう

38: 世界@名無史さん 2014/09/13(土) 09:17:59.45 0.net

>>37
元寇の「てつはう」をコピーしたり全然できませんでしたがそれは
宮内庁保有蒙古襲来絵詞前巻2(文永の役)に蒙古軍の炸裂兵器として「てつはう」」(鉄炮)が描かれている。「てつはう」は「震天雷(中国語版)」とも呼ばれるもので、長崎県松浦市の鷹島海底遺跡から元寇当時の「てつはう」が引き上げられており、外部は陶器製、内部に火薬・硫黄がつめられているものであったことが判明している。外部は土器と陶器の中間の質の径が約20センチの球状の焼き物であり、内部には鉄片や青銅片を火薬とともに詰めた、今で言う手榴弾に近い兵器であったとされる。従来は威嚇的な音響効果を狙ったものとするのが一般的な説であったが、近年では相応の殺傷能力を期待した武具であったものと考えられている。
42: 世界@名無史さん 2014/09/13(土) 20:49:40.55 0.net

>>37
そりゃてつはう程度じゃ貴重な硝石を使ってまで作るメリットないんじゃね?
威力がコストに見合うから鉄砲はコピーしたんだろうけど
てつはうって元寇の時に使われてはいたけど
初見の鎌倉武士にすら大して効果がなかった代物だし、
9: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 18:45:15.78 0.net

日本は戦乱や大名の台頭はあるとはいえほぼ日本って国で纏まってるし、
過去にも元寇に対抗した実績もあるし、
コンキスタドールの味方になって日本人同士で戦うような勢力は、
皆無ではないだろうけどそんな多くもならないんじゃね?
10: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 18:54:31.17 0.net

元寇は少し条件が違うな。
1.フビライは西欧人と異なり、日本人の一部を味方に付ける戦術を思いつけなかった。
2.鎌倉時代の日本は戦国時代の日本に比べれば、仲間割れを誘う隙が少なかった。
12: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 21:57:30.00 0.net

「私がインディアに到着するとすぐに、私が見つけた最初の島で、彼ら原住民たちに、
 私に差し出さなければならないものがこの品々の中にあるのかどうか教え込むために、私は力ずくで原住民の何人かを連行した」
「彼らは武器を持たないばかりかそれを知らない。私が彼らに刀を見せたところ、無知な彼らは刃を触って怪我をした。
 彼らは鉄を全く持っていない。彼らの槍は草の茎で作られている。彼らはいい身体つきをしており、見栄えもよく均整がとれている。
 彼らは素晴らしい奴隷になるだろう。50人の男達と共に、私は彼らすべてを征服し、思うままに何でもさせることができた」
「原住民たちは所有に関する概念が希薄であり、彼らの持っているものを『欲しい』といえば彼らは決して『いいえ』と言わない。
 逆に彼らは『みんなのものだよ』と申し出るのだ。彼らは何を聞いてもオウム返しにするだけだ。
 彼らには宗教というものがなく、たやすくキリスト教徒になれるだろう。我々の言葉と神を教え込むために、私は原住民を6人ばかり連行した」

「一人でもインディアンが森にいたら、すぐに一隊を編成し、それを追いました。
 スペイン人が彼らを見つけたときはいつも、柵囲いのなかの羊のように、情け容赦なく彼らを虐殺しました。
  『残虐である』ということは、スペイン人にとって当たり前の規則であって、それは『単に残虐なだけ』なのです。
 しかしそのように途方もなく残虐な、とにかく苛烈な取り扱いは、インディアンに対しては、
 自分たちを人間だとか、その一部だなどと金輪際思わせないよう、それを防ぐ方法になるでしょう。」
「そういうわけで、彼らはインディアンたちの手を切り落として、それが皮一枚でぶらぶらしているままにするでしょう、
 そして、『ほら行け、そして酋長に報告して来い』と言って送り返すのです。
 彼らは刀の切れ味と男ぶりを試すため、捕虜のインディアンの首を斬り落とし、または胴体を真っ二つに切断し、賭けの場としました。
 彼らは、捕えた酋長を火炙りにしたり、絞首刑にしました」

13: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 22:22:20.07 0.net

少なくとも武器を知らない、宗教を持たない、所有の概念がないということはないし、
連行や虐殺されて大人しくしているということもないだろうな

もっともこの手の非キリスト教徒の記録って他の神信じている民族についても
神を持たないと書いてたりするけど

14: 世界@名無史さん 2014/09/10(水) 22:39:19.68 0.net

史実として戦国時代に海外に売られた日本人奴隷は10万のオーダーらしいからな。
当時の日本人は捕虜を外国に売り飛ばすことなど、なんとも思っていなかったらしい。
ここで副王として国王に認められたコロンブスは、奴隷商人としても巨財をなしたと思われる。
15: 世界@名無史さん 2014/09/11(木) 00:23:10.77 0.net

マゼランもフィリピンでやられたし。
所詮はスペイン。まけっこないわ。
しかしドレークが日本に着いてたら日本はインドのように植民地化されていたかも。
フェルディナンド・マゼラン(英語: Ferdinand Magellan、1480年 - 1521年4月27日)は大航海時代のポルトガルの航海者、探検家であり、ポルトガル人であるマゼランが率いたスペインの艦隊が1522年に史上初の世界一周を成し遂げた。 
サー・フランシス・ドレーク(Sir Francis Drake、 1543年頃 - 1596年1月28日)は、エリザベス朝のイングランドの航海者、海賊(私掠船船長)、海軍提督。イングランド人として初めて世界一周を達成し、アルマダの海戦では艦隊の司令官としてスペインの無敵艦隊を撃破した。
ドレークはその功績から、イングランド人には英雄とみなされる一方、海賊行為で苦しめられていたスペイン人からは、悪魔の化身であるドラゴンを指す「ドラコ」の呼び名で知られた(ラテン語名フランキスクス・ドラコ(Franciscus Draco)から)。

16: 世界@名無史さん 2014/09/11(木) 00:40:07.33 0.net

>>15
東アジアは人口と社会制度の発達が半端ないからあり得ない
第二次産業革命までは、欧州に対して人口規模の軍事力で東アジアの方が優位だよ
19: 世界@名無史さん 2014/09/11(木) 12:44:44.87 0.net

>>16
清はハバロフ率いる300人のコサックに大苦戦してたが。
ルネサンス以後は基本的に質で西欧には負けてるとおも
17: 世界@名無史さん 2014/09/11(木) 07:31:12.20 0.net

まあコロンブスはたとえ日本に着いたとしてもスペインには帰れないだろうね
だいたいあの程度の規模でどうやって日本に着くんだよ
18: 世界@名無史さん 2014/09/11(木) 07:56:30.74 0.net

そのifでサラゴサ条約がどうなるかによって、話はだいぶ変わってきそう。

まあ史実よりもスペインがポルトガルに対して優位になるだろうから、
日本全体がスペインの領域になるのが順当だろうけど。

トルデシリャス条約(ポルトガル語: Tratado de Tordesilhas, スペイン語: Tratado de Tordesillas - トルデシージャス条約)は、1494年6月7日にスペインとポルトガルの間で結ばれた条約で、当時両国が盛んに船団を送り込んでいた「新世界」における紛争を解決するため、教皇アレクサンデル6世の承認によってヨーロッパ以外の新領土の分割方式を取り決めた。
本条約において西アフリカのセネガル沖に浮かぶカーボベルデ諸島の西370リーグ(1770km)の海上において子午線にそった線(西経46度37分)の東側の新領土がポルトガルに、西側がスペインに属することが定められた。名称の由来は、条約が批准されたカスティージャのトルデシリャスの地名からとられている。条約調書の原本は2007年にスペインとポルトガルの共同申請で、ユネスコの記憶遺産に登録された。
サラゴサ条約もまた同じ意図によって、1529年に両国の間で批准された条約である。

サラゴサ条約
マゼラン艦隊の生き残りを引き継いだフアン・セバスティアン・エルカーノが世界一周航海をなしとげて1522年にヨーロッパへ帰還すると、新しい疑問が起こってきた。それは地図上に南北に線をひいてスペインとポルトガルの境界をさだめていても、地球が丸いなら不完全なもので、もう一本線をひかなければ分割の意味をなさないのではないかという当然の疑問であった。
特に両国は当時、東南アジアのモルッカ諸島の帰属をめぐって熾烈な争いを繰り広げていた。モルッカ諸島は当時の貴重品であった香辛料の一大産地だったからである。なお、この時代の「モルッカ諸島」というのは現代でいうところのマルク諸島、ブル島やセラム島を指している。さらにはモルッカ海を囲む島々も「モルッカ諸島」に分類され、香辛料の産地として有名であった。
こうしてアジアにおける線引きのための交渉がおこなわれ、新たに発効されたのが1529年4月22日に批准された「サラゴサ条約」である。サラゴサ条約はモルッカ諸島の東297.5リーグを通る子午線を第二の境界とした。これは位置的にはブル島の東1425km、東経144度30分の位置にあたっている。この子午線はニューギニア島中央部を通る。ポルトガルはこの条約を結んでアジアにおける地位を保全してもらうかわりに、スペインに賠償金を支払っている。これによってポルトガルのマカオにおける権益が承認された。

no title

24: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 09:57:47.09 0.net

軍事的な質に関しては日本よりもスペインの方が上だが
どう考えても侵攻して基盤を築くのが難しすぎる。
アメリカ大陸が存在しなかったとしても大西洋は存在する訳だから恐らく最低でも3か月以上はかかるはず。
アフリカを迂回してインド洋から日本に向かう航路だと大体16世紀当時で半年ぐらいかかるときもある。
どう考えても不利すぎるだろ。 しかも送り込めるのは数百人から数千人程度だから制約ありすぎる。
そもそも明と日本の仲介貿易やればそれだけでガッツリ稼げる時代だったからわざわざリスク冒してまで戦争状態に持ち込もうとは思わんはず
25: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 10:01:11.08 0.net

そんな時代にはるばるこんなところまで大軍持ってくるなんて無理だろ
26: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 13:07:06.95 0.net

スペインからの距離はフィリピンも日本と同じようなもんなんだが、
わずか数百人のスペイン人でマニラを征服している。
上の方でも指摘があったけど、原住民をどんどん味方につけるから
来航したスペイン人の数が少ないことはノープロブレムなんだな。
27: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 13:21:55.46 O.net

同じ頃、明がペルシャ湾に4万人規模の船団を派遣しているし、コロンブスの船団の費用なんてイサベル女王の指輪一個分といわれるほど王権強大期なのよね。

簡単に無理っていうやつは文系

28: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 14:11:09.00 0.net

>原住民をどんどん味方につけるから
それに気付いたから秀吉はバテレンを追放したのだ
30: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 19:42:57.74 0.net

フィリピン人、メキシコ人、中国人キリシタンから兵を募って日本遠征軍数万を組織する。
31: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 19:45:17.61 0.net

コンキスタドールのような冒険者気質がマニラ総督にはなかったから、
日本遠征が実行されなかった。
32: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 19:48:55.23 0.net

宣教師から聞いて知っていた黄金の佐渡島奪ったれいう
コンキスタドールとスポンサーがフィリピン在住のスペイン人には居なかった。
たぶんスペイン本国人が少なすぎて。思いつく香具師がいたら実行していたろう。
33: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 22:38:15.05 0.net

マゼランの船団の喪失率を考えると日本に来たところで何ができるのか。
倭寇に拾われて種子島にたどり着くのが少し早まるだけでは。
34: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 22:56:24.01 0.net

戦国幕開け直後だから、どうなってたろうな。
35: 世界@名無史さん 2014/09/12(金) 23:08:50.71 0.net

1492年か、日本まで来るなら1493年かな?
北条早雲がようやく国盗りにとりかかった段階だな
36: 世界@名無史さん 2014/09/13(土) 01:52:21.64 0.net

スペインをバックにつけたキリシタン大名、後北条氏によって全国統一がなされるのですね。
39: 世界@名無史さん 2014/09/13(土) 09:32:08.72 0.net

火薬を発明した中国でさえ、ヨーロッパ諸国には凹られる一方だったし。
40: 世界@名無史さん 2014/09/13(土) 09:53:06.80 0.net

>>39
いつの時代だよ……
15世紀に明と戦った欧州の国なんてない
清朝最盛期までは、対ロシアでは質はともかく量で上回り優勢を維持してたわけだが
41: 世界@名無史さん 2014/09/13(土) 20:28:05.65 0.net

現実、欧州勢力が戦国大名に接触したのは、戦国中期から後期で
有能で主体性が強い領主ばかりの時期だったからボンクラを懐柔、
傀儡化し影響力を行使するってことは不可能だったけど、
初期ならどうなったかな。
まぁ、初期でも無理だったか。まだ日本の軍事、政治情勢に影響力を
与えるほどの先進性、優位性はなかっただけか。
44: 世界@名無史さん 2014/09/14(日) 08:35:11.85 0.net

>>41
15世紀では余裕だろ。
鉄砲のあるなしでも大分違う。
46: 世界@名無史さん 2014/09/14(日) 14:11:17.66 0.net

戦国時代初期の日本じゃ、海戦がダメダメな気がする・・・
47: 世界@名無史さん 2014/09/14(日) 18:51:15.66 0.net

当時の鉄砲、大砲程度じゃ圧倒的優位というほどじゃないでしょ。
群雄割拠で中央を壊滅させても勝利にはならない。インカと違う。
スペインから継続的な補給と軍事支援がなければ、
「戦国自衛隊」wと変わらない結末になるだけだったろうな。
日本にそこまでする価値をスペインが認めたかどうか疑わしい。
49: 世界@名無史さん 2014/09/14(日) 22:55:36.61 0.net

1492年当時の西欧にガチで対抗できる海軍を持っているのは
非西欧諸国ではオスマントルコだけ
50: 世界@名無史さん 2014/09/15(月) 07:53:15.26 0.net

当時の日本は何よりも海軍力が弱い

なんだよ最強が海賊の村上って…
安宅船使ってんじゃねえーよ

竜骨つけろよ

59: 世界@名無史さん 2014/09/19(金) 23:56:09.49 0.net

ポルトガルだのスベインだの小国が世界をまたに植民地だらけにしたのが不思議
60: 世界@名無史さん 2014/09/20(土) 00:06:35.60 0.net

それを言うなら、みすぼらしい百姓が少々住んでいただけの十三植民地が
今では世界をリードする大国になっている
62: 世界@名無史さん 2014/09/20(土) 13:33:59.08 0.net

ゲリラ戦に持ち込まれてスペイン人がじわりじわりと殺されて終了

だいたい、徳川幕府がキリシタン弾圧をおおっぴらにやってるのに
欧州は軍事的対抗を何も出来なかったくらいだからな。
当時の日本は普通に軍事強国だし最果ての島国というアドバンテージはでかい

63: 世界@名無史さん 2014/09/20(土) 17:50:24.66 0.net

ただ単にキリスト教や欧州という括りしか出来てないのは知識が無いからなのか・・・
オランダはポルトガル・スペインを中心としたカトリックに影響を受けたキリスト教徒が死のうが弾圧されようがどうでもいい
それどころか弾圧の援助までしてる事から考えても単純に一括りにするのは愚かとしか言いようがない。
68: 世界@名無史さん 2014/09/23(火) 19:19:11.09 0.net

「もしもコロンブスが、日本に到着してたら?」【海外反応】
http://www.gekiyaku.com/archives/30994389.html
69: 世界@名無史さん 2014/09/23(火) 19:44:34.01 0.net

そもそもトルコに勝てないから迂回路探したのがコロンブスだし
70: 世界@名無史さん 2014/09/24(水) 15:14:11.89 0.net

あのころのトルコ海軍は強かったからなあ・・・
71: 世界@名無史さん 2014/09/24(水) 19:03:43.21 0.net

1.コロンブスが東日本に到着し、現地の大名と組んで副王領を確立する
2.西日本にオランダ人が来航して、現地の大名と組んで東インド会社の要塞拠点を築く
3.三十年続く宗教戦争が起きる。決戦は関ヶ原!
73: 世界@名無史さん 2014/09/25(木) 10:26:42.90 0.net

実際、オランダ東インド会社は日本人の傭兵をずいぶん使っていたようだね。
74: 世界@名無史さん 2014/09/26(金) 20:01:05.41 0.net

信長の野望シリーズもマンネリだし、
ここはひとつ新武将「コロンブス」「マゼラン」「レガスピ」などを登場させてはどうか。
75: 世界@名無史さん 2014/10/18(土) 13:11:06.66 0.net

蝦夷地では、わずかな宣教師でかなりの信者を獲得している。
もし15世紀末という早い段階で、アイヌにキリスト教徒と鉄砲が広まってたら
北海道の歴史はずいぶん違ったものになってたよ。
77: 世界@名無史さん 2014/10/18(土) 16:46:43.15 0.net

そして北からロシアの足音がヒタヒタと…
78: 世界@名無史さん 2014/10/18(土) 17:55:23.85 0.net

まあ、近代以前のロシアは政治的に成熟した地域への進出はできてないけどな
87: 世界@名無史さん 2014/11/28(金) 22:23:53.06 0.net

もしもマゼランが日本に到達していたらで考えたいな
実際グアムまでは来ていたんだしあと少し北へ向かっていたら
黄金の国ジパングが近いという情報に接したかもしれん
89: 世界@名無史さん 2014/11/29(土) 14:44:18.20 0.net

マゼランは世界周航の前にも反対周りでフィリピンに来ていた可能性がある。
95: 世界@名無史さん 2014/11/30(日) 11:17:01.23 0.net

コロンブス「日本人たちは勇猛果敢で筋骨隆々。よい奴隷になるでしょう。と思ったけど割と文明度が高いので勝手に拉致できません><」
96: 世界@名無史さん 2014/11/30(日) 11:18:16.63 0.net

戦国時代、日本人の奴隷は大量に輸出されているよ。
ちょいと金を払えばいいだけさ。
97: 世界@名無史さん 2014/11/30(日) 11:29:49.07 0.net

コロンブスが初めて航海に出たのは1492年だから、日本は応仁の乱が終わって少し経った頃か。

そのあとフロイスとかがやってきたのも1550年ごろで、戦国時代まっただ中だが、
この内輪もめを利用されて乗っ取られずにすんだのは運がよかったのかな?

98: 世界@名無史さん 2014/11/30(日) 11:37:58.07 0.net

>>97
戦国時代は、むしろ日本の統治体制の強化が進んだ時代だからな、南北朝時代とかだと危なそうだが
101: 世界@名無史さん 2014/11/30(日) 12:01:45.95 0.net

コロンブス「日本に黄金がなかった」

引用元: もしもコロンブスが日本に到達していたら

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